mission7-1 討伐せよ!
"ゲーム"での本来の流れは、といえば。
バイロンが主を目覚めさせる為に暗躍していることを知ったリオが、祖父である国王の勅命を受け、その"主"が甦る前にとバイロンの討伐に打って出る。
ルーカスを筆頭とした魔法師団を率いて、「神剣」を手に陣頭指揮を執る。
もちろんそこへ、"ゲーム"のご都合主義、"協力"という形でユーリたちも参加するのだが……。
ユーリは捕らえられ、そのまま連れ去られてしまう――。
というものだ。
連れ去らわれたユーリに待ち受けているものなど、今までの内容からしてわざわざ語ることもないだろう。
目覚めたばかりのバイロンの主。
魔力補給としての栄養剤として、ユーリほど優れた者はない。
抵抗などはないも等しく、そのままユーリは完全に敵の手に堕ちるのだ。
この"現実"では、魔法師団は動かない。
つまりは、"天才魔道師"のルーカスも頼れない。
これだけの駒の中で、それをどう采配するか――。
全ては、そこにかかっている。
*****
「今日は、リオ様は……?」
見慣れた面子が呼び出されれば、いつもいるはずの人物が一人欠けていることに違和感を覚えないはずはないだろう。
何度か足を運んでいる学園のサロンで、ルークは室内へと視線を廻らせる。
端からシオン、ユーリ、セオドアの見慣れたメンバーに、なぜか今日は、ルイスの隣にアリアがいた。
「今回、リオ様は来られない」
「……他に用事でも?」
リオの不在をはっきり肯定したルイスへと、カチャリとメガネを押し上げたセオドアが、訝しげに眉を寄せる。
学生とはいえ、王族の中でも優秀なリオは基本的に多忙を極めている。
だから今回はリオに代わってルイスから話があるのかと問いかければ、ルイスは僅かながらもその顔に動揺の色を浮かべていた。
「……いや……、今回の件に関しては、リオ様は無関係だ」
「……それはどういうことですか?」
「……上層部からの正式な依頼ではない、ということだ」
一つ一つ言葉を選ぶように答えを返してくるルイスへと、セオドアを中心に理解し難いといった空気がその場に流れ出す。
そんな中、ユーリだけがルイスの隣に座るアリアへと、コトリと首を傾げていた。
「……アリア?」
この状況で、"なにか"があるとすれば、それはアリアが関わっているに違いない。
そう断言できる程度には、ユーリはアリアのことをわかっていた。
「……ユーリ……」
なにがあったのか、と、なんの疑いもなく向けられる純真なユーリの瞳に、アリアは困ったように微笑する。
本当に、ユーリにだけは敵わない。
だからこそ、危険を承知でユーリもこの場に呼んだのだけれど。
「……その……」
どうしたものかと考えつつも、アリアはゆっくりと口を開く。
ルイスと考えた企てを、ユーリたちはどこまで信じてくれるだろうか。
が、その時。
――コン、コン。
「ボクを置いて内緒話かい?」
中からの返事を待つこともなく開かれた扉に、アリアとルイスははっと息を飲んでいた。
「!」
「リオ、様……」
優雅な動作で室内へと足を踏み入れて、リオは静かな苦笑を洩らす。
「ルイス。君がこそこそなにかしていれば、さすがに不審にもなるよ」
リオに本気で隠し事をするならば、まずはなにを置いてもルイスだけはリオの傍にいなければ不審を呼ぶ。
それを、なにやらリオの目を盗んで何事かを画策するだけでなく、ここ数日上手く言い訳をしつつも傍を離れる機会が多すぎる、などという忠臣としてあり得ない行動を繰り返していれば、なにか隠されていることに気づかないわけはないだろう。
「……それは……」
「それで?」
なにをしようとしているの?と、らしくなく視線を逸らした側近へとにこやかに微笑んで、リオはルイスからの答えを待つ。
醸し出される雰囲気は穏やかながら、それでも王族の威厳を思わせる、有無を言わせないものだった。
「話してくれるかな?」
正直に話せばとりあえずこの場では深く追及しないと微笑むリオに、ルイスの視線がチラリとアリアへ向けられる。
(……え……っ、私!?)
