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mission6-2 輝石を手に入れろ!は入手済み?

 "ゲーム"では、リオの言うところの"魔石"の手がかりを求めて書物を探したり、知識の深い古参の魔道師へ話を聞きに行ったりとする中で時間が過ぎていく。

 この"イベント"には時間制限が設けられており、"魔石"の存在の確証を得てソレ(・・)を探し出し、ルーカスの元へと届けるまでに時間がかかりすぎると、バッドエンドへと突入してしまう。

 バッドエンドの一つはもちろん、ルーカスの死。そしてもう一つは、リオの封印魔法によって魔力を全て失うというものだ。失意に暮れるルーカスを支え続ける存在として、ユーリがここでルーカスを選ぶという選択肢も存在するが、ハッピーエンドなどではない。

 真の幸福の未来は、先の過程など全て無視したアリアの手の中に在る。

 運命に逆らった、などと大袈裟なことを言うつもりはない。

 "ゲーム"の中でも時間さえ許せば辿り着く道筋なのだから。

 今も、相反する莫大な魔力によって苦しみ続けるルーカスがいる。

 その苦しみから一刻も早く解き放ってあげたいという思いだけで、あの時(・・・)アリアは動いていた。

 アリアには、そうすることができる(・・・・・・・・・・)だけの記憶(もの)が手にあった。

 ただ、それだけのこと。

 あとはただ。

(どう、切り出したらいいか……)

 なぜ、そんなものを持っているのかと、そう問われた時の対処法だけがアリアにはどうしても思い付かなかった。

(……なんて説明したら……っ)

 アリアの中にある"記憶"の話を正直にすることだけは、どうしても躊躇われてならない。

 自分達が"誰か"に作られた世界の"登場人物"の一人に過ぎないなんて、誰が知りたいと思うだろう。

 この世界に生きる人々にとって、この世界はありふれた日常の現実だ。

 誰かを失えば哀しみに心が悲鳴を上げるし、刃を向けられれば血が流れる。

 きちんと、血の通った人間なのだから。

(……悩んでなんて、いられない……っ)

 地下迷宮でコレ(・・)を手に入れると決めた時、一緒に覚悟を決めたはずだ。

 一刻も早くルーカスを苦しみから解放させること。

 一分でも、一秒でも早く。

 その願いだけを胸に、アリアはくるりと踵を返す。

「アリア?」

「ごめんなさい。先に行っててくれる?」

 どうしたのかと驚いたように振り返るユーリへと、アリアは誤魔化すような微笑みを浮かべながら口を開く。

 リオの話を聞いた後、早速ルイスの手伝いをすることに決めたユーリは、アリアとシオンと共に王宮の蔵書庫へと向かっているところだった。

「え?」

「ちょっと、リオ様に聞きたいことがあるのを思い出して」

 用が済んだら合流するからと、シオンへユーリの案内を頼んで、アリアは二人へ背を向ける。

「アリア……!?」

 ここでアリアを一人にしたからといって、王宮内でなにかあるとも思えない。

 それでも別行動を取ることは躊躇われるのか、驚いたようにかけられたユーリの呼びかけに答えることなく、アリアは足早に元来た廊下(みち)を戻っていく。

 先へと急く胸の高鳴り。

 強い意思の宿ったアリアの瞳になにを思ったのか、小さくなるその後ろ姿へと、シオンもまたなにか思いの籠った瞳を向けていた。





 *****





(まだいてくれて良かった……っ!)

