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mission8-4 奪還せよ!

「気づかれないように潜入するのに骨を折った」

 おかげで遅くなったと謝罪しながら、ルーカスは光の魔法陣へと魔力(ちから)を込める。

 なにを、どうしたらここに?と、二人の姿を前に至極単純な疑問が浮かぶが、今は再会の喜びに浸っている場合ではない。

「……くるよ」

 低く呟き、ルーカスはバイロンへと対峙する。

 ぐぁぁっ!と苦しげに歯を喰い縛り、自力で光の檻から抜け出したバイロンは、目を血走らせながら突然現れたルーカスを睨み付けていた。

「アリア!ユーリ!お祖父様を頼んだ!」

 掌に小さな魔方陣を生み出しながらバイロンの様子を伺うルーカスの姿を捉えながら、リオがルーカスに託された血だらけの祖父を、さらにアリアとユーリへ預け直す。

「……はいっ!」

 ユーリに聞きたいことは山ほどあるが、今は全て後回しだ。

 アリアが大きく頷き返して見るも無惨になった祖父の横へと膝を下ろすと、リオはそれを確認してからシオンとルイスが繰り広げている激闘へと身を転じていた。

 すぐにセオドアがルーカスの援護に回り、ルークもまたリオの後に続く。

 それを視界の端に捉えながら、アリアは最大限の回復魔法を血濡れた祖父へと施していた。

「……お祖父様……」

 なんでこんな……、と、悲痛な表情で苦しみの声を洩らす。

 回復魔法をかけたところで、失った腕まで戻るわけではない。

 せめて切断された腕が残っていれば元に戻すことは可能だったかもしれないが、ヘイスティングズの腹の中へと収められてしまった後ともなれば、それは不可能なことだった。

 いくら回復魔法が得意の分野だったとしても、アリアにできることといえば、せいぜい止血することと、少しでも痛みを和らげて体力回復に勤めるくらいのことだった。

「……私は、お前たちもろともここを封印しようとした」

 アリアの回復魔法を受けながら、懺悔とも取れる告白をして、国王は目蓋を落とす。

 決してアリアと目を合わせないその動きは、例え少しだけでも後ろめたさを感じているからだろうか。

「……それは、国の、民の平和を思ってのことでしょう?」

 極少数の捧げ物(生け贄)と引き換えに、強大な国を守ろうとしたこと。

 その選択肢を決断したことは、確かにアリアたちにとっては残酷なことかもしれないが、力なき多くの人々からすれば"英断"なのかもしれない。

「……もし、お前たちが同じ立場なら、同じ選択をしたか?」

「……それは……」

 目を閉じたまま静かに口にされる問いかけに、アリアは唇を噛み締める。

 命と命を天秤にかけること。その苦渋の決断を迫られるのが"王"の役目なのだとしたら、アリアにはとても背負えるものではない。

 全員(みんな)、助けたいと願うこと。

 それがどんな子供じみた我が儘だとしても、アリアは諦めたくはない。

 だから。

「もう、喋らないでください……っ」

 いくら自身で多少の止血をしていたとはいえ、血も体力も失いすぎた身体は、すでに土気色になって、顔は真っ青に染まりつつある。

 回復魔法が、間に合わない。

 少しでも体力を温存して欲しいと悲痛な願いを口にするが、それが祖父に届いているかはわからない。

(リオ様……っ!)

