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11.違う一面

公園でのランチを済ませ、街へ戻る。


「まずはどこへ行くんだ?」

「そうね、新しい紅茶を仕入れに行こうと思ってるんだけど」


当然のように聞かれて、本来の予定を答える。

ライアンは本当に買い物に付き合ってくれるようだ。


荷物持ちを請け負ってくれる代わりにと、紅茶の好みを聞いたり食事やデザートのリクエストをもらって次回以降の来店時に提供を約束する。

だからそれに合わせていろんな店を回った。

これはもう、もはや普通にデートなのではないだろうか。


うん、勝手にデートということにしておこう。

だってこんなに楽しい。


こんな完璧な男と、ただの買い出しとはいえデートの真似事ができるなんて、リカルドとの苦行に付き合ったご褒美か何かだろうか。


道ゆくご婦人方の視線は痛かったが、せっかく楽しいのだからと無視を決め込む。

敵意の視線なんて慣れっこだ。

あの地獄のような日々に比べれば、ライアンが隣にいる今のなんと幸せなことか。


ライアンは私の話をちゃんと聞いてくれて、目が合えば微笑んでくれる。

私の意見を頭ごなしに否定することもしないし、為になる話を惜しみなく披露してくれる。

話題は豊富で、尽きることはなかった。

彼の声は耳に心地よく、ずっと聞いていても飽きることはない。


こんなに長くいても気詰まりに思う瞬間は一度もなく、それはライアンも同じようだった。

私たちはなかなかに気が合うらしい。




「少し休もうか」


歩き疲れたくらいの絶妙なタイミングでライアンが言う。

ちょうどカフェテラスのある店の前だ。

騎士の訓練で鍛えた体がこの程度で音を上げるとは思えないので、完全に私への気遣いだろう。


「うん。ありがとう。ライアンって優しいのね」

「いや、そんなことは、……」


褒めたのに、なぜか気まずそうに言葉に詰まる。

照れているというよりは、ばつが悪いといった顔だ。


「いいの。誰がなんと言おうと私は優しいって思うんだから」

「フローレスがそう思ってくれるなら甘んじよう」

「よろしい」


偉そうにふんぞり返って言い切ると、ライアンが怒りもせずに苦笑した。


「フローレスには敵わないな」

「それって誉め言葉?」

「もちろん」

「ならいいわ」


すまし顔で応えると、今度は声を上げて笑った。


店内で飲み物を注文して、外のテーブル席に着く。

日暮れには少し早く、それでも一日の終わりを予感させる夜の気配が確実に近付いていた。


もうすぐこの楽しい一日が終わってしまうのかと思うと残念だ。


一息ついて、断りを入れてから化粧室へ向かう。

鏡を見ると、にやけた顔の自分が映った。

どうやら今日一日中この緩み切った顔をしていたらしい。

ライアンといると、いつもこんな顔をしている気がする。

いかんいかんと頬を叩き、気を引き締めて、手早くメイクを直して化粧室を出た。


そうして席に戻ろうとして唖然とする。

私がほんの少し離れた隙に、ライアンに女性が群がっていたのだ。


一人になったと見るや、すかさず女性を惹きつけるなんて。

さすが最上級イケメンね。

呆れるとともに感心してしまう。

邪魔しちゃ悪いかしらと、ちょっと離れたところで見物してみる。

女性たちは頬をバラ色に染めながら、一生懸命話しかけている。

あれだけのイケメンに物怖じせずに話しかけるだけあって、みな華やかな装いと確かな自信に裏打ちされた美貌を備えていた。


男性だったらさぞ嬉しい状況だろう。

だというのに、ライアンの表情は硬かった。

あれは照れているとかの困惑しているとかの顔ではない。


彼は女性たちとは一切目を合わせずに、短い言葉を時折発しているのみだ。

見たこともないようなつれない態度で、一刻も早く追い払いたい雰囲気に満ちている。

要するに、ものすごく迷惑そうだった。


出会った日から彼の柔らかい表情ばかり見てきたから、真顔だとあんなに冷たくて怖い感じになるのだと驚いてしまう。

イケメンの真顔って怖い。

目を吊り上げて怒鳴られるよりも、あの無表情で一言きつい言葉を言われた方が絶対にへこむ。

それにめげないお嬢様方もすごいけど。

もしかしたらああいう冷淡な態度をこそ素敵だと思うタイプの人達なのかもしれない。

だとしたら私とは相容れない好みをしている。


表情を動かさないライアンは、どこか作り物めいた美貌を湛えている。

芸術品としては素晴らしいものかもしれないが、私はいつものライアンの方がずっといい。


それにしてもお嬢様方。

舞い上がってしまうのはわかるが、ライアンがかなり不機嫌になっているのがわからないのだろうか。


今あの中に割って入ったら集中砲火を浴びるのは火を見るより明らかだ。

だからといって、それをしないという選択肢はなかった。

ライアンがこの状況を歓迎していないのなんて、一目瞭然だったから。


背筋を伸ばして進み出る。


「ライアン」


呼んで、優雅に微笑んでみせた。

リカルド曰く、見た目だけなら結構な家柄の御令嬢に見えるらしい容姿を、ここぞとばかりにフル活用する。

だってあんな上等な男が、つまらない女を連れていたら見くびられてしまうから。

ライアンは気にしないと言うだろうが、そんなのは私が許せなかった。


私の登場に、お嬢様方の敵意の眼差しが集まる。

けれどあまりにも私が堂々としていたからか、彼女たちが怯んだ。


「フローレス」


私の威嚇には気付かなかったらしいライアンはパッと顔を輝かせて、私を見るなり嬉しそうに笑った。

さっきまでの表情との落差が激しすぎる。


どうですかお嬢様達。

ライアンの超絶可愛いポイントはここなんです。


これこれ。

このギャップよ。

最高でしょ。

百点満点。


ほら、流れ弾を食らってお嬢様方がよろめいている。

かくいう私も、直撃をもろに浴びてノックアウト寸前だ。


女の人の名前を呼ぶのに慣れていないと言っていたから、こんなナリをして奥手なのかと思っていたが、単純にチヤホヤされすぎて女の人を好きじゃないのかもしれない。

それなら無理やり名前呼びを強制させたの悪かったのかもしれないと、ひそかに反省する。


だけど。


「次はどこへ行こうか、フローレス」


大事なものみたいに私の名前を呼ぶから、やめていいのよと言うことは出来なかった。

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