 相変わらずの中世フランス貴族の館を思わせる、先ほどまでアリアたちがいた部屋の中。

「アリア?」

 少しだけ息の上がったアリアの姿に驚いたように目を見張り、リオはすぐに「どうしたの?」と柔和な微笑みを浮かべていた。

「……リオ様に、お話が……」

「話?」

 覚悟を決めたとはいえ、上手く話せるかどうか自信のないアリアは、今すぐにでもルーカスの元へと向かいたい焦燥と闘いながら口を開く。

「さっきの、魔石の話なんですけど……っ」

 恐らくルーカスには、宮廷専属の医師か魔道師がついているに違いない。アリア一人でルーカスの元へ行ったとしても、人払いなどはできないだろう。

 それに。

(多分、私一人じゃ助けられない……)

 "ゲーム"の中でルーカスを助けたのは、ユーリの強い祈りの光魔法(ちから)と、リオの導きがあったからだ。

 それを、アリア一人で補えるとは到底思えない。

「……アリア?」

 "なにか"に悩むアリアの迷いを察し、リオは優しい微笑みを崩すことなく穏やかに先の言葉を待つ。

 強い緊張感から指先が震えていた。

 気づけばカラカラに乾いていた喉へと水分を送って、アリアはスカートを握り締める。

 それから肌身離さず持っていた小さな"輝石"を取り出すと、そっとリオへと差し出していた。

「……コレ……、ですか……?」

 小刻みに震えるアリアの掌の上で、七色に輝く不思議な光。

 六角形の小さな輝石は、その大きさに反してとてつもない存在感を主張する。

「……どこでこれを……」

 その輝きを目にしたリオは、大きく目を見張ると言葉を失う。

 "輝石(ソレ)"を見ただけでそこに込められた魔力に気づいたわけではないだろう。

 けれどリオほどの魔力(ちから)の持ち主であれば、"輝石(ソレ)"にただならぬ魔力(ちから)が秘められていることを察することくらいはできる。

 その"魔石"が持つ力がなにかわからなくとも、なにか直感的に感じるものがあるのかもしれない。

「……それは……」

 アリアの手の上に転がった輝石から目が離せなくなっているリオへと、アリアは指先をぴくりと震わせる。

 思わず口ごもり、なぜだか酷い後ろめたさを感じながら、逃げてはならないと自分を叱咤する。

 思い出すのは、"ゲーム"の中で身を切るような苦しみに苛まれていたルーカスの姿。

 一分でも、一秒でも早く。

「……あの、地下迷宮で手に入れたんです」

 緊張から乾いた唇を震わせて、アリアは言い訳じみたここまでの経緯を説明する。

 あの地下迷宮での探索の際、偶然(・・)辿り着いた洞窟の奥に無数の魔石と思われる輝石があったこと。

 なぜか(・・・)アリアの手の中へ舞い降りてきた不思議な輝石に、運命のようなものを感じたこと。

 この魔石らしい輝石がなんなのかはわからないが、なにか(・・・)の導きによってアリアの元へと渡ってきたのではないかという思いに駆られたこと。

 全て偶然の産物にすべく、「運命」という一言に思いを込めて、アリアは内心びくびくしながらリオの反応を窺っていた。

「……あの地下迷宮にそんな場所が……」

 辿々しいアリアの言い訳(・・・)を、その一つ一つに驚きの表情を浮かべながら、リオは感嘆のような呟きを洩らす。

「今まで黙っていて申し訳ありません……」

 話そうとは思っていたんですけど……、という謝罪には、少しだけ罪悪感を感じずにはいられない。

 近い将来、話さざるを得ない時が来ることをわかっていたから、この時まで口を閉ざしていたのだから。

「……それはそうとこの"魔石"」

 無数の"魔石"が存在するという場所も気になるが、今はその件に関して詳しく話している場合ではない。

 リオはアリアの掌に在る輝石へと手を翳し、そこに隠された魔力(ちから)を探るように目を閉じる。

 けれどすぐに顔を上げ、

「ボクにもこの魔石(いし)が持つ効用はわからないけど…」

 魔石の魔力(ちから)を探ることはこれ以上諦めたようななんとも言えない曖昧な笑みを浮かべると、それでもアリアの「導き」という言葉に強く頷きを見せていた。

