OPEN 2 ~Ladies and Gentleman...~
(なんで…!?)
風を操り、王都の路地裏をふわりふわりと駆けながら、アリアはまだ纏まらない思考の中で動揺する。
ユーリを"主人公"とする"ゲーム"のストーリーは、すでに終わっている。
確かに、"1"が解禁になった時点から"続編"の存在は噂され、実際にそれは発売された。
舞台も、確かに同じ世界の同じ王都。
それでも。
(あれはあくまで「if」の世界だったはずなのに…!)
"1"のファンへのサービスなのか、シオンを始めとする"前作"の"攻略対象者"たちの姿もちらりと影を見せる"続編ゲーム"。
けれどそれは、確かに「もしも」の世界であって、あくまで別物語として展開しているはずだった。
パラレル世界でなければ納得いかない点がいくつか存在する為、"制作スタッフ"も「あくまで"if"」だと銘打っていたに違いない。
けれど今。
確かにアリアの目に飛び込んできた一場面とその記憶は。
(どこ…!?)
辺りの気配を伺いながら、アリアは見失ったその姿を求めて視線を彷徨わせる。
"2"の"主人公"と彼との出逢いのシーン。
それは、美しい月と神殿を背景にした、誰もいない拓けた場所だった。
なぜそんなところで二人が出逢ったのかなど、"ゲーム"内では語られていない。ただ、「綺麗だから」というよくある"ゲーム"のご都合主義ではないだろうかと思う。
(そうよ、神殿……!)
突如として頭の中へと甦った記憶は整理が追い付かず、それを思い出したアリアは、慌てて周りの景色へと視界を廻らせる。
(あそこ…っ!)
「神殿」と言っても、もう一つの記憶があるアリアにしてみれば、"ガウディのグエル公園"をモデルにしたのではないかと思われるような建物と階段だ。
目に入った建物と、その後ろで光る満月の組み合わせはあまりにも美しく、思わず魅入ってしまいたくなるほど。
その階段の上段と下段で惹かれ合うかのように二人は出逢い、月を背に優雅な足取りで近づいてきた彼に、"主人公"は囚われるのだ。
(いた…っ!)
そして、アリアがその現場に到着したまさにその瞬間。
「…美しい人」
彼が"主人公"の手を取って、その甲へと口づけを落としているところだった。
「怪盗」を思わせる、闇夜に溶ける全身真っ黒な服とマント。キザでナルシストの彼は、優雅な仕草で顔を上げるとクスリと意味深な笑みを刻む。
「…アンタのその目は飾り物か?」
一方、今回の"主人公"は、ぴくりと眉を潜ませると不快そうに言い放つ。
女装をすればユーリと張る「美少女」だが、「可愛い系」のユーリと違い、こちらは「清楚・綺麗系」だ。
金髪のさらさらの猫っ毛。口数少なくいつも冷静。礼儀正しくはあるが、口はあまりよくはない。性格的にはユーリとまるで正反対に位置するのが"2"の"主人公"だ。
「俺は男だ」
こちらもユーリと同じく自分の美少女顔にコンプレックスがあるらしく、そう反論する瞳と声色はとても冷たい。
「美しい君とのこの出逢いは素敵な思い出にしたいところだけれども」
残念だ、と、不敵な笑みを浮かべる男に、少年は不審そうに眉を寄せる。
そして、彼の影に隠れていた一匹の猫がその足元から姿を見せ、「にぁ~っ」と一声鳴いた瞬間。
少年の身体が崩れ落ち、それを彼の腕が抱き留める。
(きゃぁぁぁぁ!?)
月夜の下、意識を失った美少年をその腕にする彼の姿はあまりにも妖しく美しく。
アリアは物影からその一部始終を見届けて歓喜の悲鳴を上げてしまう。
"ゲーム"の"萌えシーン"を生で目にすることができるなど、これ以上の至福はない。
彼は眠りにつかせた少年の体を階段の端の方へと横たえて、足元に付いて回る飼い猫となにか一言二言言葉を交わす。
意識のない少年をこんな人気のない暗闇に放置するのはどうかとも思えるが、この後すぐに"もう一人のヒーロー"がこの場に駆け付けてくるのを知っているアリアは、息を潜めたまま成り行きを見守ることにする。
そうして、アリアの知る通り、少年を探す"誰か"の気配が遠くから近づいてくるのを感じて。
ーーにぁぁ~っ!
