mission9-3 王都を守れ!
「まずいことになった」
どこか切羽詰まった様子で「すぐに来てくれ」と足元へと大きめな魔方陣を出現させ、青白い光が輝いたかと思えば一瞬にして視界が切り替わる。
王都で一、二を争う、中心的交通路の一つである広い道路。そこに、まるで"ゾンビ"を思わせる得体の知れない人形の生き物が数体と、それらを取り込んで巨大化したように思われる黒い軟体生物が、雁字搦めに拘束された状態で不気味に蠢いていた。
「……な、んですか、これは……」
あまりの光景にごくりと喉を鳴らし、リオの表情が凍りつく。
「わからない」
苦々しい表情で首を振り、ルーカスは「ただ」と口を開く。
「……何人か、アレに呑まれた」
アレというのはボコボコと謎に蠢く巨大な闇の軟体生物だろう。
決して動きは早くはないが、ルーカスがこうしてその場に拘束する前までに何人かの部下が呑まれたと、ルーカスは悔しそうに唇を噛み締める。
呑み込まれ、生きているのか、それとも……。
「ぃや……っ!」
ふいに脳内へと直接響いて届いた声に、アリアは頭を抱えると首を振る。
「アリア!?」
「リオ様っ!?」
突然のアリアの反応にシオンが驚いたような声を上げ、ルイスもまたアリアと同じように頭を抱えて苦痛の表情を見せたリオへと大きく目を見張っていた。
「……君たちには、聞こえるか」
苦しげに呟いて、ルーカスがぐっと拳を握り締める。
「なにがだ」
さっさと説明しろと向けられる鋭い瞳に、ルーカスは「条件はやっぱり光属性の魔力かな」と前置きをして唇を噛み締めると、シオンから目を逸らして目を瞑る。
「……聞こえるんだよ、声が」
助けて……っ、たすけてくれ……っ!お願い……っ、と、脳内に直接響いて届く悲痛な声。
ソレに呑み込まれた者の、助けを求める絶望の声が。
アリアと、リオと。そして、ルーカスの精神を削っていく。
「……中で生きているのか、意識だけが残されているのかわからない」
ただソレに呑まれただけなのならば、そこから引き出すことができるのか。それとも意識だけの存在となって、ただただ苦しみを訴えているだけなのか。
「……もしかして助けられるのかもしれないと躊躇している間に何人か呑まれたらしい」
応援を求められたルーカスがここへ辿り着いた時には、すでに何人かがソレに取り込まれ、姿を消した後だった。
「……少なくとも僕には方法は見つからない」
残酷にも意識だけが残されている状態だというのならば、身を切る思いで切って捨てることはできる。だが、もし、生きているのならば?
例え生きていてもそこから救い出す方法が見つからないのならば、出される結論は同じものだ。
「……どうする?」
だから、とりあえず拘束しておいたとリオへと判断を仰ぐルーカスに、リオは頭の中で助けを求めて響く懇願の叫びを振り切りながら、手元に取り出した神剣の柄を握り締める。
「……助けられないのなら、ボクが責任持って消滅させます」
これ以上の苦しみを与えないよう、一瞬で。
目の前で蠢く生物を見つめ、リオが苦しげな決意を滲ませる。
「でしたら、私が……っ」
「ルイス」
そして、リオにそんな思いはさせまいと、自ら討伐を名乗り出たルイスへと、リオは厳しい顔を向けていた。
「ボクは、臣下の手を汚させて、その上でお綺麗に命じているだけの王になるつもりはないよ?」
「ですが……っ!」
「……せめて、その痛みだけでも請け負いたいんだ」
救えないのであれば、その苦しみに寄り添って。
失った大切な命を忘れることがないように、痛みを胸に刻んでおきたいのだと語るリオに、ルイスは返す言葉を失う。
「リオ様……」
ぐっ、と神剣を握る手に力が込められて、生み出された神聖な光の刃をみつめてアリアははっと目を見張る。
(そうよ……!神剣……!)
"ゲーム"の中で、ヘイスティングズとバイロンは、ただ純粋に人々を恐怖に陥れるための破壊行為を尽くしていた。それが魔王復活のなにに繋がっていたのかはよくわからない。
そして、目の前で蠢く不気味な生物を、アリアも知らない。
ただ、もしかしたら、と思うのは。この生物は、アリアの知らないところでヘイスティングズが己の力を取り戻すために犠牲にした…、生命力と魔力だけを奪い取り、生きる化石となった人々の成れの果ての混合体なのではないか、という憶測だ。
だとしたならば。
(助けたい……!)
