1話 思い、だした
「おい、日辻先輩、奥さんと一緒に出掛けて交通事故で死んだらしいぜ」
その知らせは『突然』だった。埼玉の所沢市役所で事務作業をしていた俺はその知らせを聞いて驚かずにはいられなかった。
「マジかよ……」
日辻先輩とは俺の新人教育をしてくれた人だった。お世話になったか?と言えばお世話になったのだが……かなり奇抜と言うか、何と言うか。忙しくなると不機嫌になって俺達新人にあたったり、飲みの誘いを断るとごちゃごちゃ言われるし。行ったら行ったでいきなり歌を歌えとか、一発ギャグをやれとか無茶ぶりが凄かった。
特に女性職員が居る時はマウントを取りたいからなのか、無茶ぶりが酷かった。そんな先輩だから俺を含めた新人はあまり関わらない様にしてたのだが……いつの間にか死んでしまうとはな。
嫌いな人でも死んでしまうと何処か哀愁が漂ってしまう。
「マジ」
「そうか……」
「まぁ、こんなこと言うのはあれだけどさ……」
俺と同期の佐々木小次郎が何かを言いかける。彼も日辻先輩には無茶ぶりを要求された人でよく愚痴を言っていた。
「それ以上はあまり言わない方が良いぞ。いくら何でも不謹慎だからな」
「……そうだな」
「それより、仕事戻った方が良いぞ。資料纏められてないんだろ?」
「おっと、そうだ」
隣の彼は仕事に戻った。日辻藤間……死亡か……こんな話何処かで聞いたことが……あるような気がする。何処だ? ニュース? 夢? 新聞? 夕刊? ポスター? 張り紙? インターネット?
何処だ。考えても頭の記憶にもやがかかったようにそれ以上分からなかった。この感じ、日辻藤間先輩に初めてあった時も感じたんだ。何処かで会った事があるような、知っているような既知の感覚。
いくら考えても分からず、俺は思考を止めて仕事に集中した。
そして、正式に日辻藤間先輩の訃報と葬儀のお知らせが届き、役所に勤めている一同で出席することになった。
◆◆
夕暮れ時、仕事終わりの午後六時。そこそこの人が集まる葬儀場に俺達は来ていた。黒のスーツ、ネクタイ、シャツ、ベルトは光沢のない地味な物を着こんで葬儀場を進んでいく。
受付をして、葬儀場の館内を眺める。
「俺達は左側だよな?」
「そう、だな……」
「どした?」
「いや……前にもこんな感じの何処かで」
「大丈夫か? 疲れてるんじゃ……」
佐々木にそう言われ、確かに疲れが溜まっているのではないかと思った。最近、頭の中にずっとある『日辻』と言う苗字。それを何故かずっと考えてしまうからだ。目頭を指で押してこれから葬儀だと言うのにこんなことではいけないと思い、気持ちを切り替える。
眼を再び開けて、祭壇の左側に座ろうとすると……前の方に日辻先輩の写真。そして、その写真の前に子供が四人いるのが見える。背丈が全く同じで髪の色と髪型が違う。後姿しか見えないがやはり何処かでと思ってしまう。読経や焼香、それらをこなして僧侶が退場。遺族挨拶などを終えて帰宅する途中である声が聞こえて来る。
「誰が、あの姉妹たちを引き取るの?」
「私の家は無理よ……」
「水を凍らせたって聞いたぞ」
夕暮れに照らされながら日辻先輩の親族の会話が何処か聞き覚えがある気がした。最近、こう言うこと多過ぎないか?
