25話 いってらっしゃい
場所は二階のお兄さんの自室前。扉の前でお風呂上がりのうちと千冬は立っていた。寒気の満たされた廊下はとても寒い。足の裏はそれ以上に冷たい。
「魁人さん、大丈夫かなぁ……」
「お兄さんなら大丈夫だと思うよ」
千冬がお風呂上がりの可愛らしいパジャマ姿で心配の声を上げる。だが、お兄さんの部屋には入ることはできない。お兄さんの伝言は風邪をうつさないためにこれ以上部屋に入らないでくれと言うのだ。
「千冬、何も出来なかったっス……」
「しょうがないよ……うちも何もしてない」
「何かしたかったなぁ……」
「そうだね」
お兄さんが心配で何かしたいと思えるだけで、それは大きな事だと思うけどな。ただ、千秋と自分を比べて自分が大したことが無いと言う気持ちはわかる。うちもお姉ちゃんなのに率先して行動が出来なかったことに思うところもある。
姉として妹を導かないといけないのに。
悔しさもある。
自分なんてどうでも良いから、全ては妹の為に成長の為に尽力すると誓ったのにこのざまは不細工にも程がある。
「……今日はもう寝よう。冷えて来たから……このままうち達が体調崩したらお兄さんに余計な心配かけちゃう」
「……はいっス……」
もう既に湯冷めをしてしまった。体温が低下する。冷たい。
ふと、あの日の事を、あの時の事を思い出した。寒くて寒くて、怖くて怖くてどうしようもなくてただ只管に周りとの格差を恨んだ時を。
僅かに、心に影が差す。だが、直ぐに冷静になった。
自分はどうでも良いと、感情はどうでも良いと。
「春姉、大丈夫っスか?」
「うん? 何が?」
「いや、その……眼が……」
「眼?」
「ちょっと、曇ってたと言うか……」
「それは見間違いだよ……」
そんな感情は殺そうと思っているから。自分を殺すのがあの日の誓い。ダメだな。最近は何だかその誓いが揺らぐ時がある。
「ほら、部屋戻ろう」
うちは会話を無理に止めて千冬の手を取って自室に戻って行った。何枚も熱い羽毛の毛布をかけたがその日の夜は少し寒かった。
◆◆
治った。完全に治った。気だるさも倦怠感も額の熱さもきれいさっぱりない。
これが千秋の看病の力なんやなって……
俺はベッドから体を起こし着替える。今日も仕事だからな。今日だけ行けば年末年始の休日がある。最後の一日しっかりと頑張って行こう。
下に降りて早速朝ごはんを作らないといけない。
本日の食材は卵とウインナー、これをメインで朝ごはんを作って行く!
弁当はおにぎりとかで良いだろうさ。パパっと作ろう。パパだけに……これ、何処かで使ったら娘たちの爆笑が取れるのでは?
大事なのは使いどころ。これ、絶対使おう。
味噌汁なんて、買い置きの味噌にほうれん草と玉ねぎ入れてそれっぽくして完成だな。後は卵焼きとちょこっとオシャレなたこさんウインナー。
よし、出来た。早い所コタツ上に並べて俺は仕事があるから先に食べてしまおう。寝癖直し、顔洗い、歯磨きなどをして再びリビングに戻ると寝癖でアホ毛になっている千春が心配そうな顔で待って居た。
「お兄さん……大丈夫なの?」
「おかげ様で、心配してくれてありがとうな」
「ああ、うん……」
「魁人さん、大丈夫っスか!? 朝から無理してないっすか!?」
いつの間にか千冬も起きていたようだ。後ろに居たので少しビックリである。
「心配してくれてありがとう。皆の気遣いのおかげで元気なった」
「そうっスか……元気なら良かったっス」
「いや、本当に昨日はすまん。コタツの電気ちゃんと消してて偉いな」
「それは、はい……」
「何か元気ないけど大丈夫か? 千春も千冬も」
「その、普段お世話になってるのに、いつも何もできなくて、昨日何も出来なかったから……それが申し訳ないッス……」
「うちも同じく」
そんなに重く考えなくても良いと割り切って良いぞとそれをそのまま伝えるのもありかもしれない。だが、そこにあるのは俺の感情だけ。
言葉を選んだ方が良いんだろう。
