エンディング
"ゲーム"の"ラストイベント"は、ヘイスティングズを討伐したことの祝賀パーティだ。
その中で、"主人公"は"攻略対象者"の誰かから想いを告げられ、エンディングへと向かう。
けれどこの"現実"で、ユーリが誰かと恋仲になっているとは思えなかった。
「ここにいたのか」
王宮の屋上庭園で。
王都の街並みと自身が通う魔法学校を眺めていたアリアは、ふいにかけられた低い声に振り返る。
「……シオン」
「こんなところでなにをしている」
今日の主役だろう、と呆れたように告げるシオンは、自分自身もそうであることを鬱陶しいことだと思っているに違いない。
ユーリに関して言えば、国の公式行事に自らが主役として参加するなどとんでもないと、最後の最後まで渋っていたくらいだ。
「……この一年間、本当にいろいろあったから」
何処からともなく桜の花弁が舞い、"ゲーム"開始から終了までの一年間が終わったことを実感する。
ユーリが九月頭から普通に入学し。とても仲良くなって。
とても濃い一年間だったけれど、振り返ってみればどれも素敵な思い出のように感じられた。
悲しいことも苦しいことも、辛いこともたくさんあったけれど。
それと同じくらい、楽しくて幸せだったとも思う。
「まだ、卒業じゃないのにね」
この春リオとルイスは最高学年に進級し、リリアンとルークも入学してくるとなれば、また騒がしい一年間になるのだろうと思う。
感慨深く思ってしまうのは、きっと、そういうことじゃない。
この一年が終わり、アリアは"ゲーム"の記憶から解放される。
アリアにとっては、新しい未来への幕開けだ。
「……そろそろ戻った方がいいかしら?」
正装の白いドレスの裾を翻し、アリアは屋上庭園の出入口へと向かう。
婚約者であるシオンをエスコート役の筆頭に、ユーリ、セオドア、ルーク、ルイス、リオ、ルーカスと、"ゲーム"の"メインキャラクター"全員に付き添われながらの登場などと、"ゲーム"をしていた彼女が知れば、卒倒してしまうのではないだろうか。
アリアにしてみても、それはどれだけ恐れ多いことだろうと緊張してしまう。
「……まだ、時間はある」
「え?」
ふいに、アリアの後ろから続いたシオンに手を取られ、ちょうどの場所にあった長椅子に腰が沈む。
胸元では蒼い輝石が、陽の光を受けて輝いた。
「シオン?」
なにか話でもあるのだろうかと顔を上げれば、片手はアリアの手を取ったまま、もう片方の手はアリアのすぐ横の背もたれへと置かれ、アリアの顔に陰が差す。
「シオ……、ん……っ?」
言の葉は、シオンに塞がれ、溶けて消える。
「……アリア」
僅かに目を見張ったアリアの眼前には綺麗なシオンの顔があり、その鋭い瞳に見つめられると囚われたように動けなくなってしまう。
「……ん……」
角度を変えて、もう一度。
「……ん……っ!」
そのまま腰を抱き寄せられ、頬へと移った掌に、深い場所まで口付けられる。
「シオ……、ン……」
呼吸が上手くままならず、涙の滲んだ綺麗な瞳にシオンの顔が映り込む。
「……ど、して……、ん……っ」
問いかけに答えは返らぬまま。
シオンの熱に奥深くまで潜り込まれて、閉じた眦が震えた。
「"どうして"?」
この前と同じ質問だな、と囁かれ、その低い吐息に肩が震えた。
「"お仕置き"だと言っただろう」
――『次に無茶した時にはしっかりお仕置きしてやるから、忘れるな』
「本当なら、もっと泣かせてやりたいところだ」
国の公式行事という、こんなタイミングでこんな場所でさえなかったら。
言葉通り、もっと手酷いことをしてやりたいと告げるシオンの囁きに、びくりと背筋が震える。
「無茶」という言葉で思い出すのは、ヘイスティングズに取ったアリアの言動のことだろうか。
だとしても。
「な、んで……、私、に……?」
