24.回復
出掛ける予定もないまま、休日の午前を誰もいない店内で過ごす。
自分で淹れた紅茶を飲みながら、窓の外を眺めていた。
外は天気が良く風もない。
うららかな朝の光が差し込んでいる。
街を行く人の足取りは軽やかで、なのに私はどこかへ行こうという気にもなれないでいた。
ここで外を見ていれば、少しは出掛ける気になるかもしれないという目論見は見事に外れてしまったようだ。
やはり自室へ戻ろう。
そう思って立ち上がったところに、店内を覗き込む気配がした。
反射的にそちらに視線を向けると、待ち望んでいた人がそこにいた。
彼は私がいるのに気付くと、軽く手を上げてから入口のドアを指さした。
急いで鍵を開けに行く。
「ライアン、久しぶり」
「フローレス。会いたかった」
一ヵ月ぶりに見るライアンは以前と同じ明るい顔で笑い、私は安堵のあまり抱き着きそうになるのをグッと堪えた。
「良かった。ずっと心配していたの。元気そうね」
「心配させてしまってすまない。いま大丈夫か」
「ええ、ちょうど暇をしていたところなの」
ずっとライアンを待っていたのだとは言えず、招き入れるように入口から身体をずらして通り道を作る。
「定休日なのは知っていたのだが。どうしても二人きりで話したいことがあって来てしまった。キミが店にいてくれて良かった」
「そう言ってもらえると暇にしていた甲斐があるわ。お茶を淹れ直すから少し待っていてくれる? そうだ、昨日の残りで良ければクッキーも」
「いいんだ」
いそいそとキッチンに向かおうとする私の腕をライアンが掴まえて、ゆるやかに首を振る。
「少し話を聞いてほしいだけなんだ。終わったらすぐに帰る」
「……そうなの?」
せっかく会えたのだからゆっくりしていってほしいのに、ライアンにそのつもりはないらしい。
このあと予定があるのかもしれない。
私のところへは少し寄っただけなのだろう。
残念ではあったが引き留める口実もないので、手を引かれるままにいつものカウンター席に座るライアンの隣に腰を下ろした。
会いに来てくれるだけでも十分嬉しかったし、ライアンがもう落ち込んでいないのだということが分かって良かった。
きっと前回会った時に話してくれたことの、報告をしにきたのだろう。
「ずいぶん間が空いてしまってすまなかった。あれから少しバタバタしてしまって」
「いいの。今日来てくれただけで充分だわ」
「……俺はフローレスに甘えてばかりだな」
照れたように言って目許を少し染める。
この店に初めて来てくれた時からずっと、この優しい存在に甘えていたのは私の方だ。
身分差も気にせず仲良くしてくれて、対等に話を聞いてくれる。
それがどんなに嬉しかったか。
「前に泣き言を言いに来た一週間後にな、無事に部下の意識が戻った」
「……そう。よかったわ。本当に」
噛みしめるように言って少し泣きそうになる。
その人のことは知らないが、彼が無事だったおかげでライアンの心がどんなに救われたことだろう。
「フローレスのおかげだ」
「私はなにもしてないわ」
思わず笑うと、ライアンが真剣な顔で首を振った。
「いいや。キミが大丈夫だと言ってくれたから信じることが出来た」
「ただの無責任な気休めでしかなかったけど」
「俺のために言ってくれたのだろう。ありがとう」
おどけて否定してもライアンは少しも笑わず、何もかもお見通しの様子でそう言った。
敏い彼のことだ、私の下手な誘導などとっくに見抜いていたのだろう。
そう思うと少し恥ずかしかった。
「おかげで勇気づけられた。部下の回復を信じて毎日病室に通うことが出来た。キミのおかげで部下が意識を取り戻す瞬間に立ち会えた」
「そんな……」
それはやはり私のおかげなんかではない。
ライアンが心を強く持って、部下の生死の行方から逃げないでいられたからだ。
「それで真っ先に詫びることが出来た。それはやはりキミのおかげだよフローレス」
「そっか……お役に立てたなら良かったわ」
それでもそれ以上否定しなかったのは、ライアンがそう言ってくれるのが嬉しかったから。
厚かましいとは思うけれど、少しでもライアンの行動に関われているのだと思うと私の恋心が報われた気がした。