「あー、その、心配してくれるだけで俺は嬉しいんだぞ?」
「でも、秋姉は看病をしたのに千冬は何の役にも立っていないっス……」
「……今、この瞬間まで俺が元気になった時まで心配してくれて、気遣ってくれただけでそれは凄い感謝するべき事なんだ……それが何の役に立ったのかと言いたそうな顔だがそういう思いやりが俺の活力となるんだ」
「「活力?」」
「そうだ、二人の思いは無駄じゃない。何の役にも立ってないことはない。俺の仕事でのモチベとか単純な元気に大いに尽力をしているんだ。二人からしたら大したことじゃなくても俺からしたら大した事なんだ」
そういう話を前に一緒にしたよなと千春に視線を送る。相手に教えたことでも自分では気付かない、忘れたり見失ったりすることなんてよくあるだろうさ。それを互いに教えあえるってなんか良いな。
「っ……」
千春は軽く頷いた。あとは千冬にもう一押しだろうか。何か納得のある父として大々的で記憶に残るようなことを言いたい。
「千冬、心配してくれてありがとう。俺は本当に嬉しい。だから、そんなに自分を卑下するな。千冬は自分を過小評価するのが悪い癖だぞ」
「そうっスかね……」
「そうだ。謙遜も行き過ぎると嫌味になるから気を付けるように。まぁ、その、一番言いたいのは気付かないうちに千冬は俺を支えているって事だな。うん」
あ、やばい、恥ずかしさがこみあげてきた。こういうのって言うのも恥ずかしいけど、間違ってたらどうしようと言う恐怖もあるんだよな。ようは子供にデマ情報を流しているのと同じだもんな。
ただ、まぁ、千冬が俺を支えているというのは嘘じゃない。いってらっしゃいと彼女は冬休みに入ってからでも毎日言ってくれる。
「いってらっしゃいとかお帰りとか、気持ちが暖かくなるんだ。だから、いつもお世話になってるのはお互い様だ」
「……そうなんスか? 千冬のそれが役に立ってたんスか?」
「勿論だ。この眼を見てくれ」
ジーっと視線が交差する事三秒。互いに気まずくなりそっと視線を逸らした。
「あー、はい、つまりそう言う事なんだ。だから、昨日以上にいつも支えてもらってるから気に病まないでくれって事だ。分かったか?」
「はい」
「はいっス……」
「よし、じゃあ、俺は仕事に行くからな」
そう言って鞄を持って玄関に直行だ。
「か、魁人さん」
直行した俺を千冬が追いかけてきた。パジャマ姿の茶髪碧眼の可愛い千冬。しっかりした一面しか見せない普段の彼女とは違い寝癖でアホ毛が一本立っている。そのことが若干恥ずかしいのか、僅かに赤面したまま天使のような微笑みで口を開いた。
「行ってらっしゃい」
……普通に元気が湧くんだけど。尊いな、これが娘の力か……
「行ってきます。二人とも頼んだ。知らない人が来たら絶対にドア開けちゃダメだぞ」
「は、はいっス」
「うん」
鍵を開けてドアを開けると日差しが差し込む。
「お兄さん行ってらっしゃい」
「おう」
普通に元気が湧くんだけどパート2だな。しかも効力二倍。
太陽が眩しいぜ。まるで俺のパパとしての成長を祝福してくれているようだ。パパレベルが2ぐらいは上がったかな?
よし、最後の仕事を頑張るぜ。俺は車に乗って出社した。
◆◆
「魁人さん……」
「千冬、うち達役に立ってたみたいだね」
「うん……嬉しいっス……」
千冬はお兄さんとのやり取りの余韻に浸っているようだった。そして、両手を胸の前で合わせてまた微笑む。
うん、純度100パーセントの尊さ。
「そろそろ、夏姉と秋姉を起こさないとっスね」
「そうだね」
うちと千冬の頭の上にはアホ毛が一本立っている。あ、もしかして久しぶりの姉妹全員寝癖アホ毛ビンゴが本日出るかもしれない。
これは早い所二人の頭を確認しないと。
うちと千冬はそれぞれ微笑みながら二階に上がって行った。
うちは寝癖が楽しみだが千冬が微笑んでいるのもそれが理由なのかなぁ? ……そうだよね?
僅かに変な考えをしたが思考を取っ払って二人が寝ている部屋に突入した。