見えないところで人知れず犠牲になった人々を、知らなかった、気づかなかったなどという言葉で見捨てることなどできない。
神剣は、ただ強い魔力が込められた、ただの切れ味の鋭い剣などではない。
神剣の本来の姿は、魔を浄化し、討ち滅ぼすもの。
神剣が本来の力を得れば、もしかしたら、助けられるかもしれない。
本当に、僅かな希望だけれど。
けれど、可能性が少しでも残されているのなら。アリアはそこに賭けてみたい。
「リオ様……っ!」
痛々しそうな表情で、リオが意を決したように剣を振り上げるのに、アリアはひきつった叫び声を上げる。
「アリア!?」
「ダメです……っっ!!」
咄嗟に手を出したシオンの制止をすり抜けて、アリアはリオの前へと立ち塞がる。
「!アリアッ!?」
驚愕に目を見張り、けれどリオが勢いよく振り下ろした剣は止まらない。
背後で蠢く闇の生き物の盾になるかのように広げられた両手。
「………ぁ………っっ!!!」
声にならない悲鳴が上がり、身体を真っ二つに切り裂かれるような痛みが走った。
リオたちはまだ知らないことかもしれないが、神剣は、闇に生きる者以外には効果はない。
アリアへと振り下ろされた鋭い刃は、実際にアリアの身体を切り裂くようなことはなかったが、向けられた刃の痛みだけはそのままアリアの精神を襲う。
アリアの肩口から腹の辺りまで振り下ろされ、そのままそこへ留まって突き刺さったままの刃を見下ろし、リオが精神的な衝撃に大きく目を見張る。
「……だい、じょう、ぶ、です……」
剣に切られた痛みと自分の中心に突き刺さる感覚だけは本物で、そのあまりの痛みに脂汗が滲んでいく。
――痛い、痛い、辛い、苦しい。
それだけが頭の中を支配して、今すぐにでも気を失いたくなってくる。
それでも。
神剣が、アリアの中の光の魔力に感応して輝き、アリアの魔力を吸い上げるようにして剣に絡んでいくのを感じ取り、アリアはその反応の意味を察して動揺する。
(ダメ……ッ!)
「……アナタの主は、私じゃ、ない……っ」
神剣を、真の姿にする方法。
それは、いわば、剣と主との同化に他ならない。
剣をその身体に取り込むと、柄すらなくなり、己の身体から直接剣を生み出すことができるようになる。
まさか自分が選ばれるような器だとは思わなかったが、明らかに反応を見せ始めた剣にアリアは願う。
「……いい子、だから……っ」
"ゲーム"では、闘いの最中でリオが剣を手離してしまい、それをユーリが拾うことで真の姿を解放するキッカケとなる。「選ばれし者」しか使うことができないはずの神剣は、ユーリが手にしたことでも反応を示し、結果、誤ってリオを突き刺してしまう。
生み出されるはずのない光の刃が出現したことと、それがリオへと突き刺さってしまったことへの動揺に一同が言葉を失う中、ユーリの中の光の魔力が剣へと絡みながら、リオの中へと吸い込まれていくのだ。
ユーリが神剣を発動させられた理由は"ゲーム"内で語られていない。恐らく王家を凌ぐ光魔力の高さゆえなのだろうが、一言で説明するなら"主人公だから"だろう。
それなのに。
アリアにまで反応を見せる、その理由がわからない。
「……アナタの、主は……っ、別にっ、いる、から……っ」
アリアの身体からそのまま刃を引き抜くようにリオへと目だけで訴えながら、アリアは神剣へと語りかける。
「お願い……」
真の姿を取り戻して。闇の者の犠牲になりかけている罪なき人々を助けて。
それだけを祈りながら、自らも身体に埋まりかけている刃を引き抜いていく。
「アリアッ」
今にも気を失いそうな痛みの中で、自分の名を呼ぶ悲痛な低い声が聞こえた気がした。
このまま気力を失くして倒れても、その声の持ち主が傍にいてくれるならば大丈夫だろうと思えた。
「……リオ、さま……」
「ア、リア……」
苦痛に顔を歪めるアリアを愕然と見つめながら、アリアになされるままに、リオは剣の柄を握ったまま少しずつ光る刃を抜いていく。
「……神剣に、真の力を……っ」
最後の刃先部分を一気に引き抜き、酷い脱力感から後方へと倒れ込む。
「アリアッ!」
薄らぎかけた意識の中で、シオンがアリアの身体を抱き留めてくれたのがわかって、ほっと安堵の吐息をつく。
「……アリア……」
アリアの無事を確認するかのように、ぎゅっと力のこもったシオンの腕に抱き締められる。
意識は朦朧とするものの、実際アリアからは血の一滴も流れていない。けれど、大切な従妹を己の手にかけかけてしまったショックからか、リオの手から力が抜ける。
そうしてそのまま、神剣が重力のままに大地に転がり落ちる……、かと思ったその瞬間。剣自身が意思を持ったかのように反転し、そのままリオへとその刃を向けた。
「リオ様……っ!」
ルイスから危機迫った声が上がり、光輝く剣の切っ先がリオの中へと呑み込まれていく。
「………く……ぁ……っ」
容赦なく身体の中へと埋もれていく鋭い剣の感覚に、リオの顔が苦痛に歪む。
「リオ、さま……」
シオンの腕に抱き抱えられたまま、そんなリオの姿をうっすらと見つめながら、アリアは祈るようにその名を呼んでいた。
(お願い……っ)
助けを求めている人々を救いたい。
その苦痛から解放してあげたい。
平凡な幸せを取り戻してあげたい。
誰にも、生命を奪わせたりしない。
だから。
(助けて……!)
