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お茶会 ~セオドア・ヒューズ~

 ――セーレーン病。

 何日か微熱が続き、その後は(いざな)われたように眠り続けて命を落とすことから、セーレーンに惑わされたようだということで名付けられた病。

 発症してから20日以内にほとんどの者が命を落とすことから、俗に二十日病とも呼ばれている。

 王国の歴史によれば、20~30年の周期で流行している傾向が見られる。


 あれから一週間。

 自宅の書斎と王立図書館へと通いつめ、アリアは病に関する一つの仮説を立てていた。

(前回流行したのは、もう32年も前――)

 発症すれば他の者にも感染し、死に至る病。

「流行り病」と言っていた、国内で平民貴族関係なく広まったもの。

 その情報をヒントに、当てはまりそうな病をいくつかピックアップした結果、アリアが一番可能性がありそうだと判断した病がそれだった。

(可能性は、高い、と思う……)

 歴史上、何度か人々を恐怖へと陥れてきた感染病。

 その病がこの数十年報告されていない。

(まだ詳細まではわからないけど……)

 この数日でわかったのはここまでだ。

 早くしなければと、どうしても気ばかりが(はや)ってしまう。

(病そのものと治療法。誰か、詳しい人は……)

「アリア、俺の話、聞いてるか?」

「……えっ……?」

 不意に思考を遮ったその声に、アリアは驚いたように顔を上げる。

(そうだった……!セオドアが来ていたんだった……!)

 ティーセットの並べられたテーブルの対角線上。そこには、仕方ないなと苦笑を洩らす幼馴染みの柔和な顔があった。

 麗らかな陽射しに包まれて、庭園で二人だけのお茶会。

 互いの親同士が親友同士の為、アリアもセオドアも、よくこうして親に連れられて双方の家へと遊びに来る機会が多かった。

(……やっぱり素敵だなぁ、セオドアも)

 現実へと引き戻され、アリアは改めてその優しげな顔をしげしげと観察する。

 あちらの世界で言えば、クラス委員長風の優等生。顔よし性格よし運動神経よしの三拍子揃い踏みだ。

 アリアの一推しは王道ルートのシオンだったけれど、正統派キャラのセオドアだって、それに優るとも劣らない魅力を持っていた。

「だから、顔合わせ。どうだった、って」

 聞いてなかっただろ?

 と、呆れたように嘆息し、けれどその声色はとても優しい。

 ティーカップを片手にしたその姿がとても絵になって、アリアは思わず嬉しそうな微笑みを洩らしていた。

「そういえばセオドアは、シオンとは顔見知りだったっけ」

 アリアはシオンとは初対面だったが、爵位ある良家の子息たちはなにかと顔を合わせる機会がある。

 だから思い出してそう問えば、

「まぁな……」

 セオドアはどこか苦々しげな表情をその顔へ浮かべていた。

 同じ公爵家の子息で同級生ということで、なにかと比較されることがあるのだろう。

 天才肌のシオンと、努力型優等生のセオドア。

 人望で言えばセオドアに軍配があるだろう。だが、冷めた性格をしているシオンが何事にも動じないのがセオドアに一種の苛立ちを与えているのだろうと思う。

(私からすれば、二人とも充分すごいのだけれど)

 そうしてティーカップを傾けながら幼馴染みの整った顔を見れば、

「剣技場で会ったりいろいろな」

 セオドアは肩を竦めて小さく苦笑いを洩らしていた。

 ちょっと気にくわないんだよな、と、そう言いたげにしかめられた眉根に、アリアは"ゲーム"内での二人の関係を思い出す。

(……まぁ、二人は主人公を巡ってもライバルだったけど)

 当初はノーマルだったセオドアだが、途中転入の主人公を気遣い、その世話焼きの性格から主人公をよく気にかけるようになったのが事の始まり。ふと気づくとシオンが主人公のことを気に留めている様子がわかってますます主人公から目が離せなくなってしまう。

 そうしていつしか主人公に惹かれている自分の気持ちを自覚できないまま、シオンが主人公を構う構図を見れば、気づけば二人の間を引き離しにかかっている、という流れなのだ。

(最初のあの、エッチがいいの……!)

 思い出し、アリアは心の中で拳を握り、一人ガッツポーズを作る。

 基本的に優しいセオドア。けれど、その最初だけは、シオンへの嫉妬からやや強引にコトを進めてしまう。もちろん途中で我に返って優しく主人公を慰めるのだけれど、「いっそあのままでよかったのに!」というのが、ファンの間での正直な感想だった。

 普段優しいからこそのエッチでのギャップ萌え。とっても見てたい。

 けれど。

(セオドア、ごめん……!)

