小話 ~かけがえのないもの~
「どうしてあんなことしたんだよ」
唇を噛み締め、恨めしげな瞳で見上げてきたユーリへと、シオンは訝しげに顔をしかめていた。
「"あんなこと"?」
「お前は、アリア一人を選べるヤツだろう?」
あの場面で、自分を庇う必要はなかったはずだ。
最後まで守られるべきは愛しいあの少女のはずで、自分を天秤にかけていいはずがない。
しかもその結果、自分に傾くようなことなどあってはならないはずなのに。
「……勝手に身体が動いたんだ」
その話か、と吐息を洩らし、シオンはユーリから視線を離す。
どうやっても逃れることができないと思ったら、頭よりも先に身体の方が判断を下していた。
「アイツと一緒なら死んでもいいと思った」
アリアが、ユーリが生き残ることを望むなら。
自分が死んでアリアが助かるならば、いくらだって命を差し出すだろう。けれど、命が長らえることと無事でいることは同意ではない。
自分がいなくなった世界でアリアが闇の手に堕ちることだけは許せない。アリアの身になにが起ころうと、自分の命ある限り愛し抜くと誓えるけれど、そこに自分がいなければ意味はない。
それならばいっそ、と思ってしまったとしても、あの少女は微笑って許してくれるだろう。
一人では死なせない。
だから、その時は一緒に。
「……お前は、なにがあってもアリアを選べよ?」
懇願にも似た声色で、ユーリは瞳を揺らめかせる。
「オレは……。もし、見知らぬ10人の命とアリアを天秤にかけられて、自分を見捨てろとアリアに泣かれたら、アリアを選べる自信がない」
アリアを選びたいと思っても。
他人を見捨てられないアリアの気持ちがわかるユーリには、迷うことなく"たった一つ"を選び取れる自信がない。
「酷いことをお前に言ってるのはわかってる」
たった一つ以外を切り捨てろなどと、自分にできないことをシオンに望む。
それはいつか、シオンがユーリに告げた言葉そのままに。
「でも、お前はどんな時でもアリアを選べると思うから」
どちらが正しいかなんてわからない。
きっとどちらも正しくて、どちらも間違っている。
ただ一つだけ言えることは、そんな残酷な選択肢を掲げられるようなことがないように、強くならなければいけないということだ。
「オレとアリアを天秤にかけられても、アリアを選べ」
真っ直ぐシオンの顔を見上げ、ユーリは強い意思を込めて口を開く。
「それでアリアに泣かれても恨まれても。全部オレのせいにしていいから」
失いたくない。
望みは、本当にたった一つだけ。
「迷うな」
お前だけは。とシオンをみつめ、ユーリはぐっと拳を握り締める。
「……もう二度と、あんな思いはしたくない」
大切な存在を、二人も失いかけるなんて。
その為にも、強くなる。
なにがあっても、この手で守り抜けるように。
揺るぎない決意を固めるユーリの視線を正面から受け止めて、シオンは小さく苦笑する。
「……お前に失望されたくはないな」
お前はそんなヤツだったのかと、ユーリに責められるようなことはしたくない。
「させんなよ?」
泣きそうな顔で苦笑いをしたユーリへと、シオンは無言の誓いを返していた。