36話 ある意味モテ期
足を吊ってしまった。そのまま試合に負けて帰宅と言う明らかに醜態と言える惨状。恥ずかしい。家の鍵を開けて五人で家に入り思わず肩のコリをほぐすように揉んだ。
何だか、全身的に疲労が溜まっているだけでなく筋肉痛も発症しているような気がする。
「カイト、足大丈夫か?」
「あ、ああ大丈夫だ」
千秋が心配しているように顔を下から覗かせる。本当ならこの顔が尊敬いっぱいになるはずだったのに。
千秋だけじゃない、全員が心配をしてくれた。千冬、千夏、千春も声をかけてくれて、心配の眼を向けている。
手洗いうがいをして、運動したから軽く汗を風呂で流してコタツに入る。四人はテレビをつけて見ている和に俺も加わる。
はぁ、四人は俺がダサいとか思って無さそうだけど、周りで見ていた他の小学生とか西野とか笑ってたからダサいって思ったんだろうな。千秋が凄い怒ってくれて嬉しかったけど何だか笑われても仕方ないとすら思った。
まぁ、子供だから当たり前と言えば当たり前だ。足吊ってリタイア、小学生だとそう言う事をカッコよくないと素直な気持ちを抱くだろう。
「カイト?」
「……どうした?」
「いや、何か複雑そうな顔してたから」
「ああー、そうかな? まぁ、何でもないさ」
「むっ、嘘だな。我にもそれくらい分かる。……はッ! さてはバレーで足吊ったのを気にしてるんだな?」
千秋は少し考える素振りをしてすぐに俺が思っていると事を当てた。
「周りは笑ったが我はカッコいいと思ったぞ! 流石我のカイトだとな」
「そうか?」
「そうだ! あのぴょーんって飛んで、ドーンって打つやつマジでカッコよかった。一番だった!」
「そ、そうかぁ」
「笑った奴はマジで許さん! オコだ! 激おこだ!」
「千冬も魁人さんはカッコよかったと思うっス……足吊っちゃったけどそれだけ頑張ってたって事だから……」
「私も魁人さんの姿はとても良かったと思います」
「うちもお兄さんは少しもカッコ悪くなかったと思いますよ」
元気が一瞬で戻った。千秋と千冬と千夏と千春は人を元気付ける天才だな。筋肉痛などがあるから体にシップを貼ろうと思っていたら、先に娘が心のシップを貼ってくれるなんてな。
「ありがとう、そう言ってくれると嬉しいよ」
「ふふふ、そうかそうか、それなら我が励ました甲斐があったと言うものだ」
「本当にありがとうな、よし、今夜はカレーだ。みんな頑張ったと言う事で、目玉焼きもつけよう」
「わーい!」
千秋の喜ぶ顔を見て早い所料理を始めないと言う心境になり、コタツから出ようと腰を上げようとすると先に立ちあがった千秋が俺の肩を両手で掴んだ。
「なんか、さっきからカイトが肩触ってたから揉んでやろう」
「え? いいのか?」
「勿論だ。もみもみで癒してやる」
千秋が小さい手で肩の凝っている部分を精一杯力強く揉んでくれる。うんしょ、よいしょ、と時折発する言葉も可愛くて仕方ない。
何という幸運だ。寧ろ足を吊って良かったとすら思う。
肩を揉むと言うのはかなり疲れる作業だ。手の親指の付け根の母指球が凄い疲れて吊ったような感覚になる。それを我慢して俺の為に尽くしてくれる千秋に感動を感じるしかない。
「千秋、無理しなくていいぞ」
「いや、これくらいダイジョブだ」
そうは言うが両手かなりきついだろう? 子供には肩もみはかなり疲労が溜まる。無理はしなくていいんだ。気持ちだけで嬉しいのだから。
「うぅ、手が……」
「もう、大丈夫だ。元気になったからな」
「本当か?」
「ああ、もう、肩が軽すぎて生まれ変わったのではないかと錯覚しているくらいだ」
よし、今度こそ夕食を作る為に腰を上げようとすると再び肩に手があてられる。
