18.処罰の内容
後日、ライアンがリカルドの処分内容を知らせに店を訪れてくれた。
内容が内容なだけに、店内に他の客がいなくなるまでお互い素知らぬ顔でそれぞれの仕事に励む。
ライアンは、早く報告したいのかずっとソワソワしていた。
そのかわいらしさに癒やされながら、ほんわかした気持ちで最後のお客さんの会計を終えた。
「リカルドのことだが」
「死刑になった?」
「いやいやいやいやさすがにそこまでは。至らなくてすまない」
おもむろに切り出したライアンに冗談で聞き返すと、本気で申し訳なさそうに謝られた。
さすがに死刑にしろとまでは思っていないが、その反応を見られたことに満足する。
「厳重注意とかそんな感じ?」
「本決まりではないのだがな。一応ヤツは公爵家だから、首には出来ないが降格処分となる」
「あら本当に? 結構思い切った処遇ね」
「おそらくこの先一生一兵卒のままだろう。出世は見込めない」
「そんなにきっちり罰してくれるの?」
正直、公爵家の人間というだけで甘い判断をされるだろうと思っていた。
せいぜいが一ヵ月の減給か三日間の謹慎命令か。
そう高を括っていたのだが、思っていたよりずっと重い処分が下ったらしい。
「あの録音がいい仕事をしてくれた」
「そんなに役に立った?」
リカルドは保身のためなら息をするように嘘をつくような男だから、言い逃れ出来ないようにとは思っていた。
けれど一市民の提出したものが、そこまで覿面に効果があるものだとは思っていなかった。
「なんというかまぁ、魔力のある者ならばコツを掴めば多少の加工が出来るんだあの手のモノは」
さらりとライアンがそんなことを言う。
一瞬幻聴かと思うくらい自然な会話だ。
「……つまり?」
「うん? 出来るんだよという事実を話しただけだが」
にこっと笑って、悠然と頬杖を突く。
「あの後取り巻きを連れたリカルドが俺のところに来てね。いろいろ面白いことを喚いてきたんだ。その時たまたまフローレスから預かった録音ツールを持っていてね」
「……持っていただけよね?」
「もちろんだとも」
笑顔のまま頷くけれど、纏う雰囲気がなんだか怖い。
これはかなりリカルドに怒っているな?
なんとなくそう思って、それ以上突っ込むのはやめた。
さすがに事実無根の罪を捏造したりはしないだろうから、その何やら喚いていた内容を多少付け足したのだろう。
それにしても私と仲良くなったせいか、ライアンが私のやり方に染まってきている気がする。
「元々騎士団の中では嫌われていたからな。権力を笠に着てやりたい放題だったから」
「ああ、そんな感じする。それでこそリカルドだわ」
「俺も何度か諫めていたんだが効き目がなかった」
「ホント性質の悪い男ね」
「それで特にリカルドに手を焼いている上官に話を持っていったら、すぐに上に掛け合ってくれてね。女性に付き纏っていたことと手を上げたことが騎士道に反すると大問題になった。だが公爵家だからと二の足を踏んでいたところに、ほら、覚えているかい、キミが婚約破棄をした時の公証人を」
「ええ。ヤニスさんでしょう。あのあと何度かお話させていただいたもの」
「そう。その彼が今回の話を聞きつけてね。あの時のことを踏まえていろいろ進言してくれて」
「それでこの処分?」
「そう。あの人はかなりのヤリ手だと思う」
「大変、今度お礼を言いに行かなきゃ」
「それがいい。俺も一緒に行くからその時は声をかけてくれるか」
「ついて来てくれるの?」
「フローレスのために動いてくれたんだ。俺からも礼を言いたい」
「ふふ、心強いわ。ありがとう」
ライアンは本当に面倒見のいい人だ。ただの友人にここまでしてくれるなんて。
ありがたいと思う反面、そんなことばかりしていると私みたいな勘違い女を量産してしまうのよと忠告したくなってしまう。
「それで、その方の提案で接近禁止措置が取られることにもなった」
「え!?」
「リカルドの執着が尋常じゃないということでね。誓約書にキミのサインが必要になるから、後日別の公証人が来ることになるが構わないか」
「ええ、それはもちろん……」
「それが成立すると、半径100メートル以内に近付けなくなる」
公的な書類の拘束力は絶対だ。
誓約書の条件を破れば、魔術が発動するようになっている。
条件設定は当人同士や専門機関が決めて、同意とサインを以て成立するのだ。
「ちなみに破ったらどんなペナルティが?」
「規定距離内に入ると頭が割れそうになるレベルの耳鳴りがするらしい」
「あはは本当に?」
シンプルな罰則に思わず笑う。
是非とも発動して苦しむところを見てみたいが、そんな制約があればさすがにもう近付いてこないだろう。
「やだわ、用もないのに王城付近を通ることが増えちゃいそう」
「くくっ、その際は是非とも騎士団の訓練場を覗いていってくれ」
騎士団の訓練場は一般市民でも自由に見学出来るように開放されている。
リカルドに遭遇するのが嫌で行ったことはなかったが、なるほど今ならとっても楽しそうだ。
「ライアンは何時ごろに訓練してるの? どうせならあなたの雄姿を見たいわ」
「ああ、ええと、そうだな、だいたい午前中は毎日」
ライアンは少し照れながら日程を教えてくれる。
堅物そうなイケメンが目元を赤く染めるのが堪らない。
「差し入れとかは持って行ってもいいの?」
「もちろんだ」
「マドレーヌを焼いていくわ。ここに様子を見に来てくれた部下の方達にも」
「それはありがたい」
目を細めて嬉しそうに笑う。
あんなに凛々しい表情でリカルドを締め上げていたというのに、甘いもので喜ぶこのギャップにときめきが止まらなかった。