アリアは僅かに目を見張り、けれど動揺を落ち着かせるべくゆっくりと深い呼吸を吐き出すと、次には強い意思を称えた真っ直ぐな瞳を向けていた。
「……例の魔族を、討伐したいんです」
その言葉に、一瞬室内へと緊張の糸が張る。
嘘をつくなら罪悪感にも襲われるが、これは嘘ではなく本心だ。
「これは、私の個人的な我が儘なので、リオ様を巻き込むのはどうかと思いまして」
あくまで、自分の単独行動。
一応婚約者であるシオンや幼馴染みのセオドア、友人のユーリやルークを巻き込めたとしても、仮にも王族であるリオにまで話を通すとなると大事になる。
そう言い訳するアリアの言葉に、完全に納得できたわけではないだろうが、「そうなの?」と確認を取るかのようにリオの視線がルイスに移る。
「……アリアから相談を受け、私が止めました」
申し訳ありません、と、ルイスもまたアリアの話を肯定し、真実味を持たせるかのようにそう告げる。
「……なぜ、君が?」
疑念が消えたわけではないだろうが、少しだけ弱まった声色で瞳を揺らめかし、リオは再度アリアの顔を見つめていた。
「……今こうしている間にも、どこかで誰かが魔の手の被害に遭っているかもしれません」
それは、紛れもないアリアの本音。
先日の一件で、浚われた子供たちは救えたかもしれないが、あのバイロンが自身の魔力の回復と主復活の為に動いていないわけがない。
今この時も、その為に誰かが犠牲になっているかもしれないと思えば、居ても立ってもいられない。
「……そんなのは、耐えられないんです」
それ以外に理由が必要ですか?と問いかければ、リオは大きく吐息をついた後、なんとも複雑そうな微笑みを浮かべていた。
「……君なら、そうだろうね」
今までのアリアの行動からもそれは嘘ではないだろうと判断したのか、そのまま虚空を見つめたリオに、アリアはどうやら誤魔化せたようだと心中ほっと息をつく。
「……でも」
真っ直ぐに向けられた瞳。
「ボクには、神剣がある」
そう口にしたリオは、なにかを決意したかのような空気を滲ませて、けれど次の瞬間にはまた、少しだけ寂しそうな微笑みをアリアに向けていた。
「そういうことであれば、一番に頼って欲しかったけどね?」
君の気持ちはわかるけれど、とアリアに心を寄せたリオは、またアリアが勝手に危険へと身を投じようとしたことに関しては咎めるつもりはないようだった。
ただ純粋に頼られなかったことを哀しんでいるらしい様子が窺えて、アリアの胸にズキリとした痛みが走る。
「……ごめんなさい……」
アリアにできることは謝罪だけ。
それからリオは、一度目を閉じ、決意新たにその瞳を開けた時には。
「だったら改めて」
その場に集まった面子を見回し、強い言の葉を発していた。
「話し合いを、始めようか」
*****
「恐ろしいな」
バイロン討伐に関する作戦会議も滞りなく進み、あとは其々帰路に着くのみ、という空気の中、ふいに隣に立ったルイスの言葉に、シオンは無言のまま眉を潜めていた。
「お前の婚約者だ」
潜められた低音で意味深にそう言われ、シオンの蟀谷がピクリと反応する。
「お前は、アレにずっと付き合っていたのか」
それは、感嘆とも呆れとも取れるもので、小さく吐息を吐き出したルイスのその態度に、シオンは一体なんだと顔を向ける。
「……シオン。今回の任務、死ぬ気でやり遂げろ」
そうしてかけられた言葉は驚くほど真摯な色を滲ませて、シオンは敵意にも似た微かな緊張感をルイスへと放つ。
「……一つだけ忠告しておいてやる」
元々シオンのことをあまりよくは思っていないであろうルイスが、至極真剣な表情でひっそりと口にする。
「私は、彼女をあの方の妃にすることを諦めてはいない」
ただ。
「……今回の任務、万が一失敗したその時には、彼女を永遠に失うことになると思え」
それは恐らく、リオとルイスにとっても同じこと。
それはどういう意味だと問い詰めたとしても、ルイスから明確な答えが得られるとは思えない。
