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1.待ち望んだ日

それは突然のことだった。


「フローレス、お前との婚約を破棄する」


高圧的な態度。勝ち誇った顔。

私の婚約者であるリカルドは、胸を張ってそう言った。


全てが自分の意のままになると信じ切って疑わない。

実際、公爵家長男の彼にはそれが許されているのを、この場にいる誰もが知っていた。


「……何故とお聞きすることは許されますか」


震える声で問う。


婚約を証明する書類には、先月きちんとサインした。

リカルドと一緒に。

彼は私を幸せにすると言って、それは満足そうに笑っていたのに。


「答えてやろうとも。おいでリリア」


私の背後に視線を向けて、優し気な声で別の女の名前を呼ぶ。

その名に聞き覚えがあった。


ゆっくりと振り返ると、私の学生時代の知人である、リリア・ブラントが歩いてくるところだった。


あまりの出来事に肩が震える。

リリアは美しい顔に控えめな笑みを浮かべて、真っ直ぐにリカルドのもとへと向かう。


「……リリア、あなたまさか、」


私の声にリリアは一瞬だけこちらを見て、優越感たっぷりの勝ち誇った笑みを浮かべた。


でもそれも一瞬だ。

傍から見れば、健気で儚げな美女のままだった。


「紹介しよう。リリア嬢だ。彼女はブラント侯爵家の御令嬢である」


朗々たる声で、私ではなく今日集まった貴族たちに向かって言う。

彼らは今日、私とリカルドの婚約発表のお祝いに来てくれた人たちだ。


「リリアは私の妻となる。これはもう決定事項だ」


視線を私に戻し、リカルドがニヤニヤと笑いながら言う。

弱者をいたぶる目だ。


周囲が一気にざわつく。

当然だ。

事前に周知していた婚約相手の、首が当日にすげ替わるなんて誰が予想出来ただろう。


この場に異議を唱える者は誰もいない。

この国に二つしか存在しない公爵家の嫡男、リカルド・スターリングが決めたことだからだ。


それに私の立場も関係するだろう。


男爵家令嬢、フローレス・アークライト。

一代限りの男爵家という安い地位。そのアークライト家の長女。


何の後ろ盾もない私が、彼と婚約したのは奇跡だと言われている。


父の爵位授与式に、気まぐれで参加していたリカルドが私を見初めたのが始まりだった。

周囲の反対を押し切り、彼と私は婚約を果たした。


それなのに彼は、男爵家よりずっと上の地位である、侯爵家のリリアに乗り換えたのだ。

男爵家の娘なんかより余程釣り合いの取れた御令嬢だ。誰が反対するだろう。


今まで身分差を理由に何度も陰口を叩かれたが、一度も反論したことはない。

誰に何を言われても、耐え忍ぶことが出来たのは、今日という日を待ち望んでいたからだ。


耐えられず、俯く私をリカルドが嘲笑う。


「頼むから泣かないでくれよ。鬱陶しいからな」


あれだけ甘い言葉を吐き続けたのが嘘のように、冷たい言葉を投げつけられる。


「……もう、覆らないのですか」


震える唇で問う。


婚約というのは重いものだ。

書類にサインをしたのなら尚更に。


この国では商売でも結婚でも、書類による契約が何よりも重視される。


契約書はマジックツールだ。

契約者の髪を溶かしこんだインクで署名すれば、魔術的な縛りが発生する。

王以外の誰にも、それを覆すことは不可能だ。


「決まっている。もう正式にリリアと婚約した。もちろんおまえとの婚約破棄もな」


そうだな、と国から派遣された公証人に向かってリカルドが問う。

これだけ自信満々ということは、私の髪をどこかで入手していたのだろう。


婚約も婚約破棄も、書類にサインをしたあとで公証人に認証を受けて成立するものだ。

その公証人が私を気の毒そうな目で見た後で、確かに頷いた。


もちろん私は婚約破棄の書類にサインした記憶なんてない。

サインは本人の直筆のものしか認められないはずなのに。


だけどリカルドは公爵家の人間なのだ。

彼が白と言えば、黒いものも白になることを知っている。


ならば婚約破棄は確かに成立し、リカルドとリリアは確かに婚約をしたのだろう。


「悲しいか? それとも悔しいか。男爵家の娘が、束の間の夢を見られて良かったな」


煽るように言われて、両手で顔を覆った。


ますますリカルドが勢いづく。

リリアまで「お可哀そうですわリカルド様」なんて笑いを滲ませた声で言い始めた。


「……たしかに好きな人に裏切られたら悲しいし悔しいし、死にたくなるわ」


私が言うと、リカルドがニヤニヤ笑いを深いものにした。


ああ本当に。


嬉しくて仕方ない。


「でも私、あなたのこと嫌いなので」

「へ?」


にっこり笑って顔を上げると、間の抜けた顔で間の抜けた声をリカルドが発した。

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