last mission 1 最終決戦に挑め!
アリアがヘイスティングズの討伐参加を断念したのは、確かに国による正式な討伐部隊が編成されたという理由が大きい。
けれど、もう一つ。こちらは、"ゲーム"の中での最重要事項。
"ゲーム"の中での最終決戦。その闘いの中で、必ず攻略対象者の"誰か"が瀕死の重傷を負わされるのだ。その攻略対象者こそ、ユーリと最終的に結ばれる相手であり、この時点でその相手が定まっていない場合、"主人公"たちの方が全滅させられるというバッドエンドすら存在している。
想い人が瀕死の怪我を負わされたことにより、ユーリが光魔法を爆発させ、ヘイスティングズ消滅へと至るのだ。
だからこそ。
ユーリとシオンとの恋愛の発展具合が、アリアにとっては最も危惧することだった。
アリアの、ユーリの"一推し相手"はシオンに他ならないが、こればかりは本人の意思による。シオン以外の誰かと発展がある可能性もあるにはあるが、アリアが見ている限り、特定の誰かが定まっている様子はない。
ユーリの光魔法は未知の力で、それがどう発動されるのかはアリアにも全くわからない。
必ずしも"ゲーム"と同じ展開が繰り広げられるわけではないことは、アリアも既に経験済みだ。それでも、不安が消えることはなく。
最後の最後で戦線離脱を決めてしまったことは、「逃げ」だろうか。
アリアにはもう、祈ることだけしかできない。
どうかヘイスティングズが討伐され、誰の命も失われることがありませんように、と。
*****
「リオ様……」
幾重にも封印が施された歪曲空間の前で、アリアは不安そうな瞳をリオへと向けていた。
リオには、真の姿に戻った神剣がある。けれどそれは"ゲーム"の中でも同じ。
今回の討伐において、リオはあくまで皇太子として総指揮官を任されているのであって、前面に立って闘うのはルーカス率いる魔法師団だ。
それでも優しいこの従兄は、なにかあれば自分が前面へ出て剣を振るうことを厭わないのだろうと思えば、胸に込み上げるのは心配ばかりだった。
「くれぐれも、お気をつけて」
自分がこんな風に送り出すことは、正式に皇太子妃となったマリベールに申し訳ない気もしたが、これがアリアにできる最大限の譲歩だった。
できることならば一緒に行きたい。そう、思ってしまう。
「ルーカス様も」
振り向き、背後に魔法師団一個隊を率いているルーカスへも声をかける。
「ありがとう」
君の声援がなによりも力をくれるよ、などと相変わらずの甘い言葉を返してくるルーカスへと、困ったような微笑みを返して。
「じゃあ、行ってくるね」
アリアへと優しい笑みを残し、歪曲空間の封印を解くべく、ルイスを従えたリオがその入り口へと向き直る。
封印を解き、リオやルーカスたちを見送るまでが、アリアに許された行動範囲だった。
目を閉じたリオの全身が輝き、歪曲空間へと施されていた封印が少しずつ解けていく。
不気味な闇空間への入り口がぽっかりと顔を覗かせて、道を譲るべく隣にいるシオンと共に一歩後方へと下がろうと思ったその瞬間。
「なに……っ!?」
突如、今まで安定していた歪曲空間がぐにゃりと歪み、その入り口が渦巻いた。
「アリアッ」
中心から黒い風が吹き荒れて、シオンとリオがアリアを庇うように前方へと進み出る。
闇色の靄が広がって、ぐにゃりと歪んだ不気味な入り口が口を開ける。
「……アリア……ッ!シオン……ッ!」
耳に届いたその叫びは、ユーリのものだろうか。
「ユー……」
その声の持ち主の方へと振り向きかけ。
一度膨らんだかと思った不気味な歪曲空間の入り口は、リオとルイス、そしてアリアとシオンを呑み込んで、その姿を消していた。
反射的に閉ざしていた目を開けると、そこには中世フランス時代の修道院を思い起こさせるような、石でできた空間が広がっていた。
「……ここ、は……?」
何処かの広間へと続く廊下だろうか。
アリアたち四人以外の気配を感じなくなった空間に、アリアの疑問符が静かに響く。
「……あの歪曲空間の中、かな?」
考えられる結論はそれだけで、リオが警戒を強めた瞳で辺りをぐるりと見回している。
そしてその直後、転移用の魔方陣が現れたかと思ったその瞬間。
青白く光る魔方陣の上に、ぼんやりとした人影が四人分。
「アリアッ」
「ユーリ!?」
その輪郭がはっきりとした姿を現し、間髪入れず自分の名を呼んだ人物へと、アリアは大きく目を見張っていた。
「瞬間移動で追いかけろって、聞かなくてね」
仕方ないねと苦笑して、瞬間移動を操ったルーカスは、辺りの気配を探るかのような仕草を見せる。
それならば自分たちもと、セオドアとルークまでもが一緒に付いてきたということで、なんとなくその光景が目に浮かぶ気がして、アリアは乾いた笑みを洩らす。
「うーん。来るには来られたけど、残念ながら戻ることはできないみたいだね」
そうして再度、今度は元いた場所へと戻るべく転移魔法を構築させようとしていたルーカスは、発動の気配を見せない魔力の波に、困ったね、と首を傾げていた。
「……どうする?」
この場所がどこなのかはわからないが、考えるまでもなく、この先に待ち受けているのはヘイスティングズだ。
予定とは打って変わった状況に、ルーカスが伺うようにリオを見る。
ヘイスティングズ討伐の総指揮官は、皇太子であるリオだ。
もはやここへと魔法師団を呼ぶことも、転移魔法で戻ることすら叶わない。
「……このメンバーで、あのヘイスティングズへ挑め、と?」
この場にいるのは、アリア、シオン、ユーリ、セオドア、ルーク。そしてルイスにルーカス。
前回、確かにこの面子で、ヘイスティングズをかなりのところまで追い詰めた。しかも、あの時にはいた忠臣のバイロンはもはやいない。
それを考えれば不可能ではないようにも思えたが、総指揮官として、そしてこの国の皇太子として、国の正規軍でもない子供を国の大事に巻き込むわけにはいかない。
「……なんとかしてここから出て、体勢を立て直しましょう」
それは、リオの心からの判断だったに違いない。
けれど、そんな希望はきっと叶わないであろうことを、その場の誰もが予感していた。
そして。
「……シオン」
静かにかけられたリオの声に、シオンが無言で顔を上げる。
「皇太子命令だ」
その言葉に、ピン、と空気が張りつめた。
「万が一の時は、君は攻撃ではなく、アリアとユーリを守ることを最優先で動いて欲しい」
「リオ様っ!?」
シオンを真っ直ぐみつめて告げられた言葉に、アリアとユーリが各々驚きの声を上げたが、それを気に留めることなく、リオは確認の意味を込めて口を開く。
「いいね?」
交錯する二人の視線。
一瞬の間があって。
「……命に代えても」
皇太子命令に、シオンが最上級の礼を取って応えていた。
こっそり活動報告にSSを載せてみました。
ご興味のある方は覗いてみてくださいますと嬉しいです。