mission7-2 討伐せよ!
とある山の中腹に、「泉の神殿」なるものがある。
山そのものが聖域とされ、滅多に人が足を踏み入れる場所ではない。
だが、その場所に。
魔王配下四天王の一人、バイロンの主が、封印という名の眠りについていた。
*****
水は、アリアの領分だ。
"ゲーム"の中ではもちろん、リオがそこまでの入り口を拓いていたのだが、アリアがいる以上わざわざリオの手を煩わせるまでもない。
泉の中に佇む女神像。
そこに向かい、アリアは水を縦に切り開く。
まるで、「モーセの十戒」の海割りのように左右に流れる小さな滝の奥。
泉に水が満ちている時にはわからなかった、小さな扉が女神像の足元から現れる。
「……行こう」
決意の込められたリオの声に、一同は各々緊張の面持ちで頷いていた。
「……古代遺跡って、一体なんなんスか……?」
泉の下に作られたからだろうか。全体的に水色がかった、青の磨りガラスのようなもので構成された地下宮殿に、ルークが小声で若干ひきつったように呟いた。
これだけの建造物を作る技術は、今は、むしろないだろう。
人の手、というよりも、恐らく強大で繊細な魔法を駆使して作られたものだと思えば、昔の人々の方が魔力が強かったことを示している。
時の流れと共に、少しずつではあるけれど、それでも確実に弱まっていく魔法の力。
それは一体、なにを意味するのだろう。
「古代魔法の技術については、よくわかっていないんだよ」
研究が進められてはいるが、まだ大半が謎に包まれているのだと、リオは困ったように微笑みながら説明する。
一部、王家の口伝えから使い方のわかっているものについては利用して、今回のように最重要国家機密に関わるものは、代々国王と王妃、皇太子のみに伝承されている。
もちろん"ゲーム"の中では、皇太子であったリオの知るところのものだったが、この"現実"は違う。
全ては、アリアの"記憶"から来る、国王との間で交わされた交渉の結果による。
「……静かに」
"宮殿"とはいえ、それほど大きなものではない。
"何者"かが"封印"されているとすれば、それは最奥だろうとは推測されるものの、もし万が一バイロンが眠っている主の元を訪れているとして、いつどこで遭遇するかはわからない。
リオの半歩前をその身を護るようにして歩きながら、ルイスが緊張感を滲ませる。
始めて足を踏み入れた未知なる場所。
宮殿内部の構造がわからないのは不利ともなる。
隠れるも逃げるも、右も左もわからない状態では儘ならない。
「……ここは……?」
ふいに広がったドーム状の空間。
一同が各々頭上を見回す中。
「気をつけろっ!」
ぞわっ、と空気を震わせた殺気に、シオンの低い声が響いていた。
刹那。
黒い蛇を思わせる物体が、何十と虚空を切り裂く勢いで襲いかかってくる。
「……っ!」
一歩前へと踏み出したシオンとルイスが、風の力を借りてそれを叩き落とし、すかさずセオドアが火炎放射の要領でそれを燃やし尽くす。
「どこだ……っ!?」
アリア、ユーリ、リオを中心に、残った三人が背中合わせで辺りへと警戒の視線を巡らせる中。
「……また随分と招かざる客が来ましたねぇ」
カツン……、と、硬質な足音を響かせて、闇を纏った男がどこからともなく姿を現していた。
「それとも、わざわざ我が主の為の生け贄でもお持ち下さったのでしょうか?」
愉しげな笑みを洩らし、すぅ……、と細められた瞳がアリアの姿を映し込むと、意味ありげにその全身を下から上まで追っていく。
その瞬間、ゾクリという悪寒がアリアの肩を震わせたが、その視線を遮るようにシオンがアリアと男の間に割って立ち、アリアは体の力を抜いていた。
「シオン……」
「お前は後方支援だ」
いくら魔力が高いとはいえ、元々アリアは攻撃魔法があまり得意な方ではない。
バイロン討伐の作戦の中でも、アリアは後方に下がって防御を中心とした魔法を展開するという約束で、今回の参加を許されたのだ。
光属性の高いアリアは、防御に関して言えば、この中でリオに次ぐ実力があるのだから、それも当然の流れとも言える。
「……貴方が、バイロン、ですか?」
リオを庇うように一歩前へ出ていたルイスの背中から進み出て、柄の部分だけとなった神剣を片手にリオが静かに問いかける。
「……お前は……」
まだ魔法を使っているわけではないというのに、身の内から滲み出る神々しい空気を感じ取ったのか、それとも、リオの手に在る「柄」の正体を知っているのか、チラリとリオの手元へと視線を走らせると、バイロンは警戒するかのように足を止める。
「四天王を、目覚めさせるわけにはいかない」
普段穏やかなリオからは想像もつかないほどの強い声色で睨むような視線を向け、柄を握った右手に力が籠る。
「ここで、討ち取らせて貰うよ」
瞬間、柄の先から蒼色の混じった光の刃が生まれ、バイロンが間合いを取って後方へと飛び退いた。
そして着地のそのタイミングを見計らい、ルークが大地の力を借りて、蔓のような細い紐を生み出し、男の体を拘束する。
「……く……っ」
男の顔が狼狽に歪み、リオが両手に構え直した神剣を振り上げて。
パシン……ッ!という音と共にバイロンを拘束していた蔓が砕け散り、ルークが驚愕に目を見張る。
寸でのところで剣の軌道を交わした男の元へ、セオドアの炎がシオンの風に煽られ、業火となってバイロンへと襲いかかる。
「……ち……っ」
目の前に迫り来る間髪入れない攻撃に舌を打ち、バイロンは大きく手を振ると黒い風のような闇の力でそれを迎え打っていた。
(すごい……っ!)
