10.穏やかな時間
ライアンと出かけるのは思っていた以上に楽しかった。
いつも閉店前の三十分くらいしかいられないし、他にお客様がいればほとんど話せない日もある。
それなのに今日はずっと一緒だ。
ゆっくりと話せるというのは、それだけでワクワクした。
ライアンは常に微笑みを浮かべ、柔らかい声で話す。
それにこんなに長い足を持っているというのに、私の歩調に合わせてくれる。
パン屋さんで買い物をしても、当然のように支払いをしてくれて、ごく自然な成り行きで荷物を持ってくれた。
完璧すぎるエスコートにテンションは上がる一方だ。
「この公園、静かでおすすめなの」
少し距離はあったが、郊外に位置する公園は景観がいいわりに人が少ない。
歩く広告塔のような人目を惹く容姿のライアンだ、なるべく人のいない場所がいいだろう。
「ああ。いいところだ」
予想通りライアンは嬉しそうに笑ってくれた。
少し散歩をしたあとで、綺麗に手入れされた芝生の区画でお昼にすることに決める。
「ごめんなさい、いつもは一人で来るから小さいのしかなくて」
持ってきていた一人用のシートは狭くて、二人座るにはあまり余裕がない。
「なら俺は芝生でいい」
「何言ってるの、逆よ」
案の定ライアンはシートに座るのを辞退しようとしたが、さすがに公爵令息様を地べたに座らせるわけにもいかない。
その点私が着ている服は安物だし、身分もほぼ平民と言って差し支えない。
ちょっと前までは当たり前にそこらの公園で寝転んだりしていたし、何も問題はないのだ。
「レディにそんなことをさせるわけには」
「ぶふっ」
突然の淑女扱いに噴き出してしまう。
ライアンは不思議そうな顔をした。
これが社交辞令とかではなく本気で言っているから困る。
そして明らかに譲る気がないのも。
「……あーじゃあもう、一緒に座りましょう」
「一緒に?」
「隣に。並んで」
言って横長のシートの半分に腰を下ろす。
伸ばした足ははみ出ているが、まぁそれくらいはいいだろう。
少しはしたないが、ここには咎める人もいない。
一緒にいるライアンさえ気にしないなら構わない。
「ほら、あなたも座って」
どこか途方に暮れた顔で立ち尽くしているライアンに促す。
一瞬の戸惑いの後、「では失礼して……」とライアンが隣に腰を下ろした。
トン、と肩が触れ合う。
思いがけず近い距離にどきりとした。
男の人の身体というのは、女性と違って幅も厚みもあるものらしい。
今更ながらそれに気付いて、触れ合ったままの二の腕のあたりがじんわりと熱を持ち始めた。
「ごめん、思った以上に狭いね」
わずかに緊張しながら謝ると、ライアンが「いや、」と首を振った。
「フローレスとなら悪くない距離だ」
「そ、そう?」
私と視線を合わせるようにライアンが少し顔を俯けてこちらを見る。
その顔は嬉しそうで、どこか少年を思わせる悪戯っぽい表情だった。
「ああ。いつも向かい合っているから新鮮だな」
「言われてみればそうね」
言われてみれば、確かに珍しい並びだ。
その変化が、ライアンには面白いのだろう。
触れ合った場所は熱いままだったが、その微笑ましさに徐々に緊張はとけていった。
買ってきたばかりの数種類のパンを分け合って食べながら、お行儀が悪くならない程度に会話する。
ゆったりした時間が流れていた。
公園の風景を眺めながら、風が揺らす木の音を聞きながら、飽きることなくお互いのことを話した。
時折ライアンの顔を盗み見て、その嬉しそうな表情に私まで嬉しくなる。
彼は私と視線が合うたび、目尻のシワを深くした。
私の大好きな表情だ。
幸福な時間は穏やかに過ぎて、このままずっと続けばいいのにとぼんやり思った。