mission8-2 奪還せよ!
やっぱりシオンは"天才"だ。
"ゲーム"の中でも、対象者が誰であれ、最終的にはユーリの居場所は突き止められる。
だから、そこに、いくつかの"ヒント"を投げ込んでやれば。
すぐに答えは導き出される。
シオンが読書をする姿は"ゲーム"内でも印象的で。
単純に趣味ということもあるだろう。
だが、それがただ純粋に知識を吸収するためだけのものではなかったことを、今回思い知らされた。
シオンは、あらゆる古代文献や国内の地理情報なども頭に入れていたのだ。
アリアから聞き出した情報を元に、いくつか思い当たる場所をピックアップしたらしいシオンは、そこを選別した最もらしい言い訳を口にしながら先を続けた。
――「アイツは今も、アレを持っているはずだ」
それは、始まりの事件の際に、アリアがユーリに護身用にと渡したもの。
小振りの短剣には、魔力が込められている。そして、僅かなその魔力の波動を追えば、ユーリの居場所へと辿り着く。
と、簡単には言っても、魔力の波動を感知するなど、アリアにできようはずもない。
それは、アリアがユーリの居場所を断言するための理由作りに他ならない。
そうしてリオと共にシオンが示した場所を瞬間移動で順々に確認していると。
いくつめかの場所で、アリアの記憶に引っ掛かる光景が広がっていた。
「……もうオレは、なにも驚かないことに決めました……」
滝の奥に隠れた大きな岩の扉。
五芒星の形に開かれると思われる巨大な入り口を前にして、若干口元を引きつらせながらルークはそれを見上げていた。
「……どうやってこの中に入るんですか?」
固く閉ざされた岩の扉を見つめ、リオの瞬間移動で連れられてきたセオドアがカチャリとメガネを押し上げる。
「こういった遺跡は大体強い光の魔力を感知して開く仕組みになっているみたいだから……」
アリアでも開けられるんじゃないかな?とチラリとアリアを見ながら口にして、リオはその中央へと手を翳す。
すると。
ゴゴゴゴ……、という重い音が足元まで響き、ぽっかりと暗い空間が広がっていた。
「ユーリが心配だ。急ごう」
迷っている時間はない。
一同緊張の面持ちで頷いて、先の見えない暗闇へと足を踏み入れていた。
*****
ユーリの姿がないことに気づき、慌ててその気配を探り始めて間もなくのこと。
「……どうやら、鼠が潜り込んだようですが」
不愉快そうに眉を潜め、"なにか"を察したらしいバイロンが低く呟いた。
「しつこいヤツらだね」
よほど鼻がいいヤツがいるのか、嗅ぎ付けるのが随分早いと、ヘイスティングズは鬱陶しそうに舌打ちする。
「部下は使えない。小ウサギには逃げられる。ぼくは非常に機嫌が悪いんだけど?」
「申し開きもありません」
苛立たしそうに顔を歪める幼い主人へと、バイロンは恭しく頭を下げて謝罪する。
「……まぁ、いいか」
まるで我が儘を並べ立てる子供のような雰囲気から一変し、ヘイスティングズは赤い舌先を覗かせると獲物を見つけた肉食獣を思わせる仕草で舌舐りする。
「ストレス発散、させて貰おうか?」
先ほど無謀にも刃を向けてきた面々を思い出し、金と黒の瞳がギラリと光る。
バイロンの怪我も治り、自分は目覚めたばかりで力半分。できればエネルギー補給もしたいところだった。
体勢さえ整えば、返り討ちなど簡単だ。
――彼らはどれも美味しそうだ。
「どう料理してやろうか?」
酷く愉しげに口元を歪め、ヘイスティングズは残忍な瞳を細めていた。
「ぼくはねぇ、今、非常に機嫌が悪いんだ」
広い石畳の空間で、堂々と侵入者を待ち受けていたヘイスティングズは、いっそ優雅にも見える仕草で頬を指先で触れると冷たく微笑んだ。
いっそバイロンに命じて闇討ちでも仕掛けてやろうかとも思ったが、久々の目覚めで腕が鈍っていることもあり、腕ならしも含めてそこで待つことを決めたのだ。
まだ力半分とはいえ、全員でかかってバイロンといい勝負をしている程度の実力で自分に向かってくるなど、無謀にも程がある。
