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小話 ~Yell~

 何処かへ戻っていったリスのような小動物を見送って、リリアンはシオンの近くに腰を下ろしていた。

 可愛らしいオレンジ色のドレスがふわりと舞い、リリアンはシャーロットとセオドアと会話を弾ませているアリアをみつめる。

「……あのペンダント、シオン様からですか?」

 式で会った時には確かにしていなかったはずの、アリアの胸元で輝く蒼い宝石(いし)

 それを何処で、と思えば俄には信じがたい推測が頭を過って、リリアンはそれを確認するかのようにシオンを見る。

 どんな回答が返ってくるのだろうかとじっとシオンを見つめていれば、無言のまま湖の向こうを眺めているシオンの姿に、リリアンは大きな溜め息をついていた。

「……シオン様、変わられましたね」

 否定の言葉を口にしない無言(それ)は、肯定を意味している。

 婚約者とはいえ、シオンが自らの意思で女性になにかを贈るという行為そのものがリリアンには信じ難く、ぽつりと諦めにも似た呟きが漏らされる。

「……私が知っているシオン様は、世の中全てに冷めている()をしていて、その全てに興味がなくて」

 それは、アリアと出逢った頃のシオン。

「婚約だって、どうせ政略的なものだと気にしたりしなくて。婚約したからって、誰かに心を明け渡すなんてことはなくて」

 それは、アリア(・・・)も知る、ユーリと再会する前までの本来の(・・・)シオンの姿。

「例え誰かと婚約したとしても、"心"が誰かに傾かなければ、誰のものにもならなければ、それでいいと思ってました」

 自分のものになることがないのであれば、せめて誰のものにもならないで欲しい。それは、シオンに恋をした時からのリリアンの願いで、シオンをずっと見つめてきた限り、叶わない願いではなかったはずのもの。

 いつも酷く冷めた目をしていたシオンが"誰か"に心を傾けることがあるなど、想像もしていなかった。

 それなのに。

「……アリア様でなければダメですか?」

 アクア家の令嬢と婚約し、その婚約者と共に時々顔を合わせる機会が増えたこの四年間。

 会う度に、シオンが少しずつ変わっていくのを感じていた。

 鋭い瞳はそのままだけれど、なにも映すことのなかった冷めた瞳に、仄かな色が見えるようになって。

 傍若無人な態度は変わらないながら、冷たい雰囲気(オーラ)がほんの少しだけ溶けていった。

 絶対に変わることなどないと思っていた絶対零度の氷を溶かしていったのは"なに"が原因かと思えば、辿り着くのは気づきたくない結論で。

 切な気な瞳を向けるリリアンへと、シオンは小さな嘆息を漏らしていた。

「……どうだろうな」

 視線は水面の輝きに固定しながら、シオンは静かに口を開く。

「そういう考え方をしたことがないんだ」

 あの少女(・・・・)を、そういう一般的な物差しで計ったことはない。計れるとも、思っていない。

 少女は、それほど特殊(・・)特別(・・)で、計りきれない存在だ。

「……ただ、アイツが……、"誰か"に泣かされるのは許せない」

 泣かせていいのは自分だけだと思うことは。傷をつけていいのは自分だけだと思うことは、むしろ正常な思考回路とは思えない。

 それでも、微笑(わら)っていて欲しいと思う。

 気づいてしまえば、もう元には戻れない。

 一度認めてしまえば、そこに残されたものは恐ろしいほどの独占欲だ。

 すでにもう、シオンは隠すつもりも手離すつもりもない。

「……それって、ものすごくアリア様を"愛してる"って聞こえますけど」

 泣きそうに揺らめく瞳で無理矢理作ったリリアンの笑顔に返された無言の溜め息は「肯定」の意以外示さない。

 そこまではっきりと自分の意思を示されてしまえばもはやリリアンも認めることしかできなくて、今にも溢れ落ちそうな涙を耐えるように光輝く湖面を見つめる。

「……せいぜい頑張ってください」

 せめてこれくらいの強気発言、許されるだろう。

 なぜか恋愛事など自分とは無縁だと思っている節のあるアリアは"強敵"だ。

 他の令嬢たちに当てはまる常識が一切通じない。

 だからこそシオンの心を奪えたのかと思えば、悔しさよりも片恋相手のシオンへの同情の方が上回ってしまう気がする。

 随分と面倒な相手を選んでしまったのだなと思う。

「万が一振られた時には胸くらい貸してあげますからっ」

 それでも。

 なぜか二人が並ぶ未来(すがた)しか想い描けなくて。

 自分の初恋は実らない。

 それを思い知らされて、リリアンは胸元をぎゅぅっ、と握り締めていた。

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