反旗を翻せ!
切り札は、一つだけ。
けれど、なにもないわけじゃない。
それならば。
(……絶対に、諦めない)
未来を見据え、アリアは強い光を宿した瞳を開ける。
明るい明日が来ることを、信じている。
――さぁ、反撃に打って出よう。
*****
「……なぜ私がお前と王のところに足を向けなければならないんだ」
眉を潜め、不服そうに肩を落とすルイスへと、アリアは「仕方ないじゃないですか」とにっこり笑ってみせる。
「リオ様に気づかれることは私も本意ではないですし、シオンにも話せない以上、ルイス様に協力してもらうしか」
「……お前は、私の話を聞いていなかったのか」
にこやかに脅しとも取れる発言をするアリアへと、ルイスはぴくりと蟀谷を反応させると、絶対零度の冷たい雰囲気を醸し出す。
けれどアリアはそれに怯むことなく、真っ直ぐルイスの顔を見つめていた。
「私は、やっぱり見て見ぬふりなんてできません」
「……なにをバカなことを言っている」
自分はずっと、苦悩してきた。
リオを、玉座につけることと、今すぐ全てを捨ててそこから連れて逃げることを。
リオを将来の王に見据えながらもそこから救い出す手立てはないか。
いっそ、殺してやりたいとすら思いながら。
現王の失脚を望み、粗を探し続け。
もしそれができるというならば、とうの昔にやっている。
それを、今さら。
こんな少女が、「見て見ぬふりなどできない」などと簡単に口にして、一体なにができるというのだろう。
それでも僅かな望みに動揺してしまうのは、目の前の少女が揺るぎない瞳を湛えているからだろうか。
「手持ちの札が、ないこともない、ことに気づいたんです」
苦笑して、アリアは少しだけ心もとなさそうにその瞳を揺らめかせる。
「でも、さすがにあの祖父に一人で喧嘩を売るのは勇気がいるので」
傍にいて貰えると助かります、と、物騒なことをさらりと口にしてみせたアリアに、ルイスは失ったはずの希望が遠くで小さな光を点したような気がしていた。
なにも聞かされていないままなにをすればと問えば、なにも、と一言だけ返されて。
ただ、その場に居てくれるだけで。
あとは、なにかあれば援護して下さると助かります、と緩い微笑みを向けられて、ルイスは目の前の少女を構成する一部に触れた気がした。
この少女は、これまでもこんな風に背筋をピンと伸ばして未来を見据えて立っていたのだろうか。
「バイロンが、主を目覚めさせる為に動いています」
国王と対峙してすぐ、開口一番そう告げたアリアの報告に、ルイスは驚きに目を見張り、また、国王はその名にぴくりと反応を示していた。
「その魔族の名に、心当たりがありますか?」
身体の前で緩く指を合わせ、目の前の強敵に真っ向から挑むアリアの後ろ姿を、ルイスは黙したままただ見守る。
「かつての貴方が、封印し切れなかった魔族です」
それが、アリアの持つ唯一の"情報"。
バイロンは、この国王が若かりし頃にも一度復活したことがある。
それを封印したのが、他でもないかつての現国王だ。
ただ、術式が甘かったのか、バイロン自身の魔力がそれ以上だったのか、本来であればまだ眠っているはずの短期間で目覚めてしまった。
それが、この国王の汚点。
"ゲーム"では、リオから「内密に」とそれを告げられ、それが表沙汰になることもないまま、リオが皇太子として討伐の陣頭指揮を取っていた。それを盾に国王を追及するなどという"イベント"はないし、別段この現実世界でそれが明らかになったところで、その責を負って王位を退くなどという罪にまでは遠く及ばないだろう。
これはただ、偉大なる王のプライドを突いているだけだ。
本来であれば、"切り札"などとは程遠い。
「……お前はなんでも知っているのだな」
しばしの沈黙を終え、なにやら考えを廻らせていたらしい国王は、可笑しそうな笑みを洩らす。
それで優位に立ったとでも思わないことだ、と、そう言いたげな笑みだった。