「今度は千冬が魁人さんを、癒す役目を果たしまス……」
「いいのか?」
「はいっス!」
千冬は元気よく返事して肩を揉んでくれる。
「どうっスか?」
「勿論、気持ちいいぞ」
「……秋姉とどっちが気持ちいいっスか?」
「……両方甲乙つけられないな」
「じゃあ、つけられるように頑張るっス……」
「そ、そうか……」
千冬はツボとかを意識している。凝ってる所を重点的に施術してくれるし満足しないはずはない。だが、千秋も頑張りがどうしようもなく伝わってきてどちらが上とか言えるわけがない。
「むっ! 千冬、我も負けないぞ! もっとやる!」
千秋も再び参戦してくれる。右肩を千冬、左肩を千秋。二人の愛を感じて幸せに浸りながら体も癒された。
終わった後に千冬からどっちが良かったと聞かれたのでどっちもと正直に答えて。複雑そうな顔にしてしまった。
……ごめん。千冬。
◆◆
うち達の初の授業参観、二分の一成人式が終わりコタツでカレーを五人で食べていると、千秋が不思議そうに話を切り出す。
「そう言えば、最近、男子がソワソワしてるな。なんでなんだ?」
「そう言えばそうね。なんでかしら?」
千秋に同調するように千夏も首をかしげる。千秋と千夏は天然な時があるから分からないのだろう。バレンタインと言うイベントがあることに。
「きっと、バレンタインっスよ」
「そうだね。うちもそうだと思うよ」
「ほぉ! バレンタイン、そうか! あれか! あげれば三倍で返してくれるやつ!」
「いや、それは違うと思うわよ。でも、そっか、うっかりしてたわ。バレンタインがあったのね……」
千夏と千秋と千冬と言う存在からチョコが欲しくなってしまうのは当然である。姉であるうちも欲しいのだから。
千秋がお兄さんに話の流れで聞いた。何気ない一言だが千冬は気にしていないふりをしながらもチラチラと目線をお兄さんに。千夏は特に反応をしないがお兄さんの話を聴く為に視線を向ける。
「カイトはチョコ欲しいか?」
「うーん、貰えたら嬉しいけど。俺はどっちかと言うと千秋たちに美味しいスイーツを作ってあげたいな」
「おおー!」
「あ! 最近は友チョコってのも普通だからな。作りたいなら協力するけど……どうする?」
「我は……特に、あ、でもブロッサムに一応上げたい」
確かにうちも桜さんには友チョコとしてあげたいな。
「千冬は……春姉と夏姉と秋姉と魁人さんにあげたいッス」
「……そうか。それじゃあ、折角だし皆で作るか」
「おおー、カイト、ナイスアイデア!」
確かにそれは良いアイデアだ。可愛い妹達からチョコを貰えるなんて、神イベ過ぎる。
「うちもそれは是非ともするべきだと思います」
「よし、じゃあ何作りたい?」
「我はカカオからチョコレート」
「千冬は想いが伝わる物なら何でも……」
「私は……特にこれと言ってないです」
「うちは姉妹から貰えるなら何でも構わない所存です」
「うん……簡単にできるクッキーにしよう……」
何を作るのか、議論は一瞬で決まった。うち達の意見はかなりバラバラであったが最終的にお兄さんがまとめてくれたおかげである。
バレンタインが楽しみだとほくそ笑みながらカレーを食べた。妹から貰ったクッキー勿体なくて食べられないかもしれない。
◆◆
授業参観が終わり数日が経過しバレンタインが近づいてきた。俺は現在定時で仕事を終わらせた帰りにスーパーでクッキーの材料を購入している。
クッキーとは意外と簡単にできる。卵やらバター、バニラエッセンス、ホットケーキミックス、砂糖、生クリーム、牛乳とかまとめて型抜いて、予熱したオーブンで焼けばいいだけである。
