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決戦前夜 ~刻印~

 神剣は光輝いた。

 祈るように手を組んだユーリから、陽の光を思わせるキラキラとした輝きが溢れ、リオと、そしてアリアをもそれに巻き込んで。

 一緒に願うアリアの祈りをも運んで、神剣へと未知なる魔力(ちから)を注ぎ込む。

 そうして、振り下ろされた神剣と共に目映いほどの光が弾け、いっそ真っ白になった世界がその姿を取り戻した時。

 目の前には、ただ気を失っているだけの何十の人々の姿があった。





 *****





 前線から引き上げて、ここは王宮内。

 急遽開かれた、新王・王妃・皇太子と五大公爵家、そして御意見番となった前王との臨時緊急会議から戻ったリオは、いつも通り側近のルイスを伴い、固い表情を浮かべていた。

「ボクたちが前線へと向かった後、連絡が入ったらしくてね」

 王都襲撃に続いて届けられた情報。

 アリア、シオン、ユーリ、セオドア、ルーク、ルーカスと揃った顔触れを見回して、リオは重い口を開く。

「空に歪曲空間(ワームホール)が現れる少し前に、小さな街から人が消えた、って」

 それはまさに、アリアたちが遭遇した、得体の知れない魔物に呑み込まれた大勢の人々。

 魔力(ちから)を取り戻すためにヘイスティングズの餌食にされ、そのまま捨て置かれた罪なき命。

 唯一救いがあったとすれば、なぜかその肉片までをヘイスティングズが喰らうことがなかったということだ。

 そのおかげで、小さな街一つ分の命を救うことができた。

 ――これで、ヘイスティングズがその魔力(ちから)をどれほど取り戻したのかはわからないけれど。

「……それから」

 本題はむしろこちらの方だと言いたげに向けられる視線に、室内の緊張感が増幅する。

 チラリ、と向けられた視線に、ルーカスが重く頷きを返す。

「一つだけ消えない歪曲空間(ワームホール)がある」

 それは、例の人々を取り込んだ異形の魔物が現れた歪曲空間(ワームホール)

 並々ならぬ数の魔物を吐き出した無数の歪曲空間(ワームホール)は、全ての魔物の討伐が終わる頃には消えていた。だが、その中の一つだけは、今も不気味な口を開き続けていた。

「とりあえずは行き来ができないように神聖結界で囲ってはあるんだけど」

 光で出来た四角い檻のようなもので歪曲空間(ワームホール)を囲い、仮の封印を施してあるのだと説明してから、リオはますます表情を厳しいものにする。

「……恐らく」

 その先に続く言葉を、この場にいる誰もがわかっている。

 ヘイスティングズが捨て置いた魔物が現れた、今だ消える様子の見せない歪曲空間(ワームホール)

 それは。

「……その先は、ヘイスティングズへと繋がっている」

 誰もがわかっていたその推測を決定的とも言える言葉にされ、誰も口を開けない。

「首脳会議で決定が下された」

 リオの、皇太子としての初めての試練は。

「明日、討伐に向かう」





 *****





 "ゲーム"では、街を襲撃したヘイスティングズとバイロンへと、そのままの流れで挑んでいた。

 しかし、もはやバイロンはおらず、今回の襲撃でヘイスティングズが姿を現すことはなかった。

 ヘイスティングズがなにを考えて王都へと魔物を送り込んだのかはわからない。

 ただ、国の上層部が正式にヘイスティングズの討伐を決定した、ということは。


 ――アリアたちに、出る幕はない、ということ。


 そもそもアリアたちはまだ魔法力も未熟な学生(・・)という立場だ。

 今まで魔族たちと前面で挑んできた方が非常識だと言える。

 "ゲーム"では、ヘイスティングズたちの方から向かってきた為、応戦という形で最終決戦に参加していたが、その"ゲーム"の中でさえ、魔法師団は動いていた。

 それが、国が正式に決定を下し、こちらから討伐に向かうとなれば、動くのはルーカス率いる魔法師団を中心とした正規の編成軍だ。

 皇太子として指揮を執るリオと、師団長として動くルーカスを除けば、アリアたち他のメンバーがそこに加わる許可など下りるはずもない。

 世間的には、アリアたちはまだただの子供に過ぎない。

(……このままで、いいのかしら……?)

