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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

夢の寄生か便乗する夢~人類滅亡を夢見てもいいじゃない~

 夢。

 夢かぁ。


 何かあった気がするけどもう思い出せないや。

 それに、夢を追うにはあまりにも年を取りすぎちゃった。


 三十を過ぎても夢を追いかけるなんて愚者もいいところよね。

 ……なんて、ありきたりな正論っぽい思考に支配されてしまった時点で、私の夢はもうどこにも存在しないんだと思う。


 抑揚のない学生時代を過ごして平凡な就職をしてなんとなく、本当になんとなくとしか言いようがないぐらいほどほどに気楽な余生(そう、余生だ。私の人生はもはや緩やかに死へと向かう以外のルートがないという自覚がある!)を私は送っていた。

 

 スターチャイルド・ドリーマー(ハンドルネーム)と出会ったのはそんな無味乾燥の時間が少なくとも十年は過ぎたころだった。


 いや……もう少し正確にいうと、

 

「ムムちゃんとまた生きてこうしてお話しできるなんて思ってませんでしたー!」

「相変わらずヤバい服装してるし化粧濃いわね夢子……ピエロ王女のコスプレかな?」

「頭おかしい恰好してると公共の人たちとしか関わらなくて済むのでー!」

「出たわね夢子の絶対フィールド」

「ムムちゃんこそ精神的な不自由さでがんじがらめな毎日が顔に出る感じ変わってませんねー!」


 それはSNSの創作界隈で偶然見つけた変人、もとい同級生との十数年ぶりの再会に他ならなかった。

 

 

 

 夢。夢かぁ。

 強いて挙げるなら一つだけあった。もっとも、夢子との再会で静電気のようにふと思い出した程度のささやかな願望でしかないのだけれど。

 

 自由になりたい。

 自由になりたかった。

 

 でもどうすればその夢が叶うのかわからなかった。

 

 家族を捨て、友を捨て、故郷を捨てて旅に出た。

 名前も捨てたかったけど、手続きやその後が面倒そうでそのままにしておいた。

 

 結局、ロクな観光スポットもない無名の地方都市に落ち着き、路傍の石ころのような暮らしを送るだけが私にとって精いっぱいの反逆――不自由への――だったのだろう。

 

 どれだけ自由に憧れようとその正体はつかめないし、不自由さの象徴のような漠然とした窮屈感は絶えずついて回っていた。

 

 もはや何かを成そうとする気もここから逃げる気も失せていた私は、夢子との奇跡のような運命のような交友関係の復活を日常に組み込むことにした。


「そっかー。夢子はまだ作り続けてるんだね。スタチャマ」

「三年ぐらい前にタイトルが増えましたけどね。DDDー!」

「スターチャイルド・ドリーマーズDDDね。ちなみに三つのDはなんの略なの?」

「ディストピア、デストロイ、ディストラクションですねー!」

「パッと見ファンシーなタイトルなのに後付けワードにロクなものがないじゃない!」

「やっぱりこう、創作の世界に身を置くものとしては、人類や世界の一つ二つ滅ぼしたいじゃないですか」

「そりゃまあね、人類なんて滅んで当然の愚かな生き物だからいいんだけどさ」


 なんの話をしているのかというと、学生時代から夢子が創り続けていたオリジナルの長編ストーリーについてだ。

 

 SNSでも自作イラストとセットで紹介していた。のだが、夢子は壊滅的、いや冒涜的とすら思える地獄のようなセンスの持ち主なので、ごく一部の同類的な変人ぐらいにしか刺さらない感じの、良く言えば極めて個性的なアマチュア作家だった。

 

「はい! ですから、夢見る星の迷い子たちがディストピアに囚われてたくさんの窮屈な世界や見苦しい生き物の滅亡を看取って旅するような……」

「うんうん。ディストピアはぶっ壊してこそのロマンよねえ」


 適当な相槌を打ちながら、私は何よりも聞きたかった疑問を口にした。

 

「あのさ、夢子の夢って」

「そりゃもう、スタチャマDDD天元無頼編の完結ですよ! 満足するまで終われませんもの! ざっと二十年はかかりそうです、漫画化に動画化と色々ありますからねー! イメージソングとかも創りたいので勉強中ですー!」

「ほとんど人生ね……」

「はい! 私の夢は人生です!」


 それから学生時代の他愛ない世間話などに花を咲かせ、連絡先の交換やらおおまかな今後の予定を話し合ってから別れの挨拶をかわした。

 

「ではでは、流星放浪編がいい感じの熱い展開なのでこの辺でー!」

「うん、またね」


 どうして、という言葉を飲み込んで。

 

 

 

 夢……夢かぁ~。

 もしも私に具体的な夢があったとしても、夢子のように楽しそうに愛しそうに語ることは生涯できなかっただろう。

 

 そういう性格と言ってしまえばそれまでだけど、色んなことから逃げ続けてきた中途半端な私と、自身の半生を夢に捧げてきた夢子とでは、それこそ星と星の距離ぐらい『夢』に対する意識の差があるんだと思う。

 

「思い……出した」


 紛らわしいけれど思い出したのは夢ではない。

 それはとてもささやかな感情だった。


 学生時代、夢子が安物のノートに落書きで描いていたスタチャマ第一部、惑星逃亡編。

 話もイラストも支離滅裂で、それでもなんとか読み解こうと、理解して話し相手になろうとしていたころの私の気持ちを。

 

 どうして忘れてたんだろう。

 どうして夢子は、私に。

 

 その感情を思い出した瞬間、私はいてもたってもいられなくなって端末でネットの世界に飛び込んだ。つい先日、偶然見つけたアカウントから有名な創作投稿サイトに接続して作者のページへひとっとび。

 

「うわ話数多っ! これ本にしたら何十冊あるのよ! スタチャマ好きすぎかあいつ!」


 そりゃ作者様だもんね!

