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last mission 2 最終決戦に挑め!

 なにもない大広間。

 まるで誘い込まれるようにして足を踏み込んだその場所で、声変わり前を思わせる少年の、酷く不快な声が響いた。

「いらっしゃい、ぼくの城へ」

 高貴さなど欠片も持たないはずなのに、いっそ優雅にも見える佇まいで現れた子供のような悪魔は、歪んだ笑みを浮かべていた。

「……ヘイスティングズ」

 先頭に立っていたルーカスから明らかな殺気が生まれたが、ヘイスティングズはそれを爽やかな風のように受け流す。

「わざわざここで待っていてあげたんだよ?」

 なにしてたの?遅かったね。と尋ねてくるその瞳は、笑いながらも早く獲物を狩りたくて堪らないというような残虐性に光っていた。

「そうそう。ぼくからのプレゼント、気に入って貰えた?」

 わざとらしく思い出した風を装って気味の悪い笑みを称えるヘイスティングズに、リオの顔に陰が差す。

「……プレゼント?」

「あれ?届いてない?なかなかの傑作品だったんだけど」

 せっかく喰わずに残りカスは残しておいたのに、と呟くそれは、生気を抜かれた人々の集合体が呑まれていた、例の不気味な生物のことに違いない。

「なかなか楽しい玩具(おもちゃ)だったでしょ?」

「……一体、なんの目的で」

 蟻を踏みつけて遊ぶ子供のような残酷さで愉しそうに笑うヘイスティングズに、怒りの込められたリオの鋭い瞳が向けられる。

「実験と、確認かな?」

 コトリ、と首を傾けたヘイスティングズの言葉の意味はわからない。

 ただ、アリアだけは、やはり魔王は王都に、王宮の敷地内の何処かに封印されているのだろうかという疑問が頭を過っていた。

「そんなことより」

 ふいにヘイスティングズの目が夜行性の猫のように光り、憤りを隠せない様子でユーリの方へと向けられる。

「そこの子ウサギは、あの時(・・・)どうやって逃げ出したの?」

 ちゃんと術をかけておいたのに。という呟きは、「理解不能」という文字を顔面に表したユーリの反応を前に、あっさりと放られる。

「まぁ、いいか」

 今さらそんなことを言っても、と簡単に自分の疑問を投げ捨てて、ヘイスティングズは「そうだっ」と手を打った。

「決ぃーめたっ」

 ニタリ、と陰湿に歪められた口の端。

「まずはキミを思いっきりいたぶってからにしよう」

 良いことを思い付いたと言わんばかりにユーリへと向けられた視線に、アリアとシオンがユーリの姿を隠すように前に出る。

「アリア、シオン……」

 なんとも複雑そうな声が後方から聞こえてくるが、この際それは仕方のないことだろうと無視をする。

 そして、そんなアリアの姿を見つけると、ヘイスティングズはにこやかな笑みを浮かべていた。

「キミは、後でぼくの飼い猫(ペット)にしてあげるから」

 そう残忍な瞳で口にした、それが戦闘の火蓋を切った。

「……っ」

 不意討ちとも言えるタイミングでルーカスが小さな魔方陣を生み出し、その光輪(こうりん)がヘイスティングズの両手首足首を拘束する……と思いきや、一瞬早くその動きに気づいたヘイスティングズは、四肢に闇の力を纏わせてそれを弾き飛ばす。

 その直後、明らかにユーリを狙って伸ばされた、まるでそれ自体が意思を持っているかのような十数の黒い触手を、アリアはシオンと共に大きな光の盾を作ることで霧散させていた。

「アリアッ、シオンッ」

「大丈夫ですっ!」

 真の力を得た神剣を手に、チラリと様子を伺ってきたリオへと声を上げれば、その輝きを目にしたヘイスティングズの目が僅かに見張られ、ちっ、という舌打ちと共に後方へと飛び退いた。

