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舞踏会2 ~ルイス・ベイリー~

 クラシカルな音楽に身を任せ、軽いステップで優雅に舞い踊る。

 お互い向き合って軽い会釈をし、差し出されたシオンの手を取るまでは緊張を隠せずにいたアリアも、一度(ひとたび)脚を踏み出してしまえばそんな身体の固さなど嘘のように優美なダンスを披露していた。

(踊りやすい……!)

 シオンのリードは的確で、いつも以上に身体が軽く感じられる。

 こうしようと自分が思った以上の正確さで滑らかになされるそのリードに、アリアは華麗なステップを踏んでいた。

(ちょっと、意外かも……)

 シオンの天才性は理解していたものの、その性格からダンスなどは上級レベル程度だろうと考えていた。

 けれど、こうして身を任せてみれば、互いに初めて組んだパートナーとは思えないほど完璧な出来となっていた。

 まるでそこだけ別世界のように美しく構成されるダンス。

 まさに妖精が舞っているかのようなその光景は、見ている者全てを魅了し、感嘆の溜め息を誘う。

 けれど、自分達へと注がれているそんな視線には気づく様子もなく、アリアはシオンにリードされるままくるりとその場で優雅にドレスの裾を翻していた。

「……さっきの話だが」

 周りには聞こえないほどの声色でふとかけられた言葉に、アリアは「え?」とシオンの顔を見上げる。

「医療の最先端はソルム家だ」

 一瞬なんのことかと思ったが、リオたちが現れる前まで話していた二十日病のことだと気づく。

「うちの傘下にも医療系は多いが、特化しているのはあちらだろう」

 今、あらゆる分野で頭角を表しているウェントゥス家。けれど元々多くの医学者を輩出しているのはソルム公爵家だとシオンは語る。

 先日セオドアも言っていたが、ソルム家は地属性の家柄ゆえ、あらゆる薬草の知識に精通し、そこから薬を作り出す術にも長けている。

 長い歴史の中で研究と研鑽を重ね、最も高い技術と広い知識を持った家柄には、他のどの家にも追随を許さない。

「シオン……」

 中途半端に止まってしまっていた話の続きを今まで気にしていたのだろうか。

 存外律儀なシオンのそれには、驚きを通り越して感動すら覚えさせられる。

 まだ12才という幼さが残る分、アリアがゲームで知るシオンよりも少しだけ素直なのかもしれない。

「ありがとう」

 その優しさがくすぐったくて、嬉しくて、ふんわりとした花のような微笑みをシオンへ向ける。

 心からの笑み。

 それにシオンが驚いたように少しだけ目を見張ったのには気づくことのないまま、終わりに差し掛かった曲調に、互いにまた小さく挨拶を交わすと、アリアは次のパートナーを探すべくくるりとドレスの裾を翻していた。