低く、刺すように届いたルイスの言葉に、シオンはグッと拳を握り締めていた。
「どうする?」
「……なにがだ」
不穏な言葉を残して去っていったルイスの背中を見送って、そそくさと隣へとやってきたユーリに小首を傾げながら見上げられ、シオンは不機嫌な様子を隠しもせずに、煌めく丸い瞳を見下ろした。
「アリアを縛りつけて部屋に閉じ込めておくつもりなら協力するけど」
冗談とも取れない表情と口調であっさりと告げられた提案に、さすがのシオンも小さく目を見張るとユーリの顔をまじまじ見遣る。
「……随分と物騒だな」
今の言葉は本当にその口から出てきたものなのかと疑いたくなる程度には、ユーリらしくはない発言。
けれど。
「お前がまた暴走しそうだからな」
先にガス抜きしてやろうと思って、と悪戯そうな瞳で笑うユーリは、その実、ユーリ自身も今回のアリアの行動に対してちょっぴり思うところがなくもない。
ルイスとこそこそなにをしているかと思えば、本当に懲りないなぁ、と溜め息をついてしまいそうだ。
「……大丈夫だ」
先にとんでもない提案をされたことでユーリの思惑通り毒気を抜かれたシオンは、大きく肩を落とすと「きちんと話す」と冷静な顔つきになる。
「じゃあ、頼んだ」
ニッ、と笑って向けられる信頼は絶大で、大きな宝石のようなユーリの瞳を見下ろしながら、シオンはもう一度小さな溜め息を洩らしていた。
*****
突然背後へと引き寄せられ、ひきつった悲鳴を上げかけたアリアは、それが慣れ親しんだ気配であることに気づくと身体の力を抜いていた。
「……シオン」
帰りの馬車へと向かう、中庭に面した放課後の廊下。
辺りに他の生徒たちの姿はないが、部活動に励む熱心な声や音は遠く何処からか響いてくる。
「シオ……ッ?」
「お前はなぜそうやってすぐに自分を犠牲にする」
ぎゅっ、と。背後から逃げることを許さないとでも言うかのように強い力で抱きすくめられ、アリアは小さく息を呑む。
例の、国王との交渉をルイスが話したとは思わないが、なにかを疑う要素はあったのかもしれない。
「……ルイス様がなにか……」
「……お前を、失うかもしれないと」
思わず探るような瞳を向けてしまえば、思いの外真摯な声色を返されて、アリアは心中はっと息を飲む。
黙っていてくれればなにも問題ないというのに、なぜ、という思いが浮かぶ。
アリアの知るルイスが取る行動としては、俄には信じがたいものだ。
「……」
アリアはきゅっと唇を引き結び、背後から伸びたシオンの手を己から解かせると、くるりとそのまま向きを変える。
「犠牲になんてしてないわ」
解いたシオンの腕に触れたまま、アリアは至近距離からシオンの顔を見上げると強い意思の籠った瞳を向ける。
「だって、信じてるもの」
そう。信じてる。
明るい未来が開けることを、微塵も疑ったりしていない。
だから、"犠牲"なんてない。
「こうやってシオンは、ちゃんと助けてくれるでしょう?」
シオンだけでなく、アリアには頼れる人たちがたくさんいる。
自分一人の力ではどうにもならないことなどわかっている。
アリアは、無力だ。
だから、人頼みと言われようが、迷惑をかけることを決めてしまった。
「……シオ……ッ」
ふいに、シオンの腕に触れていた手が前へと引かれ、アリアはその広い胸元へと倒れ込む。
「……お前の望みを全力で叶えてやる」
強く、きつく抱きすくめられ、少しだけ呼吸が苦しくなる。
「その代わり、約束しろ」
耳元で告げられる低音は、まるで祈りのようで。
「どこにも、行かないと」
さらに強くなった抱擁は、誓いのようで。
「……シオン……」
心配させてしまったのだと、それを強く実感すると本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになって泣きたい心地にさせられる。
「ありがとう」
浮かべた笑顔は泣きそうになりながら。けれど綺麗に輝いた。