彼の足元にいた猫が。
明らかにアリアの隠れる方向へと鳴き声を向けたのがわかって、アリアは咄嗟に身構える。
(しまった……っ!)
逃げ出そうと、風魔法を展開しかけたその瞬間。
「おやおや」
わざとらしく驚いてみせる声が耳元近くで聞こえ、アリアは瞬時に振り返る。
「あ……」
「可愛らしいお嬢さん?覗き見は感心しませんよ?」
肩を引き寄せられ、耳元でひっそりと囁かれる。
けれどその時、ちょうど"もう一人のヒーロー"が"主人公"を探しに姿を現して、彼はマントを翻すとそのままアリアを隠すようにして腰を取って闇夜へ身を踊らせる。
なんらかの魔法を使っているのか、軽い動作でアリアを黒いマントへと隠したまま裏路地を駆け抜ける。
そうして全く人気のない路地裏まで辿り着くと、アリアを壁際へと押し付けるような形で足を止めていた。
「貴女は見てはいけないものを見てしまった」
アリアの右手首を背後の壁へと縫い留めて、もう片方の手がさらりと長い髪を掬う。
「こんな時間に出歩くなんて、いけない子だ」
指先へと金色の髪を絡め、その先へと口づけて。
窘めるように告げられるひっそりとした声色に、アリアは内心狂喜の悲鳴を上げてしまう。
(きゃぁぁぁ!?)
元々"彼女"がこの"ゲーム"をしようと思ったのは、目の前のこの彼の"キャラデザイン"に一目惚れしたからだ。
その彼に、こんな至近距離で迫られるなど、とても平静ではいられない。
(いやぁぁぁ…!どうしよう!?)
思わず"ゲーム"の内容など全て忘れ、ただの一ファンへと成り下がってしまう。
「悪い子にはお仕置きが必要かな?」
壁へと押し付けられ、耳元で囁かれるその声も"ゲーム"のままで、そのあまりの色香にくらくらとしてしまう。
「…ZERO…」
そして、思わずその名をー、「怪盗」としての"コードネーム"を口にしてしまって。
(しまっ…)
「…どうしてその名を?」
ふいに真顔に戻ったその問いかけに、アリアははっと口をつぐんでいた。
「…お嬢さん。貴女はなにを知っているのかな?」
顎を取られ、真正面から顔を覗き込まれてアリアは動揺に瞳を揺らめかせる。
自分の失言を後悔しても、すでに遅い。
にゃ~っ、と。
足元に猫が絡み付く。
青いリボンで首元にくくりつけられた闇色の宝石が妖しく光る。
なにを言っているのかはわからない。
けれど、アリアは知っている。
恐らく、ZEROに語りかけた内容は。
「…記憶を消しても無駄だと思うけれど」
途端、驚いたように闇夜に光るその目が見開かれ、「にゃ~っ!」と一際高い鳴き声が上がる。
(…これは、「声が聞こえるのか!?」かしら…?)
「聞こえないわ。ただ、知ってるだけ」
ZEROの相棒であるこの猫がただの猫ではなく、記憶操作のできる上級の"魔物"であるということを。
「…ねぇ、この猫、本当に信用できるの?」
警戒するように足元の猫へと意識を向けながら、アリアはZEROへと問いかける。
アリアが今夜のこの出逢いの記憶を奪われたとしても、それはあまり意味のないことだろうと思う。
なぜならアリアは知っているから。
もし本当に二人の記憶を無くしたいのなら、根本にある"ゲーム"の記憶そのものを消さなければ。
「…私は、貴方の"目的"を知ってるわ」
その言葉に、ZEROの瞳が明らかに驚いたように見開かれる。
ここで、どこまでのことを彼に話すべきなのか、まだ記憶の整理のつかない頭ではそこまでは考えられなくて。
けれど、一つだけ確かなことは。
にゃあ、とこちらも警戒心を露わにする猫へと、アリアは探るような目を向ける。
ーーこの猫とは、一刻も早く決別した方がいい。
アリアの耳には、ただの鳴き声しか聞こえない。
だが、ZEROの耳には、きちんとこの猫の意志が聞こえているだろう。
ZEROと、そしてその仲間たちと、秘密の会話を交わすことのできる猫。
その正体は。
ーーこの"ゲーム"の"ラスボス"なのだから。
「…お嬢さん」
指先を掬い上げ、アリアの目の前まで持ち上げたZEROは、そのままアリアの指先へと口を付ける。
「貴女はなにをご存知で?」
そのまま意味深な瞳で上目使いで見つめられ、アリアは思わずドキリと胸が高鳴るのを止められない。
その瞬間、空へと大きな花火が輝いた。
「貴女は、どこのご令嬢ですか?」
そうして今度は上から覆い被さるように迫られて、アリアは思い出したばかりの膨大な記憶を探りながら、なにが最善なのか思考を廻らせる。
けれど。
「そこまでだ」
闇夜に、ふいに響いた聞き慣れた低音に、アリアはその声が聞こえた方へと振り返る。
刹那。
闇に広がった靄の中へとZEROと猫の姿が掻き消えて、アリアははっと目を見張っていた。
(…そうだ…っ!)