「やっぱり、この剣には警戒するんだね」

 剣を両手で前に構え、前面に立ったリオが、俄な殺気を漂わせる。

 真の姿となった神剣は、魔王対抗の武器にさえなる。

「……」

 しばしの睨み合いが続き、先に仕掛けたのはリオだった。

 ヘイスティングズの間合いへと踏み込みながら、剣を片手に持ち変える。空いた片手で光の魔弾を放ち込んで、横へと避けたヘイスティングズへと光輝く剣を振り下ろす。

 そしてその斬撃を交わしたヘイスティングズのすぐ横から、瞬間移動で現れたルーカスが蒼白い魔方陣を放ち、雷のような火花を上げながらヘイスティングズを襲う。

「……く……っ」

 痛みに顔を歪め、一瞬だけふらつきを見せたその隙を突いて、セオドアとシオンが各々火と風を操って業火の炎が吹き荒れた。

「これくらいのこと……っ!」

 燃え上がる炎の中で、怒りに染まったヘイスティングズの声が響く。

 顔の前で組んだ手を勢いよく左右に開き、竜巻のような黒い風が渦巻いたかと思うと、ヘイスティングズは涼しい顔でそこに立っていた。

「準備運動、ってことでいいかな?」

 ニタリ、と、真っ赤な口の中を覗かせて残虐な笑みを浮かべたヘイスティングズへと、足元からルークの操る蔓のような拘束具が伸びる。しかしそれはあっさりと粉々に砕かれ、頭上から落とされたルイスの雷光は、手を上げたヘイスティングズが生み出したブラックホールのような闇空間へと吸い込まれていく。

「神剣にさえ気をつけていれば、キミたちなんて敵じゃないよ」

(……これが、ヘイスティングズの本来の力……)

 完全に愉しんでいるヘイスティングズの笑みを前に、アリアの背に嫌な汗が伝い落ちる。

 先日は、本当に力半分だったことを思い知らされる。

 たったこれだけの攻防で、すでに力の差など歴然だった。

 そもそも"ゲーム"の中でさえ、この最終決戦は闘い自体勝てていない。全員力尽き、成す術がなくなったところで動画(ムービー)に切り替わるのだから。

「さて。どうやってキミたちで遊ぼう(・・・)か?」

 ニタァァ、と気味の悪い笑みを貼り付け、ぐぅるりと一人一人の顔を見回す。

 そして、それからは。

 アリアが防御魔法を展開させる隙も与えられないほどあっという間の出来事だった。

「同じ手は食らわないよっ!」

 足元へと現れた大きな魔方陣を、ダンッ!と力強く地を蹴ることで破壊して、瞬間移動でルーカスの背後へと回ったヘイスティングズの手から、闇の刃が放たれる。

「く……っ!」

 体を反らし、瞬時に防御魔法でその刃を消し去るも、その間にヘイスティングズの手から生み出された黒い電光のようなものに、ルーカスの体は地面へと叩きつけられる。

 その衝撃で、パリン……ッという小さな音が聞こえ、魔法薬(ポーション)の入った小瓶が割れた気配がした。

「……んぁ……っ!!」

 ルーカスの口から苦悩の叫びが漏れ、見れば地面へと縫い付けられるような格好で、黒い蛇のような物体が四肢へと絡み付いていた。

「ルーカス様……っ!」

 ルークがすぐさまその拘束を切断しようと風の刃を操るも、それはルーカスへと届く前に目の前に現れたヘイスティングズの操る触手のようなものに絡め取られ、そのまま溶けるように消える。

「ルークッ!!」

 闇の力をその手に纏わせたヘイスティングズの腕がルークの体を薙ぎ払い、後方へと吹き飛んだ。

「……ぁ……っ!!」

 そしてそのまま、セオドアが放った火炎放射器のような焔の渦を振り払いながら放たれた闇の刃に、ルークの体もまた両掌を突き刺されるような格好で床へと縫い止められていた。

「お返し」

 人をなぶる行為が愉しくて仕方がないという歪んだ笑みを貼り付けながら、ヘイスティングズがセオドアの足元へと暗い焔を出現させる。

「く……っ!」

「セオドアッ!」

 アリアが慌てて光の弓を放ってその炎を終息させるも、黒い靄のようなものがそのままセオドアの全身を包み込み、その場に膝をついたセオドアの首元を、細い鎖のようなものが締め上げていた。