 これ以上の急速な高度回復魔法はリオでないと施せない。

 せめて体力だけでもと、手持ちの体力回復薬(HPポーション)を飲ませてみたものの、失われた血液だけは戻らない。

 チラリとリオの方へと視線を投げれば、そこには死闘を繰り広げる各々の姿があって、とても助けて欲しいと声を上げられるような状況などではなかった。

「……私は、元々魔力はそれほど高くはないんだよ」

 大きく胸から息を吐き、溜め息のようにポツリとそう言葉を洩らして国王は告白を続ける。

「年老いても魔力は衰えない、などということはない」

 それでも才能と技術はあった為、今までなんとか誤魔化しながら足りない部分を補ってきただけで、本来そこまでの"器"はないのだと国王は自嘲する。

「……私は、もう限界だ」

「お祖父様……?」

「……アレ(・・)の才能は私も認めている」

 とても静かに。段々と緩やかになっていく祖父の語らいに、アリアの瞳に涙が浮かんでいく。

アレ(・・)が王となり、お前が妃になるというのなら、善く国を治めることができるだろう」

「……っ」

 ふぅ……っ、と一際大きく息を吐き、誘われるままに眠りにつこうとする祖父の姿に、アリアは左右に首を振る。

「お祖父様……っ!」

 ――命の灯火が、消えかかっていた。

 この祖父を、憎いと思ったことがある。

 それは、つい最近の出来事で、とても許せるものではない。

 けれど、いっそいなくなって欲しいとまで思っていたわけではない。

 つい最近まで確かに向けられていた愛情は、純粋に祖父から愛孫へと向けられていたものだったと思いたい。

「ダメです……っ!お祖父様っっ!」

 これ以上は、と思いながら、アリアは回復魔法を注ぎ込む。

 と……。

 ぶわぁぁぁっ!と、アリアの中の光魔法が増幅し、髪が空へとたなびいて、全身がキラキラとした輝きに包まれる。

 そんな、奇跡のようなことができるとすれば。

「……ユーリ!?」

 アリアを宥めようとしていたのか、アリアの肩へと置かれたユーリの手から膨大な魔力がアリアの組み上げた回復魔法へと絡んでいく。

 神々しいほどの輝きは、失われたはずの腕の形を構築し、目を開けていられないほどの眩い光が落ち着いたその時には。

 顔に赤身が差した祖父の肩口に、両腕が、戻っていた。

「……ユーリ……」

 二度目の"奇跡"に不思議そうに己を見つめているユーリに、今にも泣き出しそうなアリアの瞳が向けられる。

 規則正しい呼吸に胸元を上下させながら眠っている祖父の姿を見下ろして、急速に身体から力が抜けていった。

「……さすがユーリね」

「……オレ?」

「そうよ?」

 どうやら自覚していないらしいユーリの大きな瞳に、くすりという小さな笑みが溢れてしまう。

 ユーリの無事と、その奇跡の力に、思わず抱きつきたくなって。

「アリアッ」

 不意に届いた低い声に、アリアは激闘の繰り広げられている方向へと振り返っていた。

「!」

 振り返ったアリアの瞳に飛び込んできたのは、ルーカスのそれと似た、床へと刻まれた五芒星の魔方陣。

 どうやらヘイスティングズの攻撃を躱しながら、その合間を縫って直接床へと描き込まれたらしい魔方陣が、薄い光を放っている。

 そして、その中央には、ヘイスティングズの姿。

 シオンがその魔方陣へと魔力(ちから)を注ぎ込んだのがわかって、アリアは自分が呼ばれた理由を理解して立ち上がる。

 立ち上がり、祈るように手を組むと、額へと意識を集中させる。

 光放つ魔方陣へと、アリアも光の力を込めようとして。それと同時になにかを思ったらしいユーリがアリアの肩へと手を置いた。

 刹那。


 ヘイスティングズの足元から、光の洪水が溢れ出た。


「……くぁぁぁ……っ!」

 闇に生きる者が苦手とする光魔法を全身に浴び、ヘイスティングズが苦痛の声を上げる。

 だが、カッ!と目を見開くと、力ずくで全身の光を押し退けようと、両手両足を突っぱねる。

(させない……っ!)

 リオたちもまた魔方陣へと魔力を注ぎ、アリアは力の限りの光魔法を放出させる。

「!ヘイスティングズ様……っ!」

 ルーカスの攻撃に応戦しながら、主の異常に気づいたらしいバイロンの瞳に動揺の色が浮かぶ。

「……こっ、の程度で……っ!」

 闇と光の、相反する属性同士の激しい押し合いが続き。

「!シオンッ!!」

 攻防の隙を突き、バイロンが黒い蛇のような闇魔法を放ったことに気づいて、アリアは差し迫った声を上げる。

「……っう……っ!」

「シオン……ッ!」

 己へと迫った闇の力に気づいて身を退くも、一瞬遅く、シオンの左腕から鮮血が迸る。

「……大丈夫だっ」

 少しだけ顔を歪めながらよろめいたシオンは、確かに命に別状はなさそうだったが、ほんの一瞬シオンの集中力が切れたことにより、シオンが中心となって築いていた魔方陣へと綻びが入っていた。

