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激情

 放課後の、裏庭の開けた一角に。

 人目を避けるかのような、珍しいツーショットの影があった。

「……アイツ(・・・)になにをした」

 対峙する相手へと、明らかな敵意の籠った鋭い視線を向けているのは黒い影。

「随分とご執心だな」

 対し、「意外だな」と、相手を嘲笑するかのように口許を皮肉気に引き上げたのは、似たような雰囲気を醸し出す影のような存在だった。

「答えろ」

 常人であればそれだけで震え上がりそうな視線を受けながら、それを向けられた相手ー、ルイスは、全く怯む様子もない。

 涼しげにその怒気を受け流し、くっ、と可笑しげに口元を緩めただけだった。

「愛する婚約者と別れて他の男と一緒になれと言われたら、誰でも取り乱すと思うが?」

 理由はそれだけ(・・)ではないが、少なからずこれもまた彼女(・・)の心を乱した一因には違いないと思いながら、ルイスは今にも本気で手を出しかねない雰囲気を醸し出している相手ー、シオンへと冷静な瞳を返す。

 その答えに、一瞬だけ驚いたかのようにシオンが息を飲んだ気がしたのは気のせいだろうか。

「……アイツ(・・・)は、そんなこと(・・・・・)で取り乱したりしない」

 けれどすぐに冷静さを取り戻し、シオンはルイスから少しだけ視線を逸らす。ぐっと握り締められた拳は、少なくともその事実を前に悔しささえ滲ませるもの。

 ――『他の男』

 ルイスが自ら動くなど、"()の人物"の為でしかありえない。

 少女(・・)から寄せられる無防備と信頼を、疑ったことは一度もない。

 けれどそれが熱を帯びた感情かと問われれば、その答えは明確な否定だった。

アイツ(・・・)は、自分が辛い分にはいくらだって笑ってみせる性格だ。それができないということは、原因は別のところにある」

 自分自身に降りかかった不幸なら、少女は笑顔でそれを隠してみせるだろう。その少女が抱えきれないほどの苦しみを与えることができるとすれば、それは自身に向けられるものではなく、他人(・・)に向けられる不幸だ。

「……よくわかってるんだな」

「ルイス」

 嘲るような小さな笑みに、鋭い瞳がますます凍てつくものとなり、誤魔化しを許さない冷たい低音が放たれる。

 それを受け、ルイスは一瞬だけ視線を逸らすと、こちらもまた相手を睨むような視線を返していた。

「悪いが、言うつもりはない。例えどんな拷問を受けたとしてもな」

 それは、ルイスの決意を滲ませるもの。

「お前にも大切なものがあるように、オレ(・・)にも譲れないものがある」

 似た者同士にそれぞれの大切なものがあるとすれば、互いの話は平行線で、交わることはないだろう。

「……あの王子様(・・・)、か?」

 肯定も、否定もすることなく、ルイスはそれに答えるつもりはない。

偽装(・・)、なんだろう?」

 返したのは、もう一つの企み事。

 二人の婚約が偽装(・・)だと知るルイスの言葉に、滅多に感情を現わすことのないシオンの顔が、ぴくりと小さく反応した。

「だったら、これ以上手を出すな」

 これは、忠告だ、とそう言って。


キズモノ(・・・・)将来の(・・・)皇太子妃(・・・・)にするわけにはいかないからな」


 水面下で進められている少女(・・)の身の振り方を悟って、シオンは相手を射殺さんばかりの視線を向けていた。





 *****





 もはや勝手知ったる他人の家。で寛いでいたユーリは、ドアを開けるなり最低最悪な機嫌を隠すことなく帰ってきたシオンへと、驚きの瞳を向けていた。

「おっ前、またどうしたんだよ」

 基本的には"無表情"だと周りから認識されているシオンがここまで感情を露にしていることは、ユーリの知る限りでは始めてのことで、ユーリは真ん丸に見開いた瞳をぱちぱちと瞬かせながらシオンの方へと向き直る。

「……なにかあったのか?」

 もちろんなにかなければこの友人がここまでになるはずはなく、その原因はと考えた時には、心当たりなど一つしか思い当たらない。

「またアリアになにか……」

 "アリア"と、その名前を口にした途端にぞわりと跳ね上がった負の感情に、ユーリは一瞬息を呑む。

「おい、シオン……」

 お前、大丈夫か?と、尋常ではないシオンの様子に、ユーリがその顔を覗き込もうと目の前まで近づいたその瞬間。

「……っ!」

 ダン……ッ!と壁へと押さえつけられ、ユーリはその衝撃に表情を歪ませていた。

「シオ……」

「犯されたいか?」

「……っ」

 どことなく苦しそうに表情を歪める友人に、ユーリは返す言葉を見失う。

 黙れ、口を出すな、と、ようするにそういうことを言いたいのだろうと察することはできるものの、シオンがそこまでの激情に駆られることがユーリにはよくわからない。

 否、本来それを向けたい相手は自分(ユーリ)ではなく、別の人間(・・・・)なのだろうと思えば、自分へと向けられる劣情に、ユーリは冷静な瞳を返していた。

「……お前がそれで気が済むっていうのなら、好きにすればいい」

 次から次へと一体なんだと怒りたいのは、むしろこちらの方だと思う。

「それくらいでオレは汚されたりしないし、お前を嫌いになったりもしない」

 その言葉には一点の嘘偽りもないが、ふつふつと怒りが沸いてくる。

「ただ」

 だからこそ。

「一発殴らせろ」

 言うが早いが、ユーリは相手が警戒するその前に、その鳩尾(みぞおち)を膝で思い切り蹴り上げてやっていた。

「……お前……っ、聞く、前に……っ」

 直後、苦痛に顔を歪ませて呼吸を乱したシオンへと、ユーリは涼しげな顔を向ける。

 不意打ちとはいえ、普段ならばそんなことは許さないであろう友人から一本取ってやった満足感に、してやったりという笑みが零れてしまうのを禁じ得ない。

「殴ってはいない」

 これはまた別だと涼やかに言いながら、ユーリはすっきりした表情で目の前の友人へと口を開いていた。

「オレのことは好きにすればいいけど、アリアは傷つけンなよ?」

 恐らくは、この友人が本当にソレを向けたい相手は彼女(・・)なのだろうと思う。

 それを思えば呆れたような溜め息をつくことしかできず、ユーリは仕方ないなと苦笑する。

「……」

 そんなユーリの警告(・・)を受け、少しだけ冷静さを取り戻したシオンは、憎々しげに口元を歪めていた。


 ――『キズモノ(・・・・)を将来の皇太子妃にするわけにはいかないからな』


 いっそ一生ものの消えない傷をつけてやりたいと思う時は、どうしたらいいのだろう。

 本人にこの歪みをぶつければ、目の前のユーリ(友人)と同じように、あの綺麗な微笑みと共に簡単に受け入れられてしまいそうで、それがむしろ恐いと思う。


「なぁ、シオン」

 呆れたような声色で、ユーリは目の前のシオンを見遣る。

「お前、いい加減認めろよ」


 多分、本当はとっくにわかってる。

 ただ、認めたくないだけで。

 この気持ちの行き着く先に、なにがあるのか、なんて。


「でないとオレがアリア()っちゃうぞ?」


 冗談混じりに笑われて、けれどそこに本気を滲ませてきたその言葉に、シオンは指先をピクリと反応させていた。

呟き。


自覚まであと一歩!

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― 新着の感想 ―
[一言] ユーリ。 万が一、な事があれば アリア連れて逃げてー。 いろんな意味で。
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