今まで危ないなどを理由で料理は姉妹にさせてこなかったが今回ばかりは違う。殆ど危ない所は無いしオーブンに入れるのも俺がやる。危ないところなし。危ない所が無いと言うのが大事だ。千夏の心境的にもな……
最近、どうやら小学男子はかなり娘達にアピールをするらしい。そろそろ、二月だと直球で言う者、俺潔癖症だからいらないとか言う者、そもそもバレンタインって何と惚ける者、貰っても返すのが面倒だからいらないと大声で言う者。
それを聞いて俺は思う。欲しいんだなと。
分かる。千春、千夏、千秋、千冬。可愛いよな。俺も同年代でクラスが一緒だったら欲しくてたまらないと思う。
だが、現実は非常なのだ。コッソリ期待して靴箱と確認してもない事が九割である。そういう経験を通して男子はこのままではダメだとオシャレに目覚めたり、髪型を気にしたりなる場合もある。
まぁ、小学男子の諸事情とかどうでもいいけど。
娘の事の方が重要だ。
一緒に料理をする事で食育と言う一種の学びになる。色々な経験をして大人になって欲しいと言うのが俺の願望だから頑張ろう。
そんな事を考えながら車を走らせて家のドアを開ける。いつも通り千秋が一番に出迎えてくれた。
「カイトー! おかえり!」
「ただいま」
「魁人さんお帰りなさいッス」
「ただいま。千冬」
後ろには千夏と千春もいる。出迎えてくれる娘なんて早々居ないだろうから俺は幸せ者なんだろうな。
思わず湿っぽくなってしまった。
今日は皆でクッキーを試作でも作ってみよう。積み重ねだ。時間も会話も出来事も積み重ねて絆を育んでいく今を俺は幸せに思った。
◆◆
「ああー、チョコが貰えなかった……」
「当たり前だ。当日だけ、髪型ワックスで整えても意味がないって事だ」
「クッソ」
「これやるよ。俺の娘が作って形が崩れたクッキーだが」
「おおぉ! 母からしか貰えない俺に遂に救いの手が!」
佐々木よ。それで喜んでいいのか。袋につめて口をモールで縛った若干失敗したクッキーを上げる。美味しいから全然問題は無いんだが。
クッキーを作るのは意外とあっさり何事もなく終わった。いつもの変わらぬ日常のように。
材料を皆で交代で混ざて、形を抜き取る。そして焼いて、味見して、渡し合う。気軽にそれが出来たのが嬉しかった。出来るようになっている事にも嬉しさを感じた。
だが、どうしても、満足がいかない。
千春と千夏にはまだ距離があり、それをどのように詰めるのか分からない。
「魁人さん」
「はい?」
職場のデスクで仕事をこなしながら考えていると後ろから俺を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると小野妹子さんと言う同期の女性が
「これどうぞ。バレンタインと言う事で」
「あ、どうも」
「娘さんと食べてくださいね」
「ありがとう……」
まさか、意外と職場男性人気の高い小野妹子に貰えるとは。佐々木の眼が凄い。
「魁人先輩どうぞ」
「あ、どうも」
「こっちも」
「あ、どうも」
「どうぞです」
「どうも」
全員娘さんにと言う肩書付きだがまさか、鞄に入りきらない程のバレンタインのプレゼントを貰えるとはな。
過去最大だぞ。前世含めても。
普通に嬉しいが……何か複雑。まぁ、それより娘がこれを食べて美味しいと笑顔になってくれる方が大事だからその複雑な気持ちはどうでも良い。
もう、四人は三学期が終わる。来年から五年生。そして、その前に旅行に行くと言うイベントが待ち構えている。
楽しみであるがまだまだ俺は四人と向き合えていない部分がある。すぐに無理な所、目を逸らしている所、全ては無理かもしれないが何かを変えたいと思うのだ。