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OPEN 1 ~Ladies and Gentleman...~

今日は、魔法学園の卒業パーティーだった。

このパーティーは、卒園生だけでなく在校生も参加する規模の大きいもので、王国直属の国内随一を誇る学園のパーティーともなれば、その中身は驚くほど豪華なものだった。

「…アリア」

こんなところでなにしてる、とかけられたいつもの低音にアリアは振り返る。その動作で、パーティーということで身に纏っていた赤い簡易ドレスの裾が舞った。

「シオン」

アリアがいたのは学園の二階にある、大広間から続く広いバルコニーだ。

大広間では今もパーティーが続いており、賑やかな雑談が交わされている。

アリアの姿がないことに気づいてすぐに追ってきたのだろう。アリアがここに来てからそう時間はたっていなかった。

「少し疲れちゃったから。月を見ていたの」

いつもならば午後過ぎには終わる学校も、卒業パーティーの今日だけは夜まで続けられている。

この後は花火も打ち上げられる予定で、その花火がパーティーのフィナーレを飾る。

今日一日盛大に行われたパーティーは楽しかったものの、それと同時に人々の喧騒は疲労も呼ぶ。特に一応は超上流階級に位置するアリアなどは気を遣う場面も多く、自由時間となって解放された今、そんな雑踏から少し離れたくなってしまったとしてもそれは仕方のないことだろう。

「月…?」

アリアの言葉に、シオンは空に浮かぶ光を見上げる。

今日はちょうど満月で、大きな丸い輝きが暗闇の中でその存在を主張していた。

「綺麗ね」

光の多い地上からは、満点の星空というほどのものは見えないけれど、それでもキラキラと輝く無数の星の中で、満ちた月が一際綺麗に光っている。

その月に、アリアが誓いを立てたのはもう四年も昔のこと。

その時のことを思い出し、思わず感慨に耽ってしまう。

ーー「懐かしい」。

今更ながら、そんな思いが胸を満たす。

大広間で雑談を続ける生徒たちは、この顔ぶれで過ごす最後の一日を、一分でも一秒でも長くと思いながら間も無く終わりを告げる時間を惜しんでいる為か、バルコニーに出ているアリアたちを気に留める者など誰一人としていない。

室内から喧騒の音は洩れてくるものの、そこからはほとんど切り離された空間で、アリアはすぐ傍に立ったシオンと夜空を見上げていた。

「アリア」

バルコニーの手すりへと手を置いたシオンに静かに名を呼ばれ、アリアは「なぁに?」と顔を上げかけて。

「な、ん…っ」

ふいに塞がれた唇に、その疑問符は飲み込まれる。

軽く触れるだけだった口づけはすぐに離され、けれどさらりと長い髪を掬ったもう片方の手が頬を包み、アリアの顔を上向かせる。

「シオ…、ん…」

角度を変えてもう一度重ね合わせられた唇は、今度はそう簡単には離れない。

「…ん…っ、ぅ……っ」

そのまま潜り込んできたシオンの熱に、奥深くまで探られる。

シオンから想いを告げられてからというもの、こんな風に不意打ちで仕掛けられるキスに、アリアはいつも戸惑うばかりだった。

「シオ、ン……」

大広間の喧騒から少しだけ離れた、月光の降り注ぐバルコニーは、まるでそこだけ別世界のようで。

けれど、少し戻れば多くの生徒たちが会話に花を咲かせている場所かと思えばあまりの羞恥に耳にまで熱が籠る。

だが、腰を抱いてきたシオンに拒否の意思を示してみるものの、それは受け入れられることなく、アリアの華奢な身体を抱き締めるようにして耳の後ろ辺りへとシオンの唇が落とされる。

「だめ…っ」

ぎゅっと目を閉じ、シオンの身体を押し返そうと試みるも、案外に逞しい胸元はぴくりともしない。

少しずつ、少しずつ、キス以上のものを求められている気配があって、どうしたらいいのかわからない。

そのまま唇は首筋を降りながら。もう片方の手が脇腹から上へと撫で上げられて、びくりと身体が震える。

そして、その手が。

「シオ、ン……ッ!」

服の上から、その形を確かめるかのようにアリアの胸へと触れてきて、反射的に肩を震わせながらアリアは強い拒否の声を上げていた。

「ダメ……ッ!」

ぎゅっ、と目を閉ざしながら手を突っぱねて、それからうっすらと目を開ける。


その、シオンの肩越しに。

満月が見下ろす、夜空の中に。


ーー空を舞う、黒い人影があった。


アリアの瞳がみるみると見開かれ、時を止める。


ーーこの光景(・・・・)を、アリアは知っている(・・・・・)


「あ……」

瞬間。

過去(・・)が。

この光景(シーン)の記憶とその先の未来が一気にアリアの中へと流れ込んできて、アリアはその怒涛の放流に頭を背後から殴られたような衝撃を感じた。

一気に降りてきた情報量が処理し切れずに頭がくらくらする。


(これって……!)


