星の囁きに導かれ
ーー『オレのものだ』
ここは、アリアの私室。
耳の奥に残って離れないその低い囁きを思い出し、アリアは顔を羞恥に染めると全身を震わせていた。
"声優"の登用にも力を入れていた"ゲームの登場人物"たちの声はそれはもう魅力溢れるもので、そのままの色気を醸し出す声色で低く囁かれてしまえば、とても逆らえる気がしない。
"ゲームの画面越し"でさえ、淫猥な台詞の数々にきゃあきゃあ身悶えていたのだ。それを直接耳元で囁かれるようなことがあれば、それだけで腰が砕けてしまう。
"お仕置き"と称して強引に甘い痺れを引き出され、シオンに晒した羞態の数々を思い出すと羞恥でおかしくなりそうだった。
シオンのことは、これ以上なく好きだと思う。
なんと言ってもシオンは"ゲームのメインヒーロー"で、アリアの"一推しキャラ"だった。好きでないはずがない。
"ゲーム"の中で繰り広げられるシオンの卑猥な囁きも淫靡な仕草も、"画面越し"であればそれはもう喜んで見ていたけれど、それが向けられる対象はあくまで"主人公"だった。
"BLゲーム"ということで、シオンと"主人公"のあれこれを悶絶しながら見ていたとしても、それは完全に"第三者視点"。"乙女ゲーム"のように、"主人公"に自分を投影して楽しんだりしていたわけではない。
だから、困る。
ものすごく、困ってしまう。
"主人公"へと向けられるはずのソレが、よもや自分に向けられる日が来ようとは、全くもって考えてなどいなかった。
ものすごく好きで、その仕草にはいちいち見惚れてしまう。
けれど。
それが、恋愛感情かと言われれば。
やっぱり、なにかが違う、と思うのだ。
"ゲーム"の記憶を思い出した頃は、そちらの記憶に引きずられがちだった思いや感情も、段々と"少女のアリア"へと溶け込んで、今はもう、すっかり年相当の"16歳のアリア"でしかない。
昔のようにシオンのことを"遥か年下の少年"などと思うこともなく、今は極々普通に"同級生"として捉えている。
"日本人"だった頃の記憶はほとんどなく、顔も名前も思い出せはしない。覚えているのは"ゲーム"の記憶と、"あちらの世界の常識"だけ。
今はもう本当に、"ちょっとおかしな記憶があるだけ"の普通の公爵令嬢だ。
とはいっても。
やはりアリアにとってシオンの立ち位置は、"大好きなアイドル"感覚で、自分自身と恋愛をするという現実味が全くない。
時々"ファンサービス"で応えて貰ってミーハー心が奪われるような感覚だ。
それが、本気で迫られるなど。
「愛してる」「オレのものだ」を免罪符に、嫌がる"主人公"の身体を何度も無理矢理開いていたシオンを思い出す。
想いが通じ合った後でさえ、"主人公"から「強姦魔」と叫ばれていたシオンだ。
あの強引さと独占欲が自分に向けられるとなれば。
"画面越しのゲーム"のように、とても喜んで身悶えてなどいられない。
怖い、と。そう思う。
いつかシオンに捕らえられ、逃げられなくなってしまいそうな。
ふるりと震えた自分自身を抱き締めるように腕を回し、アリアはそれから思いを振り切るように首を振る。
考えなければならないことが山ほどあって、今は自分自身のことに頭を悩ませている場合じゃない。
ーーそう。思いは、今日突然甦った、"ゲームの続編"へと。
「禁断のプリンス2 ~behind the mask(仮面の裏側)~」。
言うまでもなく、ユーリが"主人公"だった「禁断のプリンス」の続編だ。
大まかな内容で言えば、「怪盗VS探偵」で、探偵の幼馴染みである主人公が、その間に立たされて翻弄されるストーリー。
コードネーム「ZERO」の怪盗の目的は、とある秘宝を集めること。
それが。
ーー五大公爵家に各々保管されているという家宝。
水・火・風・土・空、の、全ての秘宝を集めた時、一体なにが起きるのか…、という物語だ。
「1」と違い、主に中流貴族以下のメインキャラクターで構成される戦闘シーンは、魔法などではなくアクションがメインで、無双型ゲームとなっている。
敵も闇に生きる者ではなく、極悪非道な一般人を成敗するというものだ。
五大公爵家から家宝を盗み出す為に、各々の家の中へと手引きしてくれる味方を作りながら進んでいくこの"ゲーム"。
"対象者"となる彼らは、全員トラウマを抱えている。"主人公"がそれを癒やし、救い出すことで愛が育まれていくという王道モノ。
トラウマを抱えているのはZEROも同じで、彼は五つの秘宝を集める目的と同時に両親を殺した犯人を探しているのだが…。
ーーその犯人こそ、あの猫だ。
(どうしよう…!?これって言った方がいいの!?隠した方が!?)