と思いながらも足を止めてその話を聞いてしまった。
「おい、俺達は帰るぞ」
「ああ、そうだよな」
「おーい」
佐々木は肩を叩く。だが、俺の足は不思議と動かなかった。止まったままだ、親族たちの話を聞いてしまった。
「四つ子なんて……しかも、化け物」
「おい、それは」
年老いた婆さんが何か言おうとしたのを爺さんが止める。あの人達は日辻先輩の両親だろうか? ……いや、きっと両親だ。話を聞く限り、あの祭壇で見た四人は四姉妹なのだろう。それと化け物って……それは四人のことを指しているのだろう。
不思議と全てが分かる。そして、老人達が話している途中で……《《四人の少女》》が老婆達の側に寄る。
その内の一人が聞いた。肩にかかるくらいのピンク髪のショートヘアー。海のように澄んでいる碧眼は鋭い。背丈は小さく小学生くらいであることが容易に想像出来る。
「この後、どうすれば良いんですか?」
「……もう、今日は休んで良いから。四人共、ホテルに戻って」
「……はい。じゃあ、皆行くよ」
化け物を見るような恐れや差別を含んだ瞳。それらを向けられた四人は特に何も言わずに去って行く。
「やっぱり、私達は引き取れない」
「いつ、凍らせられるか」
「私達も無理だ」
母方の祖母も祖父も、父方の祖母も祖父も四人を拒絶する。あの四人は日辻先輩の子供……達で……近しい親族達も誰もが四人を拒絶する。こいつらの話し声は絶対あの四姉妹に聞こえてるはず。
いや、わざと言ってるんじゃ……どちらにしろ聞こえてる。
「おい、いつまでここに」
この光景見たことあるぞ。こちらのヘイトを物凄く湧きたたせるこの……《《イベント》》。
『これ、面白いからやってみろよ』
『百合ゲー……かよ』
『いや、絶対面白い。このゲーム』
『何て名前?』
『《《響け恋心》》』
その時、頭の中で爆弾が爆発したかのような大きな衝撃が襲った。記憶が次々に溢れてくる。自分の知らない、いや、忘れていた記憶が。
「おい、大丈夫か?」
佐々木が言う前に俺は親族たちの元にかなりの早歩きで向かった。親族達は俺に気付いて何だ?何だ?と息を呑む。
俺はその人達のすぐ側に寄ると大声で言った。
「俺がっ、あの四姉妹引き取っちゃダメですかッ!?」
その声はきっと葬儀場から去って行く四姉妹にも聞こえていただろう。そして、この会場に居る全ての人達にも聞こえていただろう。
「は、はい?」
老婆がハテナマークを頭に浮かべて急にどうしたんだと言う疑問の声を向ける。
「あの、俺は日辻先輩にお世話になった者です!! それで、話は変わりますが皆さんあのご息女の引き取り先で揉めているようなので、俺があの四人を引き取りたいんです!」
「きゅ、急に」
「急ですいません。でも、皆さん渋ってるから。だったら俺が……」
「バカ、お前何言ってるんだ!」
佐々木が急いで俺の側に寄って来て手を掴む。無理やりにでも帰らせようとしているのかも知れない。だが、俺の手を引いても俺は一切動かない。
「俺なら、あの子達を引き取れます。家も大きいです。貯金もまぁまぁ、あります!」
「……そうは言ってもねぇ?」
「どこの馬の骨ともわからん相手に……」
四人を拒絶しておいて何故か、引き取りは渋る。まぁ、確かに俺なんて全く関係のない部外者だけれども。だが、このままこいつ等に引き取らせるのだけはごめんだ。こいつらは孫のはずの四人を煙たがって、愛情の一つも与えないクソ野郎ども。育児を放棄するクズどもだからだ。
「……お願いします。先輩の遺志を俺に引き継がせ下さい」
俺は頭を下げた。本当は下げたくもないが下げた。俺が下げている頭の上で小さい声でこそこそと話す奴らの声が聞こえる。
「……でも、い良いんじゃない? 私達が化け物を引き取るより」
「そうだな」
「変に子育ての時間が増えてもゲートボールとか水泳の時間が減るだけ」
「だったら、この人に押し付ければ良いんじゃない? 変に責任感のある感じだし」
全部、聞こえてるぞ。クソ野郎どもが……耳は滅茶苦茶良いんだよ。馬鹿が。
「コホン、ちゃんと育てられるのであればあの子達の意見を聞いて考えることにしましょう」
「ありがとうございます! いや、俺先輩にお世話になったからつい、変な責任感が出ちゃって……ハハハ」
「おい、良いのかよっ?」
「良いんだよ。俺がこれをしたいんだ」
「お前、全然お世話になってねぇだろ。寧ろ」
「シャラップ、黙れ。良い流れが来てんだ」
老人どもは恐らく話を俺の後ろで聞いていたであろう四姉妹達を呼んだ。ホテルに行くはずだったが話が聞こえて足を止めていたんだろう。徐々に子供の足音が近くなって来る気がした。
葬儀場では俺に視線が集中している。
この日が俺と、彼女達四つ子姉妹、百合ゲー世界のヒロイン達との出会いであり、この日から運命が大きく変わり動き出したのだった。
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