神剣へと、奇跡を求めて祈る。
どうか、願いが届きますように。
刀剣が全てその身に埋まり、リオの身体が一際輝いた。
目を開けていられないほどの輝きが少しずつ収束していき、リオの身体の輪郭に添って、仄かな光が立ち上る。
けれどその膨大な光が落ち着いて、腹部の一点だけがその輝きを主張するようになった時。
「……これは……?」
先程までの激痛から解放され、正気を取り戻したリオは、己の中から現れた新たな「神剣」に、呆然と手に在る輝きを見つめていた。
「……これが、本来の神剣の姿……?」
現実に常に存在するものではなく、主の意思によってその時々で形を変えて現れるもの。
主の願いを形に変える剣なのだとしたら、目の前の異形の生物を元の姿へと戻すことは可能だろうか。
「……ユーリ、は?」
激痛の衝撃から少しだけ回復し、シオンに支えられながらその場に立ち上がったアリアは、そういえばとユーリの存在を思い出す。
「ユーリ?」
ユーリがどうかしたのかと尋ね返すシオンの後ろで、ルーカスもまたなにかを考える風な不思議そうな顔をする。
人の形をした異様な生物と、そんな生物を取り込んだ異形の魔物。そんなもの、"ゲーム"では存在しなかった。
それでも、神剣に奇跡の力を与え、呑まれた人々を助けることができるとすれば。
ユーリが、自身の力で魔法を操れないことなど本人よりもアリアの方がよく知っている。
それでも。
ユーリの力が必要だと、アリアの中のなにかが叫ぶ。
と。
気づけば姿を消していたルーカスがすぐに現れ、
「アリア!?」
どうしたのっ?と、瞬間移動で転移してきたらしいユーリが、直後、頭を抱えていた。
「なに、これ……っ!」
どうやら、ユーリにも聞こえるらしい。
――クルシイ。タスケテ。オネガイ、どうか……。
今だ目の前の異形の生物からは、脳へと直接響く苦しみの声が届いている。
「……ユーリ。お願い」
雁字搦めに拘束された謎の魔物。
その声がソレから発せられているものだと気づいて顔を歪めたユーリへと、アリアは真摯な瞳を向ける。
「リオ様と、あの人たちを助けて」
人々の叫びに同調し、その痛みに蟀谷部分を手で覆いながら、ユーリの瞳がアリアと交錯する。
「リオ様の持つ神剣は、純粋に魔の力だけを浄化するはずのものだから」
じっとアリアへと向けられる双眸は、ただただ純粋にアリアの言葉を信じるためだけに存在していた。
「救える、かも、しれない」
助けたい、と。そう願い、祈るだけ。
ただひたすらに純粋なその想いが起こす奇跡を、アリアは知っている。
「……わかった」
しばし沈黙し、ユーリはただ頷いた。
どういうことだ、とも。どうやれば、とも。なにも聞くことはなく。
神剣を手に再び魔物に対峙したリオの傍に立つ。
「ユーリ」
君も来たんだね、と、もう今さら驚くこともなく、リオが優しくユーリに微笑む。
「オレは、アリアを信じてるから」
例え自分自身を信じることができなくても、アリアが自分を信じてくれるのならば、そのアリアが信じる自分を信じてみせる。
「……いくよ」
ほんの一欠片の可能性を信じて。
辺り一面を光り輝かせ、神剣が空を舞った。