23.下手な慰め
ライアンは俯いたまま、私を見ようとはしない。
「ねぇライアン。迷惑なんて思ってないわ。だからちゃんと私の目を見て話して」
両頬を挟み込むように固定して、無理やりに視線を合わせる。
逸らされていた視線が私に定まると、虚ろな瞳に少し光が戻った気がした。
「何があったの」
「……っ、フローレス……!」
唐突に抱きすくめられて息が詰まる。
その身体は小さく震えていた。
何も言わずにただ抱き返し、タオルの上からそっと頭を撫でる。
しばらく抱き合ったまま、ライアンが落ち着くのを待った。
五分ほどで震えは止まって、腕の力が緩んだ。
身体が離れると、ライアンがまた申し訳なさそうな顔で笑った。
「すまない、キミまで濡らしてしまった」
「そんなのどうでもいいわ。無理に笑わないで」
「……すまない。また出直すよ」
ぶっきらぼうな物言いに私が怒っているとでも思ったのか、少し泣きそうな顔でそのまま出て行こうとするライアンの手を掴む。
きゅっと手を握ったまま、入口のプレートをCLOSEDにしてドアの鍵とカーテンを閉める。
「フローレス……?」
「こっちにきて」
ライアンの手を引いて店の奥に連れていく。
「座って」
予約者専用のソファに、戸惑いながら腰を下ろしたライアンの隣に並んで座った。
「話して」
手を握ったままライアンの目を見つめる。
たかが店員風情が、出しゃばりすぎているのはわかっている。
こんなに偉そうに言える立場ではないということも。
だけど身分も立場も今はどうでも良かった。
ただライアンの心を傷つけるものを、少しでも取り除いてあげられるならそうしたかった。
「……部下が一人、重傷を負った」
「うん」
「もう、三日も意識が戻らない」
「……そう」
「少し、気が緩んでいたのだと思う。もうすぐ片が付きそうだって。だけど相手に魔法を使えるやつがいて。罠が張られて、大規模な魔術が発動した」
淡々とライアンが語りだす。
感情の乗らないその言葉は平坦で、ライアンが話しているとは思えないくらい冷たく響いた。
「警戒はしていたつもりだった。だが気付けなかった。俺の責任だ」
そうやってずっと自分を責め続けているのだろう。
無表情な顔の下で、彼が苦しんでいるのが良く分かった。
「あなたのせいじゃない」
腕を伸ばして首筋に触れる。
そのままするりと頭の後ろに手を伸ばし、優しく抱き寄せる。
ライアンは抵抗もせずに頭を垂れて、私の首許に顔をうずめた。
「あなたはあなたに出来ることをしたわ」
こんな言葉、ライアンは望んでいないかもしれない。
それでも言わずにはいられなかった。
ライアンは職務を全うした。
油断したと自責の念に苦しんでいるが、彼はきっと万全の態勢で臨んだはずだ。
それで護れなかったというのなら、それはその人の運命なのだ。
「大丈夫」
ゆっくりと頭を撫でながら、無責任な言葉を吐きだす。
「きっと助かる。大丈夫よ。絶対に回復する」
そんな保証はどこにもない。
解っていて、何度もそう言った。
ライアンの心が少しでも軽くなるように。
彼がこれ以上自分のことを責めずに済むように。
もし、その人が助からなかったとしても。
適当なことを言って期待させた私のせいだと、八つ当たりできる逃げ道を残せるように。
「ありがとう、フローレス……」
ライアンの腕が私の背中に回される。
こんなことで慰められはしないだろう。
それでもこの冷え切った身体が少しでも温まるように抱きしめる。
肩が濡れるのは、きっと雨だけのせいではなかっただろう。




