act.7-2 Maiden's Prayer
アリアと同じ金髪の長い髪。アリアより一つ年下の気弱そうな彼女は、今日が社交界デビューの日ということもあってか、緊張感から貼り付けた笑顔で周りの人々と言葉を交わしていた。
「…お揃いね」
兄であるシリルが少しだけ席を外したタイミングを見計らい、人々の輪から外れて疲れたような吐息を洩らしていたジゼルへと、アリアは静かに微笑みかける。
「え?」
突然自分へとかけられた声に、戸惑うように揺れる瞳。
不安の色しか浮かんでいないその双眸に、アリアは申し訳なさそうに謝罪を口にする。
「突然ごめんなさい」
怯えさえ感じさせる瞳がアリアの姿を映し込み、けれど自分へと話しかけてきた相手が自分と同じくらいの年頃の少女だということを認めて少しだけ警戒心が解かれるのがわかる。
「同じ水色のドレスだったから」
偶然にも二人のドレスは、今日の雲一つない快晴を思わせるような空色をしていた。
少しだけジゼルのドレスの方が深味のある色をしていたが、同じ金色の髪と似たようなドレスを身に纏う二人は、遠目から見れば姉妹にも見えるかもしれない。
「今日一緒に参加するはずだったお友達が急に来られなくなっちゃって、知り合いが誰もいないの」
困った素振りで微笑んで、アリアは初対面の少女に話しかけた理由を口にする。
もちろんそんなことは作り話だが、この際嘘だ本当だのと構ってなどいられない。
「よければ少しだけお話させて貰ってもいいかしら?」
一人じゃ心細くて、と寂しげに伺えば、同じように自分の立ち位置に困っていたらしいジゼルは「…はい」と小さな声と仄かな笑顔で頷いてくれていた。
(…可愛い…っ!)
少しだけ恥ずかしそうに俯いたその姿は、思わず守ってあげたくなるような庇護欲を誘うもので、アリアは思わず心の中で黄色い悲鳴を上げてしまう。
そんなしおらしさなど、アリアは大分昔に何処かに置いてきてしまっている。
「私はアリア」
よろしくね、と微笑めば、
「ジゼル、です」
目元を仄かに赤く染めたジゼルが、小さな声と共に少しだけ嬉しそうな笑みを溢す。
それが、とても可愛くて。
絶対に守らなければと再度アリアに誓わせる。
今日が社交界デビューのジゼルはもちろん、バーン家の子女としての顔は知られていない。そしてアリアもまた、上流階級の集まりであるならばまだしも、下流貴族の間では名前こそ浸透していても、やはり顔までは知られていない。
アリアの正体はパーティー半ばで紹介するまで伏せておいて欲しいと、予め主催者側にその意向を伝えてある。公爵令嬢などという身分がバレては、ジゼルに恐縮されてしまう恐れがある。なるべく自然に知り合って友人になりたいと思っているアリアは、名前のみの自己紹介で家名を口にするつもりはなかった。
その為、現時点でジゼルは、恐らくアリアのことは自分に近しい人間だと思ってくれているだろう。
「貴女もいい人を探しに参加しているの?」
友人に、恋人探しに誘われてしまって。と、居もしない友人へと全ての責任を押し付けながら、アリアはジゼルの反応を伺うようにその顔を覗き込む。
ある程度の年になれば婚約者を決められてしまう上級貴族とは違い、これくらいの年になれば出逢いを求めてパーティーに参加する貴族が多いことも事実のため、それはなんら不思議もない。
「いえ…っ」
けれど、そんなアリアの質問に途端顔を赤らめて否定の方向へと首を振り、その後なにかに思い当たったかのようにハッとしたかと思うとすぐに暗い表情になったその反応は、もしかしたらすでに意に添わない婚約話を聞かされているからかもしれない。
「…可愛いわね、このバレッタ」
「!ありがとうございます」
話を逸らすかのようにふと目に入ったジゼルの頭を彩る装飾品に柔らかな微笑みを浮かべれば、ジゼルは再び恥ずかしそうにはにかんだ。
恐らく先ほどのアリアの質問も、一瞬恋人の姿を思い浮かべたに違いない。
(…このバレッタ…?)
どこかで見覚えが…?とアリアはこっそり小首を捻る。
ジゼルの金色の髪を飾る、アンティーク風の蝶々を象ったバレッタ。
ジゼルの儚げな雰囲気にも似たソレは…。
(…形見の品……っ!)
"ゲーム"の中で目にした、ジゼルの恋人だったカーティスが大切そうに保管していたソレ。
15の誕生日にカーティスが贈ったものだ。
「すごく、気に入っているんです…」
だから誉めて貰えて嬉しいと、幸せそうに微笑うその姿に、絶対にこの笑顔を失わせてはならないと思う。
そうしてそれをきっかけにして雑談に花を咲かせてしばらくたった頃。
「アリア様。当家の主が是非ご挨拶をしたいと」
ひっそりと現れた今回のパーティー主催者の従者から呼び出しを受け、アリアはジゼルに気づかれないようこっそりと了承の意を返す。
「わかりました」
大々的に紹介されることは本意ではないが、背に腹は代えられないと、アリアは注目を浴びてしまうことへの覚悟を決める。
「ごめんなさい。ちょっと席を外すわね」
また後でお話してくれる?とジゼルへと柔らかく微笑めば、「もちろんです」と可愛らしい笑顔が返ってきて、アリアはその姿に益々笑みを深くすると名残惜しげにその場を後にする。
「どちらに伺えば?」
教えて頂ければ一人で参りますが?と、催し物の進行でいろいろと忙しそうな様子を見せる従者へとそう伺えば、「助かります」との返事が返ってきて、アリアは一人で歩き出す。
屋外で開かれているパーティー会場から一歩離れてしまえば人目もなく、アリアは少しだけ気の抜けた吐息を洩らす。
こういった社交界のパーティーは、どれだけ数をこなそうともあまり得意にはなれなかった。
と。
「…ジゼル・バーン令嬢ですか?」
「え?」
あまり品がいいとは思えない男性に声をかけられ、アリアは瞳を瞬かせる。
「いえ…」
人違いです、と口を開こうとして。
「我が主がお呼びだ」
「……っ!」
そのまま布のようなもので口を塞がれて、くらりと視界が傾いた。
(…この、匂い……)
見知ったものではないが、明らかになんらかの薬の類だと思われる強烈な匂いに、意識が遠くなっていく。
(…"主"って……)
ジゼルの名を口にしていた。
それはつまり。
少なくとも、その"主"は今アリアが会いに向かっていたこの催し物の主催者のことではないだろうということだけはわかって、アリアは完全に闇へと落ちていた。