優雅に空を駆ける人影をみつめながら、アリアはあまりの驚愕に呆然と固まった。


ーー満月の中、夜空を(かけ)る黒い影。


それは……。


("「禁プリ2」"のオープニング映像……!)


本編とは無関係の、ただのオープニングシーン。

けれどそれは、確かに終わったはずの"ゲーム"の続編だった。


(確かめなくちゃ……っ!)

アリアの様子がおかしいことに気づいたシオンが腕の拘束を緩めたその隙に、アリアは最近覚えたばかりの風魔法を纏ってバルコニーから飛び出していく。

「っ!アリア!?」

アリアの突然の行動に一瞬出遅れたシオンの、制止にも似た驚愕の声が耳に届くが、立ち止まってなどいられない。

ドレスの裾を翻し、アリアは風の力を借りながら、空を舞っていた人影を追いかけていた。

「…あっの、じゃじゃ馬が……っ!」

闇夜に消えていったアリアの後ろ姿をみつめながら、シオンは苛立たし気に「ちっ」と舌打ちを響かせる。

しかも、いつの間に習得したのか、シオンの得意とする風魔法すら操って。

またなにをやらかす気なのだと、怒りさえ沸いてくる。

「…シオンッ」

と。

こんなところにいたのか、と、大広間からユーリが姿を現して、シオンは大きく肩を落とす。

「お前はいつもいいところでやって来るな」

「え?」

なにを言われているのかときょとんと瞳を丸くして、それからユーリは在るべき姿(・・・・・)がないことにコトリと首を傾ける。

「…アリアは?」

てっきり一緒かと、と、至極当然のことのように問われて、シオンは苛立たし気に口を開く。

「さっきまではな」

「え?」

「またなにかに取り憑かれたように駆けていった」

「……え……」

それは、つまり、どういうことか。

聞きたいけれど、聞きたくない。

そして、さらには。

例え聞かなくても、シオンから醸し出されるその空気(オーラ)を察すれば、なにが起きているのかなど明白だった。

「…追いかけなくていいのか?」

この友人の性格を考えるに、すぐにでも連れ戻しに動いても不思議はないというのに、思いの外余裕を感じさせるシオンの態度にユーリは不審そうに眉を寄せる。

「アイツの居場所ならすぐにわかる」

「?」

それでも不機嫌さは隠せずにそう告げるシオンの言葉に、ユーリはますます潜めた顔になる。

「あのペンダントをしているからな」

ペンダント、とは、アリアがここ最近服の下に隠すようにして肌身離さず身に付けている装飾品のことに他ならない。

けれどそれがアリアの居場所とどう関係しているのかと理解不能な様子を見せるユーリへと、シオンは不敵な笑みを浮かばせる。

「あの輝石(いし)の波動は把握してる」

アリアの胸元で輝く蒼い魔石。

魔石は、それに込められた強い魔力ゆえ、独特の波動を生み出しているという。

「それって…」

それは、つまり。

友人の驚きの台詞に、ユーリは唖然と口を開く。

「…アリアはそれ、知ってるのか?」

そんなことができるなど、平凡(・・)なユーリにはわからないが、目の前のこの友人であればそれも可能かもしれないと思わされてしまう。

現に()は、彼女(・・)の姿を見失ったにも関わらず、その口許に称えているのは余裕そのものものだ。

それは、彼女(・・)の…、ペンダントの在処を常時把握しているという現れ。

「さぁな」

言ってはいない、と、ペンダントの持つ魔力の波動についてはなにも語ってはいないとさらりと告げるシオンの暴露に、ユーリは少しだけ口許をひくつかせる。

「…お前、それちょっと病んでないか…?」

今までアリアが仕出かしてきたことの数々を思えば、シオンが必要以上に過保護になってしまう気持ちもわかる。

けれど、さすがにそこまではどうなのかと、シオンの独占欲と執着心の強さを垣間見た気がして、ユーリはひきつった顔をシオンへ向ける。

「アイツは首に鈴でも付けてるくらいがちょうどいい」

淡々と口にするシオンは、全く悪びれる様子はない。

「……まぁ、それは否定しないけど」

ついつい小声でそれを甘受してしまう程度には、今までのアリアの行動は信用が(・・・)なさすぎる(・・・・・)

そして、例えそれ(・・)を知っても、なんとなくアリアはシオンから(・・・・・)贈られたソレ(・・・・・・)を外すことはない気もした。

「…行くぞ」

当然同行するつもりなのだろうと、目だけで促してくるシオンへと、ユーリは深い吐息を洩らす。

「…今度はなにやらかすつもりなんだろ」

もう見えないその後ろ姿をみつめて、ユーリは本当に懲りないなと呆れてしまう。

「帰ったら"お仕置き"だな」

くっ、と口の端を引き上げたシオンの表情は余裕さえ滲み出て、ユーリは乾いた笑みしか浮かばない。

「……ほどほどにしろよ?」

「約束はできない」

きっぱりと言い放つシオンに、「あぁ、怒ってるなぁ」などと思いつつ、本当に先が思いやられると、ユーリは深い深い溜め息を吐き出していた。

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