思い出したばかりの記憶に、アリアはどうするべきかと混乱する。
幼い頃からずっと"相棒"としてやってきた魔物の猫が、自分の探し求めていた殺したいほど憎んでいる犯人だという真実。
"ゲーム"のラストでそれを知ったZEROは、もちろん愕然と言葉を失っていた。
二人の関係が浅いというならばまだしも、二人の出逢いはZEROがまだ幼い頃のことだ。
今アリアがそれを口にしたところで、初対面にも等しいアリアの話など信じて貰えるとも思えない。
だからといって、放っておくこともできなくて。
(どうしたら…!?)
出るはずもない答えを前に、アリアはぐるぐると思考を彷徨わせる。
(もう、考えることが多すぎて…っ!)
考えることと言えば、五大公爵家に代々隠されて保管されているという秘宝についてもそうだ。
仮にもアクア家の正統な子供であるアリアは、そんな話を聞いたことがない。
もちろん代々当主だけに伝えられている秘密だとすれば、アリアがそれを知る権限はないのだけれど。
(…シオンやセオドア…、ルイス様は知っているのかしら…?)
各々将来の当主となる身である彼らなら、アリアと違ってその存在をすでに知っていたりするのだろうか。
それでも、アリアには。
いくらそれがゲームの強制力だとはいえ。
ーーZEROが、この世界の五大公爵家から秘宝を奪えるなど、到底思えなかった。
これが、製作者が「if」としていた理由の一つだ。
五大公爵家はとても偉大な存在で、立ち塞がる壁としては強大すぎる。
いくら内部へ手引きする者がいて、ZEROが高度な闇魔法を操れるとしても、到底各々の家から秘宝を盗み出せるとは思えない。
"ゲーム"では、ZEROが各々公爵家からお宝を盗み出す際に、ファンサービスの一つなのか、「1」の対象者たちが顔を見せていた。
だが、「1」のファンからしてみれば、それは嬉しい一方で、まんまとZEROにしてやられる「1」の対象者たちの姿には複雑な思いを抱くのも当然で。だからこそ、「本来はこんな風に失態を起こしたりはしないけれど、あくまで"if"ということで許してね」という製作者側のメッセージなのだと思われる。
つまりは、そんな矛盾が孕んだこの"現実"。
ZEROが秘宝全てを集めること自体は推奨したいと思うアリアからしてみれば、その矛盾を打破する方法は確かに存在するとも思う。
(…だから私に思い出させたのかしら…?)
もしも"神"というようなものが存在するとしたのなら、今更アリアにこの記憶を与えたのはこれが理由なのかと納得もしてしまう。
絶対に盗み出せるはずのない五大公爵家から秘宝を奪う唯一の方法。
それは。
ーー他でもない、アリアを味方につけること。
公爵家そのものを味方にしてしまえば、盗み出すどころか普通に話し合いで手に入れることすら可能かもしれない。
とはいえ、さすがにアリアもそこまで掟破りのような真似をするつもりはないのだけれど。
(とにかく、記憶を整理しなくちゃ…!)
なにをするにも、まずはそれが先決だ。
アリアは前回と同じようにペンを手に執り、忘れる前にとゲーム内容を書き出していた。