mission9-1 王都を守れ!
闇の者の目的は、魔王を復活させること。
"ゲーム"の最終目的は、魔王復活を阻止すること。
つまり、"ゲーム"の中で魔王は復活していない。
魔王を復活させるにあたって、なにが必要とされるのかはわからない。ただ封印を解くだけならば、恐らく強い光魔法を使えば可能だろう。けれど、光と相反する位置にいる闇の者たちは光魔法を使えない。ならば、どのようにして魔王を復活させるのか。
バイロンの場合は、時と共に封印の力が弱くなっていた。もしかしたら、その主であるヘイスティングズにも同じことが言えるのかもしれない。
では、魔王は?
もし魔王の封印も弱くなりつつあるのだとしたら、"ゲーム"の時間軸で復活を阻止できたとしても、その後復活してしまう可能性があるのだろうか。
考えても、答えは出ない。
ただ、魔王復活の為、ヘイスティングズたちは王都に程近い街を襲っていた。人々の恐怖や絶望が、なによりも"糧"になるのだと言っていたような気がする。
この世の五大要素を象徴する五つの公爵家は、王宮を中心に、五芒星の形を取るように建てられている。
この"ゲーム"の中で、魔王は復活していない。
その為、魔王が何処に封印されているのかは謎のまま。
ただ、"ファン"の間で真しやかに囁かれていた話が二つ。
一つは、魔王が王宮の地下に封印されているのではないかという説と、二つ目は、"続編"を出す時のことを考えて、世界の敵である魔王復活の話を温存しているのではないかという憶測。
どちらも、可能性は高いように思う。
けれど、今は。
次に起こる可能性の高い、街への襲撃の犠牲を出さないことと、神剣を真の姿へすることが先決だ。
ヘイスティングズの忠臣だったバイロンはもういない。そのことが、アリアの知る話の流れを、どう狂わせるのか。
*****
パーティーも終わりに差し掛かる中、ソレは突然起こった。
「襲撃です……っ!!」
勢いよく扉が開かれ、切羽詰まった声が響く。
「空に無数の歪曲空間が出現し、魔物が次々と街中を襲っていますっ!!」
国家行事が行われているホール内には、国の上層部に位置する高官たちが揃っている。
その報告を耳にし、瞬時に緊急事態を察したリオは、新国王が判断を下すより前に会場内を振り返っていた。
「ルーカス師団長はどちらに!?」
「ここにいるよ」
こちらもすぐに状況を飲み込んだらしいルーカスがリオの前に進み出て、すでにリオから次に発せられる命令を察したように、試すような笑みを浮かべる。
「今すぐ、魔法師団を率いて応戦してください!」
「了解」
皇太子の命のままに、と頭を下げ、合格だとばかりの意味ありげな微笑みを残し、ルーカスは瞬時に姿を消す。
「公爵たちはっ」
「ここに」
ルーカスに続き、五大公爵家の当主たちが顔を揃え、リオへと丁寧な礼を取る。
「ウェントゥス公爵は情報収集を!」
「畏まりました」
「アクア公爵は住民たちの避難を!」
「すぐにでも完了させます」
イグニス、アーエール、ソルム、と各々的確な指示を飛ばして叫び、五大公爵家当主たちが足早に命じられた任務に向かう中、それを見送り、リオははっと顔を上げていた。
「……叔父上。……お祖父様」
出過ぎた真似を申し訳ありません。と頭を下げ、新国王と、そのすぐ傍に補佐のように控えていた前国王へと、全権を委ねるべく身を引こうとして。
「皇太子として、この一瞬でよくこれだけ適切な判断をした」
事態の把握のみでまだ思考回路が追い付いていない新国王に代わり、前国王の威厳ある言葉が響く。
「この先のこの場での指揮は任せて貰っていい」
自分も新国王を補佐すると頷く祖父は、やはり権威ある前国王としてとても頼りになるものだ。
それと同時に、その言葉が後は自由に動いていいという意味であるということを理解して、リオは神妙な面持ちで小さく頷くと、己の側近へと顔を向けていた。
「ルイス!最前線に状況を確認しに行く!」
「畏まりました」
ルイスが恭しく頭を下げるや否やその肩に手を置いて、リオはルイスを連れて瞬間移動で姿を消す。
「アリア」
広いホール内へと混乱が広がって、動揺とざわめきが大きくなる。
それを新国王が前国王の指示を受けながら事態を収めようと動き始める中、すぐ傍で低い声に呼ばれ、アリアはシオンの方へと振り返っていた。
「行くぞ」
さも当たり前のように手を差し出され、アリアは驚きに目を見張る。
「どうせ止めても行くんだろう?」
「シオン……」
嘆息混じりに全てをわかっているかのような瞳を向けられて、アリアはその手を取りながらじんわりとした喜びが胸を満たしていくのを感じていた。
行くんじゃない、と言われる気がしていた。
普通はそれが当然の反応で、きっと止めることが正しいのだろうと思う。
でも、アリアは大人しく安全な場所で待っているつもりなどないから、またシオンを怒らせてしまう覚悟もしていた。
それなのに。
「……ありがとう」
認めて貰えたことが嬉しかった。
一緒に行くことを選んでくれたことが、心配で置いていかれることよりも遥かに嬉しい。
「……アリアちゃんっ」
そこへ、なにかを察したらしい母親が慌てたようにやってきて、いつか見た光景と同じだな、と、変な風に感動してしまう。
「……お母様」
普通の令嬢は戦地に自ら赴くなどという愚行を犯したりしない。
安全な場所にいて、震えながら大切な人の無事を祈っているのが普通の令嬢だ。
けれど、アリアは、ただ守られるだけの存在でいたくない。
自らも剣を持ち、大切な人を守りたい。
例えそれが、迷惑だ、と言われても。
「……いってらっしゃい」
婚約者の手を取って、揺らぎない意志のこもった瞳を向けてくるアリアへと、母は緩やかな微笑みを浮かべる。
「ただ、少しでも危険を感じたら無理をしないこと。それだけは約束してね?」
このまま娘の背中を押すことが正しいことかと言われれば、それは世間一般的には謝った選択かもしれない。
それでも娘の決意を認めたのは、目の前の二人の姿になにか特別な"絆"のようなものを感じたからかもしれない。
「必ず、守ります」
「!シオン」
母親の説得と安心の為とはいえ、アリアの肩を抱いて真っ直ぐ宣誓したシオンの方へとアリアは驚いたように振り返る。
「行くぞ」
促され、共に外へと駆け出す後ろ姿。
走り難いヒールの靴をあっさりと脱ぎ捨てて消えていく娘の後ろ姿を見送って、母の「気をつけて」という心からの祈りの声が響いて消えた。