 あくまで顔は平常心を装ったまま、アリアは心の中で手を合わせてセオドアへと謝罪する。

 幼馴染みとして応援してあげたいのは山々だけれども。

(……私、シオン×主人公派なの……!)

 主人公を巡っての、この二人のバチバチは堪らない。

 これをおかずにお茶碗三杯いけちゃいます!

(やっぱり浮気は許されないわよね……?)

 悲しいかなこの"ゲーム"、ハーレムエンドは存在しなかった。

 最後はきちんと一人に向き合って、誠実にハッピーエンドを迎えるのだ。

「……そーいうセオドアこそどうなの?」

 自分のことはさておいて、アリアはふと思い出したかのようにセオドアへと問いかける。

 今現在、セオドアは誰とも婚約していない。

 けれどこんな優良物件、世の令嬢たちが放っておくはずもない。

 是非うちの娘をと、山ほどの申し入れがあるはずだ。

「さぁな」

 対し、セオドアは溜め息をついてやれやれと否定する。

 恋愛に興味がないのか、どうせ自分に拒否権のない政略結婚だと理解している為か。

(ゲーム中ではいた気がしたけど……)

 セオドアルートのライバルは基本的にシオンの為か、セオドアに婚約者などの影が出てきた記憶があまりない。そもそもBL要素満載の為、全てのルートにおいて、よくある乙女ゲームに出てくるような悪役令嬢的存在が必要とされていないのだ。

(……あれ……?そういえば、リオにも婚約者がいなかったような気がするけど……)

 婚約者といえば、リオにもゲーム開始時点で婚約者がいなかったとふと思う。

 リオほどの立場であれば、婚約者がいて当然のはずなのに。

(……そうそう、確かルートの後半で、婚約者を選ばなくちゃいけないような話があったような……?)

 そこでアリアは「あれ?」とその違和感に首を捻る。

(そうだ――)

 今、この時点では、リオにはきちんとした婚約者が存在する。

 アーエール公爵家の一人娘で、リオの側近、ルイス・ベイリーの妹だ。

 否、妹がリオの婚約者になったからこそ、ルイスがリオの側近になったとも言える。

 ――今いる婚約者が、三年後にはいなくなっている。

 それはつまり、どういうことか――。

(流行り病――!)

 ぼんやりとしていた事象が繋がって、一気に靄が晴れていくような感覚に襲われる。

 婚約解消、という線もあることにはあるだろう。

 皇太子になり、結婚相手を改める為に白紙に戻したということも。

 けれど、ルイスの家は五大公爵家の中でも格式高い家柄だ。アーエール公爵家の令嬢ならば将来の王妃として血筋も全く申し分ないはずだ。

(それに、ルイスだって側近のままだった……)

 婚約解消した令嬢の兄だからといえ、そんな理由で側近をわざわざ変える必要はないのかもしれないし、なによりルイス自身がリオに対して並々ならぬ情愛を持っている。あのルイスがそう簡単にリオの傍を離れるとは思えない。

 だからこそ。

 リオの婚約者が実の妹であればこそ、他の令嬢をリオの婚約者に添えるなどとは到底思えない。

(……病が流行るのは、ゲーム開始時点より少し前……?)

 リオほどの立場の人間なら、婚約者がいなくなればすぐに新しい令嬢を選定するのは当然だ。

 しばらくは喪に服す、ということもあるのかもしれないが、たかが"ゲーム"内でわざわざそこまで律儀に故人を悼むようなことをするとも思えない。

 であるならば、流行り病で人々が亡くなるのは推定今から二年後前後。

「……ねぇ、セオドア」

 ちょっと変なことを聞くけれど、と言い置いて、アリアは真面目な顔を優秀な幼馴染みへと向ける。

「セオドアって、医療関係に精通した知り合いとかいたりする……?」

 いくらセオドアがトップクラスの頭脳を持つとはいえ、現時点ではまだ12才の子供でしかない。

 そう考えるとシオンもセオドアも随分大人びて見えるなぁ、とアリアは変なところで感心する。

「どうした、突然」

 脈絡のないいきなりの問いかけに、さすがのセオドアもアリアの真意を探るような目を向けてくる。

「……ん~、最近ちょっと、史学に興味があって」

 二十日病が20~30年周期に流行っていることに気づいてちょっと心配になっただけだと言い訳を絞り出しながら、アリアは曖昧な笑みを浮かべる。

(そうよね……、さすがに唐突すぎるわよね……)