 *****





「アリア。お祖父様がお呼びだよ」

 社交界デビューと婚約成立の二重のお祝いをしたいと、わざわざ自ら伝えに来たリオに、アリアは一番の特等席へと座する国王へと顔を向ける。

 舞踏会開始直前に現れたこの国で一番高貴な初老のその男性は、充分な威厳を称える挨拶を述べてから、彼のみが許された高砂の玉座へと腰を下ろしていた。

「……お祖父様……」

 王に呼ばれて無視することなどできるはずもない。

 アリアはシオンと共に玉座の御膳、一段低い位置で最上の礼を取ってから顔を上げる。

「お元気でいらっしゃいましたか?」

 相手は国王とはいえ、アリアにとっては実の祖父。

 にっこりと微笑んでご機嫌伺いをする愛孫に、国王も思わずその表情を緩ませる。

「おぉ、アリア。しばらく見ない間に美しくなって。ますますアレに似てきたな」

 にこにこと笑うその顔は、まさに可愛い孫へと向けたもの。

 王国の百合の花と吟われたアリアの母親に似てきたと、そう嬉しそうに笑う祖父は、可憐に育った孫娘へと小さく腕を広げていた。

「愛しいアリア。もう少し近くで顔を見せておくれ」

 厳格な顔を破顔させて嬉しそうに近くに来るように促されるソレ。

 礼を取り、一段高い位置へと歩みを寄せながら、アリアはぞわりとした不快感に襲われる。

「久方ぶりだな」

 愛孫と祖父の久しぶりの再会。

 それだけのはずなのに、取られた手を思わず振り払いたい心地にさせられるのをアリアは必死で押し止める。

 自分をまじまじと見つめてくる祖父の双眸。

 こうしてよくよく観察眼を深くしてみれば、今まで気づくことのなかった色がそこに(こも)っていることに気づかされる。

 それは、アリアへと向けられた明らかな色欲のソレ。

 こんなところにゲームの公式設定がしっかりと根付いているのかと、アリアは思わず舌打ちをしたい気分に襲われる。

 美しいものならば男女見境いなく手を出す好色者。

 リオはもちろん、場合によってはルイスや主人公にも魔の手を伸ばす、リオルート最大の天敵だ。

(これでよくお母様は無事でいられたわね……)

 第一正妃であったアリアの祖母は身体が弱く、アリアの母親を生んですぐに亡くなったと聞いている。それから乳母の手によってまるで隠されるかのようにひっそりと育てられたような話を耳にしたけれど、案外にそういった理由からかもしれないと納得してしまう。

 おかげでアリアの母親は、びっくりするほど世間知らずで、まるで温室にいるかのように穢れを知らない少女のような性格だった。

(まぁ、さすがに身内には手は出せないでしょうけど)

 これもゲーム設定か、恐らくこの世界には避妊という観念がないように思われる。

 この世界はあちらの世界と同じく、三親等以内の結婚は認められていない。

 万が一にも手を出して相手が身籠るようなことがあれば、醜聞では済まされないだろう。

(だからリオを囲い込むわけね)

 妊娠の恐れのない同性であれば、その秘め事が外へと漏れない限りは安泰だ。

 だからこそ、多くの妃を娶りながらも、リオへと執着し続けるのだろう。

「そちらが婚約者殿かな?」

 噂はかねがね、と久しぶりの孫娘との時間を堪能した後、国王はアリアの背後に控えるように佇んでいたシオンへと声をかける。

 それに最上級の礼を取って答えるシオンへと値踏みするかの視線を向けて、国王は形ばかりは二人の婚約を喜ぶように大袈裟な程にこにこと優しく微笑んでいた。

 と。

「遅くなりました」

 そこへ、感情を感じさせない、まだ下がりきっていない低い声が響いて、その場の視線が遅れてやってきたその人物へと注がれる。

 ルイス・ベイリー。

 本来であれば常にリオの傍に控えているはずの美青年だ。

「ルイス」

 今までなにをしていたのか、お疲れ様、と声をかけるリオをさりげない仕草で国王から遠ざけて、ルイスは「遅くなりすみません」と謝罪の言葉を口にする。

 少しだけ息が上がっているように見えるそれは、もしかしたらリオが国王の傍にいることに気づいて慌ててやってきた証なのかもしれなかった。

(ルイス×リオ、いいわ……!)

 リオを守るように付かず離れず傍に控えるルイス。

 そんな二人の関係が手に取るようにわかってしまって、アリアは心の中で拳を握りしめる。

 ゲームのメイン対象者の一人と、そのルート派生から体の関係だけは生まれる隠れ対象者。

 けれどアリアを始め、ルイス×リオ推しのファンは多かった。

(主人公はシオンとして、リオはルイスで行って欲しいわ……!)

 二人の関係は主従関係。

 けれど、ルートによっては、ルイスが隠し切れない想いを漏らし、その熱情のままリオへと迫る話があった。

(是非続きを見たい!最後まで!)