「闇魔法…」
ZEROは、幼い頃に拾ったあの猫と"契約"をしているのだ。
「闇…、だと?」
そして、そんなアリアの呟きにぴくりと眉根を動かしたシオンは、けれど次の瞬間には先ほどのZEROと同じようにアリアを壁際まで追い詰めていた。
「お前はまたなにをしている」
アリアの顔の両際へと腕をつき、憤りを滲ませた声色で探るように瞳の中まで覗き込まれる。
「なに、って…」
突然降りてきた"過去の記憶"に、深いことまで考えていなかった。
本当に、気づいた時には体が動いてしまっていたのだ。
なにをしようとしていたか、なんて、アリア自身にもよくわからない。
そんな風に困惑の表情を浮かべて口ごもるアリアを見下ろして、シオンは見せつけるようにアリアの片手を取って目の前まで掲げると、淫猥な動きでアリアの指先を絡め取る。
「ぁ……っ」
(いつから…っ)
アリアと彼の遣り取りを見ていたのか。
手に取った指先を目の前で甘噛みされ、ぞくりという甘い痺れに背筋が襲われる。
「…ん……っ」
指先を一本ずつ、嫌にゆっくりと口に含まれて、それだけで身体が震える。
他の男の痕跡を塗り替えようとするかのようなそれは、シオンの独占欲の現れだ。
「お前には、お仕置きが必要だな」
驚くほど敏感に反応するアリアに満足そうな笑みを溢し、シオンはくっ、と口許を引き上げると低い囁きを洩らす。
「な…っ?」
手の甲を、さらにキツく吸い上げるようにシオンの唇が触れてきて、アリアは己の意思とは無関係に反応を示す自身の身体に顔を真っ赤に染め上げていた。
「…ぁ……っ」
勝手に喉から零れる声に、羞恥でおかしくなりそうになる。
「この身体に教え込まないと覚えないか?」
「…ゃ……っ」
脇腹辺りを意味深に撫で上げられて、びくりと肩が震える。
「シ、シオン…ッ!」
甘い痺れに侵されかけている指先で、必死にシオンの体を押し返そうと試みて。
「…その辺にしとけよ」
呆れたような声が届いて、アリアは路地の影から現れた人物へと顔を上げていた。
「…ユーリ」
やれやれ、というような吐息を洩らしながら近づいてくるユーリへと、アリアは自然ほっと肩の力が抜けていくのを感じる。
シオンはシオンでアリアを拘束する力を緩めながら、後からやってきたユーリの方へと振り返る。
「なんだ。お前もされたいのか?」
純真なユーリへとからかうように投げられた意味深な問いかけは、けれど案外に男前なユーリにさらりと流される。
「オレは"したい"方だ」
(え……)
ニヤッと、してやったりという表情でシオンを見上げるユーリのその言葉に、アリアは一瞬聞き間違いかと硬直した後、心の中で絶叫する。
(えぇぇぇー!?いつの間にか「ユーリ×シオン」なのー!?)
またもや妙な妄想に取り憑かれ始めたアリアの姿にシオンは呆れたような吐息を落とし、ユーリもまた大きく肩を落とすと苦笑いを貼り付けていた。