「……確かに、なにかに惹かれるものはある」

 検証している時間も惜しい。

 もしこの魔石が持つ魔力(ちから)が違うものだったとしても、輝石を調べている時間を考えれば実行に移した方が建設的だ。

「……行こう」

 輝石(コレ)でルーカスを救うことができなければ、またすぐに()を考えればいいだけのことだ。

 ルーカスが看護されているという部屋へと足早に向かうリオに案内されながら、アリアはどうか自分の祈りが届くようにと、強く、強く、願っていた。



 リオが人払いを済ませた室内を見れば、ベージュとダークブラウンを基調とした比較的落ち着いた部屋の中央で、大きなベッドへと寝かされたルーカスの姿があった。

 そしてそのベッドには、リオの言っていた"封印魔法"の一種だろうか。透明なドーム状の"なにか"が仄かに輝いており、まるでその中へとルーカスを閉じ込めているかのようだった。

「……ルーカス、先生……」

 荒い息を吐き、額へと脂汗を滲ませて、必死に"なにか"へ抵抗しているような苦しみを見せているルーカスの姿に、アリアは胸が締め付けられる。

「……遅くなって、ごめんなさい……」

 本当はもっと早く対処できたのではないか。

 そんな罪悪感から、今にも泣きそうな瞳を向けて、アリアは己の胸元をぎゅっと握り締める。

「アリア。準備はいいかい?」

「……はい」

 ルーカスを救うための"魔石"はアリアの手に在り、その方法も知っている(・・・・・)

 問題は、ルーカスを救いたいと願う相手が"主人公(ユーリ)"ではないということ。

 ユーリが他人のために発動させる光魔法の力は絶大だ。

 その魔力(ちから)に、アリアのソレなど足元にも及ばないことはわかっている。

(……"私"は、"主人公(ユーリ)"じゃない……!)

 不安があるとすればその一点のみだが、それが一番重要だ。

 アリアの光魔法はユーリに敵わない。

 それでも、自分に救えるのか。

「ボクが誘導する。アリアは一緒に祈ってくれればいい」

「……はい……っ」

 祈りに、光を乗せて。

 あまりの緊張感から心臓がバクバクと壊れそうに高鳴るのがわかる。

 アリアから受け取った、七色の光を放つ"魔石"をルーカスの前へと掲げるようにそっと手を差し出して、リオがなにか言の葉を口にした。

 魔法発動に詠唱などは必要とされないから、それはリオの祈りの言葉だったに違いない。

 キラキラと、光を受けずとも自身から不思議な輝きを辺りへ放つ六角形の魔石。

(お願い……っ!)

 ダメならば、ユーリを連れてくればいいのだろうか。

 そんな弱気な思いも頭を覗かせて、アリアはそれを振り払うように頭を振る。

(私に、力を……っ)

 アリアの願いを受け取って、輝石はアリアの元へと降りてきてくれた。

 ならば、信じるべきだ。

 アリアの強い祈りが、本当の意味で"魔石"へと届くことを。

(応えて――!)

 アリアはただ祈るだけ。

 輝石の魔力(ちから)をルーカスへと誘導するのはリオの役目だ。

 アリアとリオの身体から仄かに立ち上った光は、輝石に吸い込まれるかのように流れていく。

 そして、眩い七色の光を放ちながら、輝石はまるでそれ自身に意思があるかのように、ふわり、と、音もなく宙に浮いた。

 リオの手を離れ、ルーカスの心臓の上辺りへと吸い寄せられるように移動して。

 そのままルーカスの胸の上で動きを止め、次の瞬間、ス……ッ、とルーカスの中へと吸い込まれていった。

 直後、びくりっ、とルーカスの胸が跳ね、けれどすぐにその胸元からは規則正しい呼吸が聞こえるようになる。

 それが、意味するところは。

(……良か……っ、た……っ)

 安堵から、その場に崩れ落ちそうになる。そんなアリアの様子に気づいたのか、その華奢な身体を支えるかのようにリオの手がアリアの肩へと回された。

「大丈夫?」

「……大丈夫、です……」

 嬉しくて、涙腺が緩みそうになってしまう。

 ルーカスを助けられたことは一番だが、アリアがなによりも嬉しかったのは。

(私でも届いた……っ)