「……く……っ、あぁ……っ!」

 ヘイスティングズの全身から迸る黒い闇の力により、溢れていた光が弾け飛ぶ。

「シオンッ」

「来るな!」

 だらりと力の抜けた腕をもう片方の手で押さえながら、怪我を治そうと駆け寄りかけたアリアへと制止の声が上げられる。

「ユーリッ、王とアリアから目を離すな!」

 苦痛の表情を浮かべながら叫ばれる命令に、ユーリはコクリと大きく頷くと、アリアの腕を取っていた。

「アリアはこっちね」

「ユーリ……」

 眠る祖父の隣まで引き戻されて、ユーリに柔らかく微笑まれてしまえば、アリアは従うより他はない。

「……シオン……」

 不安気に揺らめく瞳をシオンへ向ければ、自分自身へと回復魔法をかけたらしいシオンが、治した腕の感覚を確かめるように手を開いたり閉じたりを繰り返していた。

「……雑魚のくせに……」

 よくもやってくれたな、と、ギラギラした恨めしげな双眸で辺りを見回し、ヘイスティングズは満身創痍の身体をふらつかせる。

「……バイロン」

「はい」

 名を呼ばれ、ルーカスの攻撃を弾き返しながらも、バイロンは己の仕える主へとちらりと目を向ける。

「お前の生命力(ちから)を寄越せ」

 ギラつく瞳で口内へと唾液の糸を垂らしながら、忠実な(しもべ)へと癇癪じみた声色で下した命令は、一体なにを意味するのか。

「……仰せのままに」

 深々と礼を取ったバイロンが、主の元へと瞬間移動を果たした直後。

 かぱっ、とヘイスティングズの口が大きく開き。

「……っ!?」

 小さな穴を開けられた風船が少しずつ空気を放出していくかのようにバイロンの身体が縮んでいき、中身(・・)がヘイスティングズの口へと吸い込まれていく。

「……自分の……っ、部下を……っ!?」

 引きつったその声は、セオドアのものかルークのものか。

 水分を失い、ミイラのようになっていくバイロンの姿から目が離せずに、アリアは口を手で塞ぐ。

(……う……そ……)

 こんな展開(・・)を、アリアは知らない(・・・・)

 "ゲーム"の最後まで、主人公(ユーリ)の前へと立ち塞がるのはヘイスティングズとバイロンの二人だった。

 音が鳴っているわけではないが、音を当てるとすればボリボリと己の忠臣を喰らっていくヘイスティングズを、ただ茫然と見つめてしまう。

 本来であれば、"主人公(ユーリ)"が魔力を貪り尽くされる"18禁イベント"だ。それの、代用とでもいうのだろうか。

「……は……ぁ……っ」

 その全てを喰らい尽くし、口許を拭ったヘイスティングズがニタァァ、と不気味な笑みを浮かべて、その場へと緊張の糸が戻る。

「……ぜんっぜん満たされないねぇ……」

 直後、ギラギラと獣の瞳を光らせるヘイスティングズに、全員が戦闘態勢に入って身構えていた。

「……この怨みは近々何倍にもして返してやる」

 だが、ヘイスティングズは全身から憎悪のオーラを放ちながら、ギリリと唇を噛み締める。

 もしこれが生身の人間であったなら、その口の端から赤い血が流れ落ちていったに違いない。

「……その時は、殺して欲しいと懇願するほどの地獄を見せてやる」

 バッ!と手を払い、その直後、黒い(もや)のようなものが現れる。

「なんだ……っ!?」

 予想外の攻撃に目を見張り、次に備えて全員が緊張と共に身構える中。

 (もや)がうっすらと晴れた頃には、そこからヘイスティングズの姿が消えていた。

「……どうする?」

 ヘイスティングズの逃走を一番に覚り、ルーカスが伺いを立てるように王族であるリオを見遣る。

この空間(・・・・)は特殊だから、空間内でしか瞬間移動が使えない」

 それは魔族にとっても同じだから、追うなら今だと告げるルーカスに、リオの瞳が判断に迷うようにさざ波を立てる。

 逃げたということは、部下を吸収してさえ重傷を負っているということだ。

 このままでは負ける(・・・)、と、そう判断したからに他ならない。

 叩くのならば、今を置いて他はない。

 けれど。

「……手負いの獣ほど怖いものもないけれどね」

 判断材料の一つとして、ルーカスがぼそりと苦笑する。

 こちらとて、万全とはほど遠い状態だ。

 討ち取ることはできるかもしれないが、その為にどんな代償を払わされることになるかはわからない。

 ――最も、ここで追跡を止めたとしても、同じことが言えるのかもしれないが。

 疲弊しきった面々を見渡して、リオはぐっと拳を握り締める。

 全ての責任と重圧がその肩に乗った、次期皇太子(・・・・・)としての決断の時だった。

「……君たちを、これ以上危険な目には……」

「全ての責任は私が負う」

 そうして、リオが苦渋の決断をしかけた時だった。

「!お祖父様!?」

 いつ意識が戻ったのか、よろめきながら立ち上がった国王へと、全員の視線が向く。

未だ(・・)、今の王は私だ」

 有無を言わせない強い声色は、どこか意味深な別の意図を含ませる。

「全責任は私が負う」

 王としての威厳を放ち、最高責任者(・・・・・)としての命を下す。

「全員、一度王宮へ戻れ」

「……お祖父様……」

 告げられたその言葉にリオは大きく目を見張り、それから「畏まりました」と頭を下げていた。

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