 だが、優秀な幼馴染みはアリアのその不安に考察する余地があるとでも思ったのか、顎に手をやり、考え混むかのように視点を一点に集中させると、なにかを思案するかのように口を開く。

「……医療関係ならソルム家の領分だけど、そういうことなら、よっぽどアリアのお父上か"アイツ"の方が詳しいんじゃないか?」

 後半の意味深な物言いは、セオドアにとってあまり関わりたくない人物のことを指し示す。

「……アイツ、って……」

 確認するかのようにセオドアを見れば、それを肯定するかのように向けられる苦笑い。

 セオドアの言う通り、医療関係は地属性のソルム家が筆頭だ。そして水属性の魔力が強いアリアの家系は、攻撃系よりも遥かに癒しの能力(ちから)の方に長けている。それゆえ、多少そちらに関する知識もあったりはするのだが。

(シオンのこと……?)

 シオンの家は、現公爵へ世代交代してからあらゆる分野に手を伸ばしており、多方面に飛び抜けた情報を持っている。

 情報と知識は力。

 それは、"日本人女性"としての記憶を持つアリアにとって、驚くほど納得いくものだった。

(……会いにいかないと、かしら……?)

 冷めたあの()を思い出し、アリアはこっそり嘆息する。

 誰もに認められている婚約者。会いに行ってもなんの咎めも受けはしない。

 けれど、あちらはアリアに会いたいなどとは思っていないだろう。

(……憂鬱だわ……)

 あの美形は目の保養。「会いたくない」と言えば嘘になるが、できる限り避けていたいと思う気持ちも嘘じゃない。

(……背に腹は変えられないけれど……)

「……そうね、ありがとう」

 的確なアドバイスににこりとした微笑みをセオドアへと向ける。

 するとセオドアはじっ……と探るような瞳でアリアを見つめた後、ややあって指先で眼鏡をクイッと持ち上げた。

「なんていうか……」

 眼鏡の奥から向けられる訝しげな瞳。

 その視線になぜか、背中から冷たい汗が流れるような心地がするのはアリアの気のせいだろうか。

「……アリア、今日なんか少しおかしくないか?」

「え……」

 ギクリ、と一瞬時を止め、アリアはゆっくりと正面からセオドアの瞳を見つめ返す。

「……おかしい、ってなにが……?」

 これまでの人生とは別の記憶を思い出してしまった今、どうしたって"今までのアリア"と同じではいられない。

 できる限り"アリア・フルール"としておかしくないよう振る舞っているつもりではあるけれど、多少のボロが出てしまうのは仕方のないことだろう。

「……まさか……」

 じっとこちらを見据えてくる双眸に、判決を待つ冤罪人のような緊張がアリアを襲う。

 いくらセオドアが聡明とはいえ、まさか目の前の幼馴染みが別世界の記憶を思い出して別人になったなどと、そんな突飛な発想をするはずもないだろう。

「……アイツの影響か?」

「へ……?」

 しかし、的外れなその方程式に、アリアはパチパチと目を瞬かせる。

「……それって、どういう……?」

「ほら、よく言うだろ。恋は性格(ひと)を変えるって」

「え……」

 苦笑混じりに導き出されたその答えには、返って呆然とする他ない。

「……悔しいかな、アイツの凄さは俺も認める」

 そしてセオドアはそんなアリアの様子に気づくことなく、「女の子はあーゆーのが好きなんだろ?」と、淡々とした口調でアリアに同意を求める視線を向けてくる。

 抜きん出た魔力の才能は認めるものの、あの気に食わない性格を差し引くとどこがいいのか理解できないと言いたげなセオドアに、アリアは小首を捻って口を開く。

「……まぁ……、そうなの、かな……?」

 寡黙で天才的なシオンと、優しく優等生なセオドア。恐らく人気は二分するのではないかと思うけれど。

 そうして一緒になって疑問符を浮かべたアリアに、セオドアの瞳が少し驚いたように見開かれる。

(まぁ、普通はそうよね……)

 シオンはカッコよくて一推しキャラで、プレイ中何度も悶絶させられた。

 けれど、自分がシオンとどうこうなるなんて、そんな視点で考えたことはない。

 アリアの思考は、あくまでBL萌えの攻めキャラ目線だ。


(確か、来週はダンスパーティの予定が入っていたっけ……)

 アリアの社交界デビューの日。

 そこでは、婚約者であるシオンがエスコート役で参加予定だった。

 わざわざ会いに行かずとも、とりあえず近く、一度会う予定は入っている。

(……話はそれからね……)

 あまり乗り気のしないダンスパーティへ思いを寄せて溜め息を吐き出しながら、アリアは来たるその日へと決意を固めていた。

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