 "主人公(ユーリ)"ではない自分では無理なのではないかと思っていた。"ゲーム"とは変わってしまった"シナリオ"に、ルーカスを救えなくなってしまうのではないかと不安が過らなかったわけではない。

 それでも、アリアの強い願いは。

「……これでもう、大丈夫ですよね……?」

 今にも泣きそうな表情でリオへと伺えば、なぜか少し驚いたように目を見張った後、リオはしっかりとした頷きを返してくる。

「もう、安心していい」

 ルーカスの中の魔力が安定したことがわかったと、リオは穏やかな微笑みを湛えて見せる。

「……君はもう、本当に……」

「……リオ様?」

 眦にうっすらと浮かんだ涙をリオの細く綺麗な指先で掬われて、気恥ずかしさから思わず頬に仄かな熱が籠ってしまう。

「……否……」

 アリアを見下ろすリオの瞳は慈愛に満ちていて、透き通ったその瞳から目が離せなくなってしまう。

「ありがとう、というべきかな?」

 なぜか困ったように微笑まれ、その謝礼の言葉にアリアの方こそ戸惑ってしまう。

「私はなにも……」

 リオにお礼を言われることなどなにもしていない。

 アリアは、アリアが望むようにしただけだ。

 リオに迷惑をかけていたとしても、リオからお礼をされるようなことはなにもない。

「……みんなにも、もう心配いらないことを伝えないとね」

(……あ……っ)

 柔らかく微笑むリオの言葉に、アリアは内心息を飲む。

「そのことなんですけど……っ」

 くるりとリオの正面へと向き直り、アリアは真摯な瞳でリオを見上げる。

「今回のことは、リオ様が全て一人でしたことにして貰えませんかっ?」

「え……?」

「元々、ルーカス様の魔力(こと)は機密事項だったんですよね?」

 ルーカスの闇魔法に関することは、本来アリアたちに知らされてはならないことだ。

 今回の件にアリアが関わっていることが露見したら、秘密を漏洩したリオの立場がどうなってしまうかわからない。

 それならば、最初からアリアたちはなにも知らなかったことにしておいた方がいいだろう。

(……それに、そっちの方が私にとっても都合がいいもの…)

 アリアが不思議な魔石を手に入れたことを知るのは、あの時一緒にいたシオンと今この場にいるリオだけだ。

 アリアの事情(・・)を、これ以上誰かに知られたくはない。

「でも……」

「お願いしますっ」

 頭を深々と下げて必死な様子を滲ませるアリアに、リオは戸惑ったような表情を浮かべながらも、それ以上は諦めたかのような吐息を落とす。

「……わかった」

 君がそれを強く望むなら、と、愛しげにアリアの顔を覗き込み、金色の長い髪先を指先でそっと掬い取る。

「ありがとうございます……」

 アリアの胸から、ほっと安堵の吐息が漏れた。

「そしたら私はもう行きますね」

 いろいろあった心配事もとりあえずは消え去って、清々しい心地になったアリアは、ふんわりとした微笑みを浮かべるとすぐにその場から離れようとリオから距離を取る。

 ルーカスの容態が落ち着いたことがわかれば、その後いろいろとしなければならないこともあるだろう。

 それを思えば、アリアはもうこの場に留まらない方がいい。

「アリアッ」

 すぐにでも部屋を出ていこうとするアリアを、リオは少しだけ急くように呼び止める。

「?」

 けれど、振り向き、小首を傾げたアリアを見つめて、リオは自分がなにを言おうとしたのかわからないことに気づかされていた。

「……また明日」

 学校で、と他愛のない別れの挨拶をすれば、にこりとした微笑みが返ってくる。

「はい」

 綺麗な従妹の細い肩を見送って、リオは複雑そうな笑みをその顔へと刻んでいた。

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