21.デートの約束
「先日は差し入れをありがとう」
「どういたしまして。今まで出した中でライアンが特に気に入ってるのを厳選したの」
「口に出したことはないのによくわかったな。本当に好きなものばかりだった」
「あらあなた結構すぐ顔に出るのよ? 知らなかった?」
「……本当か?」
からかうように言うと、ライアンが赤い顔で口許を押さえた。
どうやら本当に自覚がなかったらしい。
「……まぁとにかく。部下たちも大層喜んでいた」
「甘いモノ同盟は結成出来そう?」
「ああ。意外に甘いものが好きな男は多いようだ。苦手なやつでもフローレスの作ったものなら美味いと感心していた」
「ホント? 良かった。ちょっと甘さ控えめにしてみたの」
「わざわざすまない。あんなに作るのは大変だっただろう。今度何か礼をさせてくれ」
「あらそんなの。ライアンの戦う姿を見られただけで十分だわ。すごく格好良かったもの」
「……いや、それは……その、ありがとう」
ライアンが盛大に照れて私から目を逸らす。
こんなに完璧な人なのに、案外褒められ慣れていないのかライアンはちょっとした誉め言葉にもすぐ照れる。
たぶん普段は近寄りがたい雰囲気をしているようだから、皆気後れして私のように無遠慮に褒め称えたりしないのだろう。
笑うとこんなに可愛いのに。第一印象で尻込みする人は本当にもったいないことをしている。
「だが、それでは俺の気が済まない。何かないか。俺にできることならなんでもする」
気を取り直したように真顔を作って言うその頬がまだ少し赤い。
あまりの微笑ましさにニコニコしながら、せっかくライアンが気を遣ってくれているのだから厚かましいお願い事でもしてみようかなんて考える。
「じゃあそうね、また休日が重なった日に荷物持ちをお願いしようかしら」
「そんなことでいいのか?」
なんてね、と付け足そうとしたのに、ライアンは嫌な顔ひとつしない。
むしろ何故か少しご機嫌だ。
「いいの?」
「もちろんだ。しかしそれでは俺が嬉しいだけだから礼にならないな……」
「……嬉しいの?」
難しい顔になったライアンに首を傾げる。
貴重な休みの日に荷物持ちなんて、面倒なだけではないのか。
「フローレスと出掛けるのは好きだ。いつもの風景が違って見えるから」
「……うん、私も。本当は荷物持ちとかどうでもいいの。ライアンとまた出掛けたかっただけ」
無理に口実をこじつけて冗談みたいにしか誘えなかった自分を恥じながら、素直に喜んでくれるライアンを見習って正直に白状する。
とても照れくさかったが、彼が嬉しそうに笑ってくれたから言って良かったと思えた。
「良かった。じゃあ今度の休みはこの店の定休日に合わせて取るようにしよう」
「ありがとう。とても楽しみだわ。休みの日が決まったら教えてね」
「ああ……そうだすまない、もしかしたら少し先のことになるかもしれん」
「そうなの? 忙しくなりそうなら無理しないで」
「いや、サノワ地方の国境沿いが少しキナ臭くなっているらしくてな。派兵されることが決まったんだ」
「そんな、大変じゃない……大丈夫なの?」
「ああ、そんなに規模は大きくない。だがもちろん気は引き締めていく。充分な準備もしている。だから心配しなくていい。前も同じ場所に派兵されて、その時は三日で片が付いた」
私の心中を察してくれたのか、頼もしい笑みでライアンが言う。
訓練を怠らず、年若くして隊長に任じられたのは伊達ではないのだろう。
ライアンの言う通り、確かにこの国はもう百年近く平和で、近隣の国とも大きな揉め事を起こしたことはない。
いつかあるかもしれない戦争のために騎士団は訓練に励んでいるが、ここ数十年は形式的、儀礼的な式典のために鍛えられているような節がある。
たまに領地同士の小競り合いや揉め事が起きて、騎士団が鎮めに行くこともある。けれど大抵は騎士団の姿を見ただけで、その威圧感にすぐに大人しくなってしまうらしい。
「今回も長くて一週間といったところだろう。往復の道のりの方が時間がかかるくらいだ」
「ならよかった。でも十分に気を付けてね」
「ありがとう。落ち着いたら休みを取れるから、その時にまた」
「ええ。待ってる」
微笑みを交わし合って、ライアンが仕事に戻っていく。
ライアンなら大丈夫。
剣の腕も身のこなしも一級で、そのうえ魔法まで使えるのだから。
その頼もしい背中を見送って、店内の後片付けをしっかりと済ませた。
その後半月を過ぎても、ライアンが店に来ることはなかった。