「……っ……」

 頚が締まらないよう、ギリギリ呼吸ができる程度の抵抗をするのが精一杯で、セオドアの体は崩れ落ちる。

「確かに、神剣は厄介だけどっ、ねっ!」

 くるりと振り向いたヘイスティングズの瞳がリオの持つ神剣を見据え、それでも闇の力を纏わせた右腕を躊躇することなく振り下ろす。

 ガキィィィ――ンッ!と、相反する力同士がぶつかる激しい音が辺りを揺らし、膨大な量の闇と光が炸裂する。

「……く……っ」

「なかなかっ、やるね……っ!」

 力の押し合いにリオは奥歯を噛み締めて、嗜虐的に笑うヘイスティングズを睨み付ける。

「貴方の、好きにはさせない……っ!」

 リオの神剣に弾かれて、ヘイスティングズが一歩後方へと押し下げられる。

 直後、ヘイスティングズの後ろへと回ったルイスが鋭い氷柱を出現させ、その切っ先がヘイスティングズの胸元を突き上げる……、と思いきや、刹那その姿は掻き消えて、リオの背後へと瞬間移動したヘイスティングズが、バチバチと音を立てた黒い電撃を振り落としていた。

「リオ様……っ!」

 確実にリオの応戦が間に合わないことを察したルイスが、反射的にその間に身を滑らせる。

「ルイス!?」

「…………ぐぁ……っ!」

 その背に雷撃を受けたルイスはリオの足元へと倒れ込み、そのまま動く気配をなくす。

「ルイス……ッ!」

 まだ微かな意識と息を残すルイスへと回復魔法を施している余裕などなく、そのまま自分へと落とされた黒い雷撃を、リオの神剣が薙ぎ払う。

「リオ様……っ!」

「アリアッ」

 私がっ、と、リオの代わりに回復役を名乗り出ようと駆け出しかけたアリアの腕をシオンが掴む。

「巻き沿いになるっ」

 却ってリオの集中力を削ぎ、足手まといになるだけだと告げるシオンに、アリアはぐっと息を呑む。

 その間にも、リオとヘイスティングズの激しい攻防戦は続き、セオドアの元へと駆け寄っていたアリアとシオンは、セオドアの首を締め付ける鎖の解除方法が見つからずにただただ焦燥感だけを覚えていた。

「神剣の使い手としてはちょっと情けないんじゃない!?」

 あははははっ!と酷く愉しそうに笑い、ヘイスティングズは次から次へと闇魔法を展開する。

 神剣は、確実にヘイスティングズを追い詰める。

 けれどその合間で繰り広げられる光と闇の攻防戦は、リオの方が遥かに劣る。総指揮官を任された皇太子とはいえ、それを取り払ってしまえば、リオもまだ世間的にはアリアたちと同じ魔法学校に通う"学生"という身分にすぎないのだから。

「リオ様……っ!!」

 より一層大きな闇の塊がリオの頭上へと現れて、激しい雨のように細かな闇の粒がリオの体へと降り注ぐ。

「……くっ……」

 慌てて光の盾で防御するも、未完成だったそれをも突き抜け、リオの体は地に沈んだ。

 刹那、神剣を持続する魔力も尽きたのか、リオの手の中の光も消える。

「リオ様っ」

 アリアの叫びに、ゆぅるりと振り返ったヘイスティングズが、ニタァァ、と、口許を歪ませた。

「……ぃや……」

 絶望が胸を満たし始め、アリアは小さな悲鳴に喉を鳴らしながらいやいやと左右に首を振る。

 これは、アリアの知る(・・・・・・)、"ゲーム"の中でのバッドエンドへの流れ。

 ヘイスティングズの攻撃を前に一人ずつ倒れていき、"主人公(ユーリ)"の目の前で命を落としていく。

 その後、完全に敵の手に堕ちることになる"主人公(ユーリ)"がどうなったのか、なんて、"ゲーム画面"に出た「BAD END」の文字一つだけでは想像するしかできないけれど。

「次はだぁれかな?」

 まるで子供の鬼ごっこを思わせる無邪気さはもはや恐怖でしかない。

 アリアとシオンへと順番に移された視線は、そのままユーリの姿をひたりと捉え、ニタリ、と口の端が歪んだ。

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