"ゲーム"の中の戦闘シーンは、よくある"RPG"のようなものだから、こうして"現実"を目の辺りにすると手に汗を握るような逼迫した緊張感に襲われる。
攻撃を受ければ苦痛を伴い、怪我もする。高度な回復魔法を操るリオがいるとはいえ、重篤な怪我でも負えばそのまま戦闘不能になる。
それでも、そんな危険に臆することなくバイロンへと対峙する四人の姿に、アリアは祈るような瞳を向けていた。
絶対に前へは出るなという厳命を守り、アリアとユーリはルークの背後でひっそりと息を殺している。二人が動けば、四人の集中を欠く結果になるくらいのことは、さすがに理解していた。
先ほど自分へと向けられた男の視線を思い出せば身の毛がよだつような恐怖にも襲われるが、その対象が"ゲーム"のようにユーリへと向いていないことは、アリアにとって唯一の救いでもあった。
なぜなら、"ゲーム"の"シナリオ"では、ユーリはこの闘いの最中で連れ拐われてしまうのだから。
「……っ!」
その身を焼き尽くさんと迫る業火をなんとか抑え込もうとしていたバイロンは、その最中、ルイスがその頭上に生み出した雷撃のような攻撃を察すると、その姿を掻き消した。
「………な……っ!?」
驚愕に見張られる五つの瞳。
高位魔族ともなると瞬間移動の類が使えるのかと思えば、その場にこれ以上ない緊張感が走り抜ける。
「セオドア……ッ!後ろ……っ!」
思い通りに魔法を駆使することができなくとも、ユーリの持つ"感覚"だけは絶大だ。
「!?」
ユーリの緊迫した叫びを聞いて後方へと振り返ったセオドアの目の前に、闇の刃が放たれる。
「光の盾よ……!」
ユーリの的確な叫びに防御魔法を練り上げたアリアは、セオドアの前へと光の壁を出現させる。
闇の力はその光に吸い込まれるようにして姿を消し、忌々しげな視線がアリアへと投げられる。
「……くぁ……っ!」
直後、バイロンの身体を拘束した光の鎖。
そのまま男の身体を締め上げて、こちらも瞬間移動したリオの神剣が頭上高く振り上げられる。
「……く……っ!」
その身を真っ二つに切り裂かんと振り下ろされた刃から逃れようとバイロンは身を捩り。
ザシュ……ッ!と。
「ぐあぁぁ……っ!」
腕が、切り落とされていた。
「……さすがだね。低位魔族なら一瞬で消滅してる」
人の身とは違い、腕を失ったその肩口から血のようなものが流れ出ることはない。
低位魔族であれば、触れるだけで消滅しかねない神剣の力を受けてなお、腕一本失うだけで膝をついているバイロンへと、リオの感嘆にも似た声が漏れる。
苦悩の顔で睨み付けてくるバイロンを見返して、リオは光輝く刃の切っ先を男の喉元へと突き付けていた。
「貴方のご主人様を目覚めさせるわけにはいかないんだ」
絶体絶命の状況に置かれてなお、ギラつく瞳を変えることなく、バイロンは口元へと不敵な笑みを刻む。
「……もう遅い」
「……っ」
余裕とも取れるその態度は、主が甦ったならば自分はもう不用の存在だとでも思っているからか。
真実はわからないが、すでに手遅れであるという信憑性が高く思えるその言葉に、その場にいる全員が息を呑んでいた。
「……だとしても、もう貴方の好きにはさせない」
キッ、と鋭い瞳を向け、神剣を握ったリオの手に力が籠る。
「これで、終わりにしよう」
訣別を告げる、感情を殺した低い声。
最後まで、油断は禁物。
けれど、リオがその首を取ることを確信したその瞬間、ほんの少しだけ全員の気が緩みかけてしまったことは事実。
「アリア……ッ!!」
突然、ユーリの悲鳴にも似た叫び声が空気を切り裂いて、遅れてやってきたゾワリとした感覚に横へと顔を向ければ、目の前に切り落とされたバイロンの腕が迫っていた。
ブックマーク200超え、ありがとうございます。
記念に活動報告内にSSを書かせて頂きました。
(活動報告は、目次ページの一番下の方。作者マイページの中にあるようです)
引き続きお付き合い頂けますと光栄です。