 ……などとアリアが密かに闘志を燃やしていることに気づくはずもなく、リオはアリアの方へと向き直ると、

「こちら、ルイス・ベイリー。さっき紹介したマリベールの兄上だよ」

 にこりと隣に佇む従僕をアリアへ引き合わせていた。

「初めてお目にかかります、ルイス・ベイリーです」

 柔和な微笑みを浮かべるリオに対し、ルイスは端正なその顔から表情を変えることなくアリアへと顔を向ける。

「はじめまして。アリア・フルールです」

 アリアとルイスは同じ公爵家。リオに仕えているとはいえ、リオはまだ皇太子でもなく、立場的には王族の一人でしかない。一方アリアはリオの従兄弟でもあり、現王の第一正妃の孫娘だ。

 心の中の「萌え」を隠してにっこりと花の綻びを見せるアリアを見、それからアリアの後方にいる人物に気づいてルイスは僅かに眉を潜めていた。

「……婚約したんだったな」

 シオンを一瞥し、ルイスは淡々とした口調でシオンへと向き直る。

「あぁ」

 必要最低限の会話しか口にしないのはお互い様で、そんなルイスにシオンは冷たい返事を返していた。

(……うわぁ、嫌そう……)

 お互いに。

 二人にとって一つ年上のはずのルイスは、けれどシオンにとっては敬語を使うに値しない存在らしい。

 恐らくお互い同族嫌悪だと思うアリアの考察はそれほど間違ってはいないはずだ。

 双方とも必要最低限の言葉しか口にせず、一つの対象に関する物事以外には常に冷め切っている。

 一方で、ルイスがシオンを嫌う理由は、自分と違って想い人へと堂々と自分の感情をぶつけられることへの嫉妬からくるものかもしれなかった。

 リオが気に掛ける主人公に、常に突き放すような態度を取るルイス。嫉妬からかもしれないが、そうやってリオへ秘めたる気持ちをぶつけないように心のバランスを取っていたのかもしれない。

 シオンと主人公が早く結ばれてしまえば、主人公から身を引かざるを得ないリオを手中に収めやすいというのに、変に気持ちを拗らせているのか、ルイスは妙にリオと主人公の仲を取り持とうとする節があった。

(Sのくせして、精神Mなのよね……)

 そんなに自虐心で己を満たしたいのかとそう思う。

 もしかしたら、皇太子という弱味を見せられない立場から一時でも癒しを得られればと主人公を宛がっているのかもしれないが。

 そうして取り留めのない話題でー主にアリアとリオがー花を咲かせてしばらくたった後。

 次々と国王へと挨拶にやってくる貴族たちからその場を離れ、アリアの社交界デビューは無事に終わりを迎えるのだった。





 *****





「……ねぇ、シオン」

 帰りがけ。

 すっかり暗くなった月夜の下で馬車へと向かいながら、アリアは言いにくそうにおずおずとシオンの顔を見上げる。

「……」

 口を開きかけ、躊躇うようにまた閉ざして唇を噛み締めるアリアへと、シオンがなんだ、と目だけで先を促してくる。

「……えぇ、っと……」

 二人の近くでは、お互いの両親が交流を深めるべく話に花を咲かせている。

 にこにこと微笑(わら)っている少女のような母親の姿を横目で眺めながら、アリアはシオンにだけ届くようにゆっくり口を開いていた。

「シオンはその……、ソルム家のどなたかと交流があったりするのかしら……?」

 婚約者とはいえ "偽装"を提案した身。できるならばあまり頼りにしたくはないし、シオンにとってもいい迷惑だろう。

 けれど事情を話せない以上、他に頼る人がいないことも確かで、アリアはシオンの反応を伺うように怖々と視線を向けていた。

「……」

 申し訳なさそうに。けれどどこか希望も滲み出ているその瞳に、シオンは深い溜め息を吐き出す。

「……後で連絡する」

「!シオン……!」

 それは、ソルム家に訪問のお伺いを立てた後でアリアに連絡をくれるということだ。

「ありがとう……!」

 アリアが思うよりもよほど、実はシオンは優しいのかもしれない。

 そんなアリアの花が咲き綻ぶ満面の微笑みを見下ろして、最後に一つ、シオンの溜め息が薄闇に溶けていった。

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