――『わからないのか?』
自分をみつめる、シオンの瞳を思い出す。
わからない、わけじゃない。
ただ、それは、あまりにも信じがたい憶測で。
なにかの間違いだ、という否定の気持ちがその結論へと蓋をする。
だって、シオンは。
ユーリ、のことを。
「お前以外の女にこんなことをしたりしない」
「……ぁ……っ」
耳元で低く囁かれ、そのまま耳の後ろ辺りへと口づけられて、肩がすくむ。
至った答えを打ち消す力が働いて、頭の中に疑問符が浮かぶ。
"女"に、は。
では、ユーリはまた別なのだろうかと思う。
だって、シオンは。
ユーリを、好きだと認めていた。
いつから、と。アリアに、いつから気づいていたのだと聞いたのに。
「……言い方を変えるか?」
そんなアリアの困惑を、正確ではなくともなんとなく気づいたのか、敏感な反応を返すアリアの姿にくすりと楽しげな笑みを洩らしてシオンは言う。
「お前以外、他の人間にこんなことをしたいと思わない」
「……ん……っ」
首筋へと甘噛みを落とされて、自分でも驚くほど身体が反応する。
――それは、つまり。
「この世界で、泣かせてみたいと思うのはお前だけだ」
「……っ!」
跡が残らない程度の強さで鎖骨を吸い上げられ、その声色のあまりの色香にくらりとした酔いに襲われる。
それは、すごく。とても物騒なことを言われている気がする。
「いつ、から……」
なんとかシオンを引き離そうとする抵抗は、簡単にシオンに封じられ、そこかしこにシオンの好きなように口づけを落とされる。
アリアの知るシオンは。
ユーリを、好きだったはずなのに。
「さぁな」
もしかしたら初めて会った時からかもしれないし、つい最近のことなのかもしれない。
そう囁かれ、潤んだ瞳が驚きに揺れ動いた。
「ん……っ」
自分を押し退けようと伸ばされた指先までをも震わせて反応を示すアリアに、シオンは満足そうにその耳元へと顔を寄せる。
「お前との"契約"は破棄させてもらう」
――『私と、"契約"しませんか?』
――『貴方か私。どちらかが本当に続けられないと思うか、想う相手と結ばれるまで』
――『それまで、偽装婚約をするのはいかがでしょうか?』
それは、初めて会った時に交わされた、二人だけの秘め事。
とはいえ、例え今それが露見されたとしても、そんな"契約"など本来なんの効果もない。
それでも、シオンは。もう、"偽装婚約"を演じ続けるつもりはない。
「お前は、オレの婚約者だ」
"偽装"などではなく、"正式な"婚約者に。
「お前に拒否権を与えるつもりも、手離すつもりもない」
例え嫌だと言われても、アリアの意見を受け入れるつもりは欠片もない。
「アリア」
柔らかな髪を頭から撫で下ろし、そのまま顎を取ると再度静かに口付ける。
「お前のことが好きだ」
大きな瞳が、さらに大きく見開かれ、シオンの顔を映し込む。
「愛してる」
あまりの驚きに見張られた瞳は、呆然とシオンを見上げている。
「誰にも、渡さない」
それは、誓いのように。
「お前は、オレのものだ」
低い声色と真っ直ぐな瞳に射抜かれて、囚われたかのように動けない。
唇へと落とされるシオンの熱。
もうこの手から逃れることはできないのだと、そう、思った。
ここまでお付き合い下さいまして、ありがとうございました。
これで、二章(別名「シオン自覚編」)終了です。
この後の三章(別名「アリア陥落編(笑)」)は、R15な艶事が増えてくるかと思いますので、苦手な方はここまででお引き返し下さればと思います。
また、規定は熟読しているのですが、「これはアウト!」と思いましたらこっそりメッセージでご指摘頂ければ助かります。改稿します。
ここまでお読み下さった方。
これから先もお付き合い頂ける方。
全ての方に感謝を込めて。
これからもよろしくお願い致します。