 

 次の約束まで半月はある。

 けれど、全部は無理だった。

 

 一人暮らしの社会人って自由なようで不自由なのよね。

 

 

 

「あのさー! 第二部恒星覇道編でさー! アストロギウス帝国の第三皇子ディオスキュリオはどうして星王器(すごい武器)を同盟のワルジャナプラコー公国に使ったの!?」

「はえ!? あれはその……なんといいますか……皇子の星王器は銀河連邦にも公表されてない特性が……いやそのなんでもないですー!」

「何か意味があったのね!? 伏線ね!? オーケー聞かないでおくわ!」

「助かりますー! 第六部の彗星紀行編をお待ちいただければー!」


 半月後、こんな感じで読み込みまくった第二部までの疑問をとことんぶつけていた。

 それこそ作者がたじろぐぐらいに。どうだ見たか! ブランクがあるとはいえ私は十年来の読者なんだ!

 

「ねえ夢子。私決めたわ」

「はいなんでしょー」

「結婚しましょう!」

「へあ!?!?!?!?」


 しまった順序がおかしかった。

 

「私、思い出したの。あのころ私は自分の世界をひたすらアウトプットしようと頑張ってるあなたの姿が好きだった。思い出した瞬間、私の夢が決まったのよ。ねえ夢子、あなたの一番近くであなたの夢を応援させて」


 それは悪い表現をすれば単なる寄生に他ならなかった。どう言い繕っても便乗がいいところだ。

 自分の夢を他人に任せられるのはどれほど楽な生き方だろう。でもこの気持ちに嘘はなかった。だったらもう、ぶつけてみるしかないじゃない。

 

「ええとその、正気に戻ってください―!」

「私は正気だけど確かに焦りすぎた感はあるわね。いったん預けましょう」

「預けられても困るんですけどー!」

「じゃあ素直な気持ちを聞かせてちょうだい」

「そうですね……ムムちゃんのことは確かに好きですよ。好きなんですけど」


 あ、もう嫌な予感しかしないわ。

 

「興味ないので。ああでも、スタチャマを久々に読んでくれて嬉しかったですよー!」

「ぐっはー! おのれ夢子……私は簡単に諦めないわよ!」

「どんど来いと言いたいところなんですけどやっぱり正気じゃなさそうですー!」


 それから私と夢子とスタチャマの三角関係のような日々が始まった。日々といっても月に一回か二回だけど。

 

「第四部の銀河特急編三十話でさー!」

「あそこの中ボス的な超銀河エクスプリオくんはですね……!」

「そんなわけで結婚しましょう!」

「あんなところに未確認星間飛行物体がー!」


 楽しかった。仮に夢子と結婚するような関係になれなくても、普通の友達同士で一生ワイワイ言い合うのも悪くない気がしていた。それが夢でもいいとさえ思った。

 

 けれど。

 やっぱり。

 あなたが好き。

  

 

 

 夢……夢……夢かぁ~。

 私の夢は夢子の夢。夢子の夢はスタチャマの拡張(なんとなくだけど、夢子は生涯スタチャマの世界を創り続けたそうだから、完結ではなく拡張という表現を用いた)。

 

 どうしてかな。一生楽しく生きられると思うんだけどな。今どき女性も男性も同性で結婚するなんて当たり前のことだし、創作界隈に身を置いている以上、化石みたいな価値観を持ってるわけじゃなさそうなのに。

 

 となると、やはり私の愛が足りないのね。悔しいわ、もはや太陽が銀河中を照らすようにあなたのことを強く想っているというのに。


「ついに天元無頼編が始まったのね夢子! 主人公も私たちと同年代に成長したわ! それゆえに一緒に暮らしましょう!」

「そうですねー、今まで実家でのんびりやってたので、べつにいいですよ」

「あっさり承諾ゥー!?」

「ムムちゃん、あの、一つだけ答えてください」

「よござんす!」

「私とスタチャマ、どっちが好きですか」

「…………!」


 この瞬間、私の脳みそは宇宙が一巡するほど回転した。

 

「どっちも同じぐらい好きー!」

「ずるいですよー! でも……まあ…………いいです! 一緒に生きましょー!」


 それから、少しだけ時間が流れて。

 

 


「ねえ夢子。どうしてあの時、スタチャマを読んでくれって言ってくれなかったの?」

「だってだって、それだとまるで強制してるみたいじゃないですか。私はべつに自分だけで楽しめればそれでいいと思ってました。それにムームーの意識はなんだか、スタチャマよりも私の方を向いている気がしたので」

「そうかもしれないわね……でも、いつの間にか作者と同じぐらいハマってしまったわ」

「はい。私にとってはそれだけで十分です。ただ、私、なんといいますか」

「人間の風習や社会構造が嫌いだったのよね。憎しみすら感じていたのよね」

「ほえーよくわかりましたねー!」

「最初に気づくべきだったわ……私なんか、いつの間にか社会の歯車になってゴミのような人生を送っていたのに、それを受け入れてしまうぐらいに洗脳されていたわ。勘弁してほしいけど、あなたとの夢のためなら不自由だってなんのそのよ」

「そうですね。ムームーがいれば、人類も滅ばなくていいかなって思っちゃいます」

「私はむしろ一つ二つ滅ぼしてみたくなったけど」

「闇堕ちってやつですかー!」

「思うだけよ。そういう、絶対にかなわない、かなえちゃいけない系の夢を抱くのも悪くないじゃない?」

「わかります。めちゃくちゃわかります。これから一緒にじゃんじゃん人類や世界を滅ぼす夢を抱いて生きましょー!」



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