口元に浮かぶ微笑みは、完全に侵入者たちを下に見ている余裕からくるものだった。
「……ユーリをどこへやった」
そう低く問いかけるシオンの刺すような視線を受けながら、ヘイスティングズはコトリと首を横に傾ける。
「"ユーリ"?」
まるでなにも知らない無垢な子供のように目を丸くして、ヘイスティングズは「あぁ、あの子ウサギか」と思い出したように口を開く。
「それがびっくりなことに逃げられちゃったんだよね」
「……」
事も無げに告げ、やれやれと大袈裟なほど大きく肩を落とすその言葉を信じていいものか。
「だから君たちを逃すつもりはないんだ」
けれど、次の瞬間、獲物を捉えたギロリとした瞳を向けてきたヘイスティングズのその言葉が、開戦の合図だった。
あはははは……っ!と、耳障りにも思える甲高い声色で酷く嬉しそうに嗤いながら、ヘイスティングズは右へ左へと攻撃魔法を展開する。
時にはそれを避け、時には弾き返しながら、アリアたちは完全に防戦一方の闘いとなっていた。
そして、そんな主の闘いを、バイロンは遠く後方から眺めているだけだった。
「そんなんでぼくに歯向かおうなんて、ぼくも随分と舐められたものだよねぇっ!」
嗤いすぎて唇の端から溢れた涎を舌で舐め取りながら、ヘイスティングズは大きく腕を凪払う。
その瞬間、黒い風が吹き荒れて、アリアは光の防御壁を構成させていた。
「アリアッ」
「……さすがだな」
驚いたように振り向きながらも「助かった」と息を吐き出すセオドアと、不敵な笑みを返してきたシオンの言葉に、いい意味で少しだけ緊張感が溶けていく。
攻撃魔法は苦手でも、闘えないわけじゃない。
足手まといになどなったりしない。
ただ守られるだけの"お姫様"でいることなど願い下げだ。
「アリア」
「はいっ」
横に立ったリオからこれ以上ないピリリとした声色で名前を呼ばれ、アリアは身を引き締める。
「防御は任せてもいいかな?」
「……はい!」
アリアの方へと顔を向けることもなく寄せられた信頼に、アリアが大きく頷くと。
「……いくよ」
ぶんっ、と手の中へと神剣を生み出して、リオが大きく地を蹴った。
眩い光を放つ武器を目にして、さすがに少しだけ怯んだ様子を見せたヘイスティングズに、リオは大きく剣を振るう。
ガキィィィン……ッ!
と。
金属同士がぶつかり合うような音が響き、リオが振り下ろした神剣を、ヘイスティングズの曲げられた片腕が、正面から受け止めていた。
「なん……っ?」
バイロンの片腕を切り落としたほどの刃だ。
それを完全に止められて、リオの瞳へと動揺が走る。
「本来の力を取り戻していない神剣なんて、ちょっと痛いくらいだよ」
「な……っ!」
そのまま神剣を押し戻し、後方へと飛び退いたヘイスティングズの姿を目で追いながら、その場にいた面々の瞳が驚愕に見開かれる。
(……そうだ……っ!)
知っていたのに。
"ゲーム"の中でユーリを奪還するmissionは、二人の隙を突いてユーリを連れ出し、追撃をなんとか躱しながら逃れるというもので、本当に"奪還"が目的でこんな風にヘイスティングズたちと闘う場面はなかった為に、本気で失念していた。
――神剣は、まだ完成形ではないことを。
けれど今、神剣を完全体にしている時間はない。
それでも。例え神剣が未熟なものでも、ヘイスティングズもまた完全体にはほど遠いはずなのだ。
"ゲーム"よりも、遥かにリオもシオンもみんな強い。
こんなところで負けるはずがないのだと、アリアは強く信じている。
「!……ヘイスティングズ様」
そこへ、"なにか"に気づいたらしいバイロンが主の名を呼び、意味深な視線を交わす。
嫌な、予感がした。
酷く冷たい汗が背中を伝い、ざわりとした悪寒に襲われる。
そして、バイロンの姿が虚空へ掻き消え、しばらくして再びその姿を現したその時には。
「……お祖父様……っ!?」
腹部を赤く染め、首元にバイロンの長い爪の刃を突き付けられた、国王の姿があった。