「いいえ。なんでもなんて知りません」
ただ、"記憶"があるだけだ。
けれどその"記憶"が、なによりもアリアの味方をする。
「公言するつもりはありません」
それでも、"ゲーム"内で過去の国王の"失敗"は隠された。
それは、他でもない国王自身が、己の失態を認めたくないからだ。
その代わり、と王をみつめ、アリアは淀みない強い瞳を向ける。
「私たちが消滅させてみせます」
だから。
「その時は、リオ様を解放すると約束してください」
シオン、セオドア、ルーク。それから、他でもない"主人公"。彼らの顔が頭に浮かぶ。
また勝手をして、と怒られるだろうか。
けれど、頼ることをアリアは決めた。
一人で解決することなど、始めからできるはずはない。
――『アリアがなんでもかんでも一人で抱え込もうとするから怒ってるんだよ』
その言葉を信じて、甘えることに決めた。
例え、真実を話せなくても、許してくれるとユーリは笑ったから。
「……もしできなければ?」
駆け引きの材料としては杜撰だと、くっ、と嘲るように口元を引き上げられ、アリアはぴんと背筋を正す。
「その時は、私のこともご自由にどうぞ」
煮るなり焼くなり、自身の慰み者にするなり、政治の駆け引きとして遠くの国に嫁がせるでもご自由に。
なんでもないことのようにさらりと言って、アリアは晴れやかににっこりと笑ってみせる。
「この条件に頷いて頂けるのであれば、それくらいのリスクは負ってみせます」
*****
「……お前は、なんてことを……」
謁見を終え、アリアと二人きりになったルイスは、近くの空き部屋へと入るなりさすがに言葉を失った。
自分自身の身を駆け引きの材料にするなどと、正気の沙汰とは思えない。
潔いというよりは、もはや愚昧の行動だ。
けれど。
「これくらいの条件を提示しなければ、承諾は得られないでしょうし、貴方も納得してはくれないでしょう?」
困ったように微笑まれ、返す言葉が見つからない。
「……だからといって……」
確かに彼女の言う通りなのかもしれないが、とはいえ、その為に自分の身すら投げ出すのか。
この少女のこの強さはなんだろうと思い知らされれば、戦慄すら覚えさせられる。
「どうなるかはわかりませんけど、大丈夫ですよ、きっと」
「……あの王が、約束を守るという保証がどこにある」
確信を持ったその瞳は先見の明から来るものかと思う一方で、少女は「わからない」と口にする。
国王との交渉通り、もしあの高位魔族を滅することができたとしても、それを第三者が知ることはなく、過去の王の失点も秘められたまま。
国王には、なんの不利益もないだろう。
交わされた取り引きは、所詮、口約束だ。
「……問題は、そこなんですよね」
信じるしかなくて。と困ったように笑うアリアに、ルイスは深い溜め息を洩らすことしかできない。
結論、詰めが甘いのだ。
「頭脳戦は、シオンの領分なので」
いつだってアリアは知っているだけで、それを有効的に活用できたことなどない。知識を形にするのはシオンの役目で、アリアはそれを見ていただけだ。
だから、本当ならば、交渉の場でもシオンの手を借りたかったのだけれど。
「結局私は、シオンがいなければなにもできない、ただ身分が高いだけの無力な令嬢なんです」
「……なるほど」
ただの令嬢は、こんな無謀な賭けに身を投じたりはしないぞと突っ込みたくもなるが、ルイスはアリアのその言葉に納得したように目を細める。
「……お前たちは、そういう共犯者か」
婚約を偽装だという理由が少しだけわかった気もする。
それからルイスは決意を滲ませ、アリアへと真剣な瞳を向けた。
「こうなれば一蓮托生だ。全面的に協力する」
リオが自由を得る為ならば、命さえ賭けて。
それくらいの覚悟がなければ、この少女に報えない。
「お願いします」
にこりと微笑む少女へと、ルイスは誓いを立てていた。