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16.先のない恋

「助けてくれてありがとう」


なんでもないふりを装って、ライアンの手を借りて立ち上がる。

礼を言って微笑むと、ライアンが少しホッとしたように表情を緩めた。

それを見て、心臓の音が速さを増した。


本当はとっくに落ちていた。

ただ気付かないフリをしていただけ。

分かっていたけど、リカルドに八つ当たりしないではいられなかった。


未来のない恋なんてごめんだ。

だって知っている。

まだ公表されていないが、第一王女とクリフォード家の婚約が現実のものとなったことを。

この店は王城に出入りしているような人も利用してくれるのだ。

聞きたくなくても、嫌でも情報が耳に入ってくる。


ひどい話だ。

ただでさえ手の届かない人だったのに、これで完全に別世界の人間になってしまう。

私の恋心は、自覚したところで何の役にも立たない無駄なものでしかないのだ。


立ち上がって、ぐっと近づいた目線に狼狽えそうになる。

そんなのおかまいなしにライアンは真っ直ぐに私を見て、痛ましそうに目を細めた。


「こんなに赤く腫れてしまって……」


ロクに手加減もされずに叩かれた頬にライアンがそっと触れる。

動揺でびくりと肩が跳ねた。


「ああすまない、痛いよな」


慌てたようにライアンの手が離れた。


「だ、大丈夫! あいつホント最低よね。あーあ、お客さん全員いなくなっちゃった」


その隙にそそくさとライアンから距離を取る。

いつも通りに振る舞わなくてはならないのに、心の整理がまだ出来ていない。

このままでは、冷静でいられる自信がなかった。


「まぁこんな顔じゃお客さんに見せられないし、気分最悪だし、今日はもうおしまいにしちゃおうかな」


言って入口まで行き、プレートを「CLOSED」に変えた。


「フローレス」

「あ! お湯火にかけっぱなしだった!」


近づく気配に慌てて身を翻す。

ライアンの横をするりと抜けて、逃げるようにキッチンへ入った。


「ちょうどいいわ、お礼にお茶してって。あ、でももう仕事戻らなきゃよね? 忙しいのに本当にごめん、ていうかすごいタイミングだったね? 偶然でびっくりしちゃった」


目も合わせられずに矢継ぎ早に言う。

一秒でも黙っていたら、ライアンへの気持ちが溢れてしまいそうだ。


「もしかして休憩に来る途中だった? とんだ災難だよねこんなことに巻き込まれちゃってさ。でもおかげで、」

「フローレス」


静かに呼び掛けられて言葉に詰まる。

おそるおそる顔を上げてライアンを見ると、宥めるような落ち着いた目をしていた。


「礼なんかいい、こっちにおいで」


有無を言わさぬ雰囲気に、それ以上何かを言う気にもなれず、コンロの火を止めてカウンターを出た。

いつもの席に座るライアンの、隣の椅子に座りおずおずと向かい合う。


「怖かっただろう」


静かに言って、そっと手の平で覆うように頬に触れる。

ビリビリと内側に響くように痛かったが、正直、心臓の痛みには遠く及ばない。


「……そんなに怖くなかったわ」

「強がらなくていい」


あっさりバレていることに苦笑する。


確かに怖かった。

まさか手を上げられるとは思っていなかったから。

腹が立っていたし、一度撃退した実績があったことで調子に乗っていたのだ。


容赦のない暴力というのを甘く見ていた。

完全に男の力を侮っていたのだ。


「二度とこんなことはさせない」


それなのに、同じ男であるライアンの手はこんなにも優しい。

ライアンは何も悪くないのに、むしろ危機一髪のところを助けてくれたのに、どうしてだか悔しそうだ。

騎士団に所属しているから、人より正義感が強いのだろうか。

まぁあのイカレポンチも騎士団のはしくれなのだけど。


「すまないが治癒魔法は苦手なんだ」


申し訳なさそうに言いながら、手の平に魔力が込められる。

頬がじんわり温かくなって、少しずつ痛みが引いていく。


「……すごい、こんなことも出来るのね」

「少し時間がかかるから、しばらくこのままで」


頬に手が触れたままではライアンの視線から逃れることも出来ない。

心臓の音はうるさいままだったが、その真っ直ぐな目をしっかりと見返す。


動揺を悟られないように、恋心を見抜かれないように。


そうすることだけが、私に残された逃げ道だった。

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