12.リカルドとリリアのその後
ライアンとの楽しい休日が明けてから、三日後に彼は店に来てくれた。
いつもの時間に店に訪れた彼に休日の礼を言い、こっそりサービスのケーキを提供する。
十分ほどで客足は途切れ、二人きりの店内でそれぞれの三日間の出来事を報告し合う。
「リカルドのその後を知っているか」
その話の流れでそう聞かれたとき、思わず不細工な顔になってしまった。
それを見てライアンが噴き出す。
「ふ、くくっ……、そんなに嫌いか」
「言うまでもないわ」
不味いモノでも食べた時みたいな渋い顔をしながら答える。
あいつの話は出来ることなら二度と聞きたくないし知りたくもない。
ただ、正直なところある程度は知っている。
聞きたくなくとも、噂好きの女友達がこの店に来てはかしましく教えていってくれるのだ。
リリアとも共通の学友だったから、知っている人間同士の噂話はさぞ楽しいことだろう。
「……半年くらい前に無事に結婚したんでしょう?」
「ああ。無事と言っていいかはわからないが」
ライアンが笑う。
確かに無事と形容していいかは甚だ疑問だろう。
私がぶちかまして溜飲を下げまくったあの日。
私は婚約破棄に浮かれるだけでは済まさなかった。
これまでの脅迫の証拠や実際にやらかした悪事の資料、それに私を束縛するためのあれこれを録音した小型のマジックツールを、婚約を見届けるためにあの場に居合わせた役人にすべて提出したのだ。
どうやら私を気に入ってくれたらしいその公証人さんは、事態を重く受け止めてそれを城に持ち帰ってくれた。
そこからの展開は見ものだった。
元々評判ががた落ちしていたスターリング公爵家だ。国は私が集めた書類を盾にここぞとばかりに責め立てて、きついお灸を据えてくれた。
さすがにお家取り潰しとまではいかなかったが、一部の領地を取り上げ、不当に得た財産を没収し、公爵家の権力まで縮小させた。
その上私への慰謝料を踏み倒そうとするのを見越して、強制権限を行使して払わせてくれた。
これはスターリング家を罰するきっかけを持ち込んだ私へのご褒美みたいなものだろう。
おかげで今やスターリング家は火の車だ。
私に構う余裕なんてないだろう。
ある程度私の身を守るために効果はあると踏んでいたが、まさかそこまでしてくれるとは思わなかった。
先代当主ならばそこから立て直せるだけの手腕があったろうが、当代当主であるリカルドの父親はヤツに負けず劣らずのポンコツだ。あとは私が何もしなくても坂道を転がり落ちるように勝手に落ちぶれていくことだろう。
リリアはそんな中に嫁いだ。
いや、嫁がざるを得なかった。
何せ私を陥れるためだけに深く考えることもせず、すでに正式に婚約してしまっていたのだから。
破棄したところでもう慰謝料をもらえるほどの財力も残っていない。
私と違って由緒ある侯爵家の御令嬢だから、経歴にも傷がつく。
リリアにしてみれば、完全にアテが外れたことだろう。
ただ、リカルドは見た目だけなら完璧だ。
それに付き合っている時は私への当てつけもあって、リリアに優しかったはずだ。
没落寸前なことには目をつぶって、なんとか気を取り直して前向きに結婚生活に取り組もうとしたらしい。
それは素直に賞賛したい。
けれど蓋を開けてみればリカルドはただのクズ男で、義実家であるスターリング家は公爵家のくせにリリアの実家に恥も外聞もなくたかってくる。
共通の友人たちはとっくにリリアを見限っていたが、その愚痴を聞くのが楽しくて未だ友人のフリをしているらしい。
人のことは言えないが、みんななかなかいい根性をしているのだ。
そのことをライアンに告げると、「正確な情報網だな」と感心していた。
女子のネットワークを侮ってはいけない。
「彼らがフローレスのことを悪く言い回っているのは?」
「それは初耳だけど、まぁ予想はつくわね」
それを聞いてますます顔が渋くなる。
なるほど、ライアンがわざわざリカルドの話題を振ってきたのはこのことを私に知らせるためか。
それくらいのことをするだろうなとは思っていたが、本当にみみっちい連中だ。
もう関わることもないだろうが、やはりムカつくものはムカつく。
もっと徹底的にやってやれば良かったか。
少し後悔するが、あれ以上時間を浪費するのももったいない。
やはりこれくらいでやめてやるのが正しかったのだろう。
「フローレス、今キミ、すごい悪い顔をしている」
「あらやだうふふ」
指摘されてパッと表情を戻す。
ライアンは引いた様子もなく、愉快そうに笑うだけだった。