22.どしゃ降り
その日は朝から土砂降りで、昼を過ぎるころには客足がすっかり途絶えてしまった。
ガラス窓から外を見て暗鬱な気持ちになる。
今日はもう早々に店じまいをした方がいいかもしれない。
そう思いはするが、閉められない理由があってカウンターから動けずにいた。
今日はいつもならライアンが来る曜日だ。
もしかしたら今日こそはと思うと、閉店時間より早く終わらせることにどうしても抵抗があった。
ライアンが顔を見せなくなってからもう三週間が経つ。
単純にこの店に飽きたのであれば、寂しいけれど仕方ないことだと思える。
この界隈に素晴らしい店はたくさんあるのだ。
実際に別の店を気に入って、うちに来る頻度が減った常連さんもいる。
けれどそんなことが理由ではないと分かっている。
ここ最近ずっと妙な胸騒ぎがしていて、落ち着かない日々を過ごしていた。
最後にここに来た時、ライアンは国境周辺のいざこざを治めに行くのだと言っていた。
大したことはないと笑っていたが、その後音沙汰がないことを考えるとライアンの身に何かあったのだとしか思えない。
王城に勤める友人の情報では詳しいことはわからない。
ただ、サノワの小競り合いが予想より長引いたのだと聞いた。
激しい戦闘こそないものの、再三の勧告にも応じず強硬な態度を見せたらしい。
ようやくケリがつきそうだという情報が入ったのが先週末のこと。
兵の半分が先に戻ってきたというが、その中にライアンはいなかった。
二日前には怪我人が数人運び込まれたという情報も入って、その中にライアンがいなかったか聞いてもわからないという返答があるばかりだった。
一体何が起こっているのだろう。
友人も頑張ってくれてはいるが、騎士団とは関わりのない仕事だから真偽のあやふやな噂話を仕入れることしかできない。
断片的な情報ではもう戻ってきてもおかしくないはずなのに、ライアンは現れないままだ。
どんなに知りたくても、私なんてライアンとはただの店の店員と常連というだけの関係だ。
直接情報を貰える立場にないという自分の立ち位置が歯がゆくて惨めだった。
外は相変わらずの雨で、まるで今の私の心模様のようだ。
ライアンに会いたい。
目尻のシワを深くして「フローレスは心配性だな」と笑ってほしかった。
窓ガラスの向こう、店に面した大通りを、ため息交じりに見るともなく眺める。
日も暮れて人通りは途絶え、閉めた店が多いのか明かりも少ない。
けぶるような雨が暗闇に降るばかりだ。
ふと、遠くに人影が現れた。
こんな雨の中、傘もささずにどこへ行くのかしら。
ぼんやり考えていると、その人影がこちらにふらふらと近付いてきた。
「……ライアン!?」
見覚えのあるシルエットに慌てて立ち上がる。
駆けつけてドアを開けると、店の数メートル手前にびしょ濡れのライアンが立っていた。
「……あれ、フローレス」
「何してるの!? 傘は? 魔法は!?」
「いや……はは、気付いたらここにいた」
参ったな、とライアンがずぶ濡れのまま笑う。
その笑顔はとても疲れていて、見ていて痛々しいものだった。
「いいから店に入って! 早く!」
レジから急いで一番大きなタオルを取ってきて、遠慮がちに店に入ってきたライアンの頭にかぶせる。
「すまない、来るつもりはなかったんだが、会いたいと思っているうちに来てしまったみたいだ」
「そんなの気にしないで。怪我はない? 顔色が悪いわ。このままじゃ風邪引いちゃう」
濡れていることに気付いていないみたいな顔で、ライアンが申し訳なさそうに言う。
私が勝手に頭や身体を拭いても、抵抗もせずに大人しくしていた。
「店を濡らしてしまった。やはり来るべきじゃなかったな。でもどうしても会いたかったんだ。迷惑をかけてすまない」
明らかに様子がおかしくて、髪を拭きながら顔を覗き込む。
声の調子はいつも通りなのに、その表情は暗く沈んでいた。




