25.彼の好きな人
その後ライアンは、国境問題が無事解決に向かっていること、ひとつ役職が上がってその引継ぎやら残務処理やらで忙しかったこと、そして騎士団の編成が変わったことなどを教えてくれた。
「おかげでしばらくここに来ることが出来なかった」
「すごく大変だったのね」
「まあそれだけではないんだが」
「まだなにかあったの?」
「いろいろとな」
曖昧に言って、誤魔化すような笑みを浮かべる。
きっと私には関係のないところでの話なのだろう。
少し気にはなったが、現時点ですでに店員の領分を超えた話を聞かせてもらっている。
これ以上望むのは贅沢というものだ。
「なんにせよ、部下の方が無事で本当によかったわ」
「キミにはずいぶんと情けないところを見せてしまったな」
恥ずかしそうに目を伏せて言うが、情けないなんて思ったことはなかった。
それどころか、部下を大切に思い自分を責めるなんて、人間味があって大好きな部分だ。
「かっこわるいな……」
ぼやくように言うライアンに思わず笑いが漏れる。
「あら、最初からあなたをかっこいいなんて思ったことはないわ」
「え!?」
「ああいえ、それだと語弊があるわね。あとから格好いいなと思うシーンはもちろん多々あったけど。でも最初からずっと可愛いって印象の方が強いもの」
甘いものが好きなのも、笑い上戸なのも、人の悪口を言わないのも。
全部愛しくて大好きだ。
「かわいい……か」
私の言葉を反芻するようにライアンが一度呟く。
その顔には不服がありありと現れていて、眉間にしわを寄せた仏頂面になっていた。
それで思わず噴き出してしまう。
「ライアンたら。なんて顔をしているの」
無礼を承知でケラケラと笑っていると、毒気を抜かれたようにライアンの表情が緩んだ。
そうしてまるで眩しいものでも見るみたいに目を細めて、ひとつ大きく息を吐いた。
「……好きな女性がいるんだ」
秘密を打ち明けるように言われて思考が停止する。
さっきまでの幸せな気持ちが一気にしぼんでしまった。
今日はなんていう日だろう。
きっと一生の中で一番最悪な日だ。
リカルドとの日々より最悪な日が待っていたなんて。
何か見返りを求めていたわけではないが、好きな人に恋愛相談なんてされたら死んでしまいたくなる。
仲良くなれている実感は嬉しかったが、こんな事態は望んでいない。
「その人は素敵な人で、自分を持っていてとても強い」
語るライアンの顔は幸せそうに緩んで、夢を見るような口調だ。
私の顔が強張っているのなんて、気付いた様子もない。
やめて聞きたくない。
そう言って遮ることも出来ずに、震える声で「そう……」と相槌を打つので精いっぱいだった。
「自分一人で生計を立てられる手腕があるし、権力に屈しない強かでしなやかな心の持ち主なんだ」
手が震える。
泣きそうだ。
ライアンの口から好きな人のことなど聞きたくなかった。
「先日、その、情けないところを見せてしまったが、そんな俺に幻滅しないでいてくれた」
ひどい話だ。
あのあと他の女性の前で泣いたりしたのだろうか。
私の前でだけ弱音を吐き出してくれたわけではないらしい。
当然だ、私なんてただのカフェの店員なのだから。
「それで、ますます好きになってしまったんだ」
「……そう。良かったわね」
「ああ。だから告白、を、しようと思っているのだが、」
胸がズキリと痛む。
止めたいけどそんな権利はない。
なるほど、このあとすぐ帰ってしまうというのは、その好きな人のところに会いに行く予定があるからか。
そんなの絶対上手くいくに決まっている。
だって相手はライアンなのだ。
知らない女性と幸せそうに笑い合うライアンを想像して、涙が零れそうになる。
俯いて今にも泣きそうな顔を見られないようにするが、少しでも気を抜くと声を上げて泣いてしまいそうだった。
「その人は一度公爵家の男に強引に婚約を結ばされて、たぶん権力者というものにうんざりしている」
……ん?
一瞬思考に空白ができる。
そろりと顔を上げてライアンを見る。
彼は照れているのか、恥ずかしそうに目元を染めて瞼を伏せていた。
私の片眉が跳ねあがったのを、彼は気付いていないようだった。