 もう遅いからと、先日と同じく用意された王宮内の客室で、バルコニーへと出たアリアは、月を眺めながら思いに耽る。

 ルーカス率いる国の最高部隊の実力(ちから)を信じていないわけではない。

 "ゲーム"のご都合主義を排除すれば、これが本来国としての在るべき姿だ。

 最高位の魔族の討伐。向かうのは、国の正規軍に決まっている。

 国内でもトップクラスの魔法力を誇る五大公爵家の子息子女とはいえ、学園に通っているアリアたちはまだまだ未熟な子供でしかない。

 正規軍一個隊の方が強いに決まっている。

 それでも。

 魔王直属の四天王の実力は、"天才魔道士"ルーカスの遥か上を行くはずなのだ。正規軍とはいえ、本来返り討ちにあってもおかしくない。

 "ゲーム"など所詮、設定はご都合主義なのだと言ってしまえば身も蓋もないのだけれど。

「……眠れないのか?」

「!シオン」

 ふいに落ちてきた低い声に顔を向ければ、その身に月光を浴びたシオンが、風の力を纏って空から舞い降りてくるところだった。

「お前がいるのがわかったからな」

 アリアが外に出ているのがわかってやってきたのだと、軽い動作でバルコニーに着地しながらシオンは小さく肩を落とす。

「……明日……」

 明日で、全てが終わる。

 否、終わらせなければならない。

 そしてそれは、アリアの中にある"ゲーム"の記憶もここまでであることを意味している。

 "ゲーム"の最終missionは、ヘイスティングズの討伐。

 ヘイスティングズが消滅したその時、"ゲーム"の記憶を持つアリアにはなにが訪れるのだろう。

 ただの新しい未来か。それとも……。

 なにかを言いかけ、そのまま口を閉ざしたアリアに、シオンもまた無言になる。

 ここまで来て、突然蚊帳の外へと放り出された現実に、どうしたらいいのかわからない。

「……大丈夫、よね?」

 明日、リオは皇太子として。ルーカスは師団長として。ヘイスティングズ消滅へと討って出る。

 封印、ではなく、討伐。

 それを可能とする実力(ちから)があることは信じているけれど。

 "ゲーム"と同じ展開であっても常に緊張は付きまとうというのに、全く異なる展開ともなれば不安で胸が押し潰されそうになる。

 どうか、無事で、と。

 そう願うことしかできないことが歯痒くて堪らない。

 不安定に揺らめく瞳でシオンの方を見上げれば、シオンは僅かに目を見張った後、アリアの長い髪へと指先を絡めていた。

「……もし、明日、オレが本気でお前に大人しく待っていてくれと願ったら、お前はその望みを叶えてくれるか?」

「……え?」

 思いもよらないシオンの言葉に、アリアは大きく開いた瞳を瞬かせる。

「行くつもりなんじゃなかったのか?」

 どうやら今までのアリアの行動を考えて、なんとしても付いていくつもりではないかと思っていたらしいシオンは、アリアのその反応に意外だとばかりの声を洩らす。

「……それは……」

 もちろん、それは、できることなら。

 けれど今回、正式に国が動くとなれば、アリアはただの足手まといだ。

「……さすがに、国の決定には従うわ」

 "ゲーム"の中の"主人公(ユーリ)"のように、前面に立って闘うことなど、この現実では到底無理なことだろう。

「見送りくらいには行くつもりだけれど」

 明日、リオたちは、残された歪曲空間(ワームホール)を通してヘイスティングズの元へ向かうことになっている。

 せめて、その入り口で、リオたちの無事を祈るくらいのことはしたいと思う。

 見送りくらいのことならば、リオも許してくれるだろう。

「……そうか」

 どうやら今回に限っては本気で諦めているらしいアリアの反応に、シオンは少しだけ安堵したかのように肩を落とす。

「そろそろ寝るわね」

「……あぁ」

 緩く微笑み、おやすみなさい、と室内への扉に手をかけた時。

「アリア」

 ふいに腕を取られ、ふわりとシオンの香りが強くなった。

「忘れ物だ」

「えっ?」

 外に出るために肩へとかけていたストールが舞って、ぐいっと襟首部分を下げられる。

 首筋にシオンの髪の感触を感じ、なにが起こったのかアリアが理解するよりも早く。

「……ぃっ……」

 胸元に走った鋭い痛みに、噛み付かれた(・・・・・・)のだと錯覚した。

 実際は、そんなことではなくて。

「消えかけていたからな」

「っ!」

 己の唇を舐め取る動きをしてクスリと引き上げられた口の端に。

 肉食を思わせる艶のある鋭い視線に、背筋にゾクリとした感覚が沸いた。

「どぉ……、して……」

 "所有の証(キス・マーク)"を残してすぐに離されたシオンへと、困惑に揺れるアリアの瞳が向けられる。

「なにがだ?」

 シオンの、その言葉は。

 まるで、今後、その"証"を消すつもりはない、と言っているようで。

「……どぉ、して、こんな、こと……」

 なぜ、シオンが自分にこんなことをするのかがわからない。

 シオンの独占欲の強さは"ゲーム"でよく知っている。けれどそれは、"主人公(ユーリ)"に対してのもので。

 相手がアリアとはいえ、仮にも婚約者(・・・)が他に目を向けるのは許せないということだろうかとも考える。"ゲーム"のアリアは、確かにシオンに想いを寄せていたのだから。

「わからないのか?」

 動揺に唇を震わせるアリアへと、シオンの意味深な瞳が向けられる。

「……え……」

 問いかけに、アリアは呆然とシオンを見上げる。

 それは、あまりにも考えられない憶測で。

 まさか、と、信じがたい結論に思考回路が停止する。


 まさか、シオンが。

 主人公(ユーリ)、ではなく……。


「これ以上のことをされたくなかったら早く寝るんだな」

「っ!」

 月の光を背にして耳元へとひっそりと囁かれ、アリアの顔へと朱色が差す。

 シオンのその仕草と月光とがあまりにも妖艶で、一瞬囚われそうになった。

「お、おやすみなさい……っ!」

 慌てて部屋へ入るとしっかりと鍵を閉め、こちらもしっかりと閉じ合わせたカーテンを背に、アリアは体から力が抜けていくのを感じる。

 まだ少しだけ痛む胸元は、その存在を酷く主張する。

「……うそ………」

 そんなこと、ありえない。

 ありえる、はずがない。

 ……そう、思うのに。


 痛みを訴える胸元をぎゅぅっと強く握り締め、アリアは真っ赤になった顔でずるずるとその場に座り込む。


 ――とても、眠れそうになかった。

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