mission6-1 輝石を手に入れろ!は入手済み?
ルーカスは、伯爵家の妾腹から突然変異で生まれた「天才魔道師」だ。
下賎の出だったとされるルーカスの母親の出自については明らかにされていない。ただ、この世の者とは思えぬほど美しく、華奢な女性だったという。ルーカスの妖艶なほどの美しさは恐らく母親似なのだろう。
そして恐らく、ルーカスを身籠った時から尋常ではない魔力を持つ赤子に生気を奪われ続け、難産の末にルーカスを生んですぐに命を落とした。そんな出生の中でもルーカスが不幸にならずに済んだのは、ルーカスの父親が愛人とはいえ確かに母親を愛していたからだ。愛する恋人の唯一生んだ「異形の子」を突き放すことなく、その特異性を隠し続けた上できちんとした愛情を持って育てた。
――「異形の子」
ルーカスは、生まれながらに「闇属性」を持っていた。
「闇の力」は一般的には魔族と契約することによって手に入ると言われている。
そしてもう一つ。
確証もなく推測の域を出ない話の中で言われているのが、中級以上の魔族と子を成すことで、その子へと闇の力が受け継がれる、というもの。
真実は誰にもわからない。
ただ、そのような状況下で生まれ育ったルーカスが「天才魔道師」と呼ばれ、今に至る。それだけだ。
ルーカスが闇魔法を操れることは、ルーカス本人と父親を除けば、国の上層部のみしか知らぬこと。
高度な光魔法さえ操り、闇魔法をも手にした「天才魔道師」。
光と闇。
その、相反する魔力。
取るに足りない魔力であればなにも問題なかったかもしれない。
けれど、膨大な相反する力を人間の身に宿した時、そこでなにが起きるのか――。
誰も知り得ないその未来は、ルーカス自身が覚悟を受け入れたそのままの形となって、今、その身に降りかかっていた……。
*****
「ルーカス先生は……?」
「……まだ、なんとも」
緻密で美しい絵画が壁一面に飾られた、ベージュを基調とした赤と金色が輝く室内。
リオの転移魔法で急遽王宮へと運ばれたルーカスを見舞ろうとやってきたアリアたちは、厳しい表情で首を横に降ったリオの返答に言葉を失っていた。
「一体なにがあったんですか……?」
頭と胸を抱えて突然苦しみ出したルーカスの様子をすぐ傍で見ていたはずのユーリは、その原因はなんなのかと不安そうに瞳を揺らめかす。
「……それは……」
言い澱むようにつぐまれたリオの口。
「……よく、わからないんだよ……」
よくわからない。
苦しそうに告げられたその言葉が嘘であることを、アリアは知っている。
「……ただ、いつかこうなることを、ルーカス自身が予見していた」
思ったよりも早かったけれど、と唇を噛み締めて、リオはユーリたちから目を逸らす。
――『明日どうなるかわからないんだから、一瞬一瞬を楽しまなくちゃ損だろう?』
それはただ、一般論を口にしていたわけじゃない。
いつか自分の身に起こり得るかもしれない危惧に、気づいていたからだ。
特定の"誰か"を作ることなくその日限りの刹那的な"お遊び"をしていたことも、なにもルーカスの浮気な性格だけが理由なわけではなかった。
「……どーいう、ことですか……?」
リオの発言の奥に隠された"真実"に気づきかけたユーリが、その目に強い力を取り戻す。
「……それは……」
らしくなく逸らされたリオの視線は、それだけでなにかを隠していることを如実に物語る。
「教えてください」
後ろめたさを隠すリオへと、それを逃さないとばかりに真っ直ぐ見つめる強い瞳。
「……」
ルーカスの闇魔法に関することは、国上層部の機密にもなっている。
それを、国王の"寵孫"とはいえ、今はただの王族でしかないリオが、独断で口外していいわけがない。
脅かされるルーカスの生命と、国の重要秘密。
その間に挟まれて苦悩していることが、アリアにはよくわかる。
それでも。
(結局リオ様は優しいから……)
苦しむルーカスを見捨てることなどできない。
ぐっと握り締められた拳の意味を悟って、アリアはただリオが決断を下す時間を待つだけだ。
長い沈黙があって、リオはなにかを振り切るように唇を噛み締めた。
それから、ユーリたちへと顔を上げた時には、強い光をその瞳に宿していた。
「……ボクは、ルーカスを助けたい」
その気持ちだけは確かだと宣言し、リオはこれから話すことは絶対に口外してはならないと厳しい瞳を向けて口を開く。
ルーカスがその身に宿す闇魔法。
その特異性を、まだ魔法の基礎知識しか持たないユーリですら驚きに息を飲み、静かにリオの話を聞いていた。
「……これは、本当にただの推測にしか過ぎないのだけれど」
今回、ルーカスが倒れることとなった原因。
前例のない事態に確証はないと言いながらリオは続ける。
「相反する二つの魔力が強すぎて、人の身で抱える容量を超えてしまったんじゃないかと思う」
「……それはどういう……?」
悔しそうにきゅっと唇を引き結ぶリオに、ユーリの不安そうな瞳が向けられる。
「今は……。ユーリ、君に施している封印魔法と似た結界を張ることでルーカスの魔力を抑えているけれど……」
認めたくない事実を口にするのはどれほどの辛さに蝕まれるのだろう。
「……恐らくは、そう長くは保たない」
「……それって……」
低く告げられたその言葉がなにを意味するのか、理解を拒む空気がそこには在る。
「選択肢は二つだけだ。このまま魔力に食い尽くされて命を落とすか……」
落ちる沈黙。
「全ての魔力を失うか」
強大な魔力が生命を蝕むというのなら、強制的にその魔力を眠らせてしまえばいい。
残酷な現実を前に、どちらかを選択しなければならないとしたら。
「……恐らくルーカスは、魔力を失くしてただ生き長らえることは望んでいない」
「……そんな……っ」
生きてさえいれば、という望みは、きっと綺麗事でしかない。
つい最近まで魔法とは縁のなかったユーリとは違い、母親の生命力さえ糧にして生まれ落ちたルーカスにとって、己の魔力はなくてはならないものだ。
絶大な魔力は、ルーカスの生命そのものだ。
魔力の封印結界の中、今この時も己の相反する二つの魔力の鬩ぎ合いに蝕まれ続けているルーカスを思うと、今すぐにでも駆け出したい気持ちになるのをぐっと抑え込みながら、アリアはリオの言葉を待つ。
「……あとはもう、これは雲をも掴むような話だけれど」
(きた……!)
ルーカスを、唯一救うことになる手段。
顔を上げ、アリアは待ち望んだ瞬間にぐっと拳を握り締める。
「光と闇の均衡を保って中和し、魔力を安定させるような"魔石"でも手に入れば……」
"魔石"は"奇跡"。
極稀に手に入れることができる魔力を宿した石は、ほとんどのものがそこに宿された魔力が解明されていない。"なにか"の魔力が込められていることがわかっても、それがどういった効果をもたらすのかは不明なままだ。
本当に一握り。極一部の解析された"魔石"だけが、王家の管理下で使用されている。
「……そんなものがあるんですか?」
「王宮の蔵書庫を、急いでルイスに調べさせている。もし、君たちがなにかしたいと思うなら、ルイスを手伝ってやって欲しい」
ある、とは言い切れないのと同じくらい、ない、とも言い切れない。
それだけ"魔石"の存在は稀有で、そこに込められた魔力は謎のもの。
だからこそ、雲をも掴むような奇跡の未来。
「残された時間は……、多分、そう長くはない」
「っ!そんな…っ!」
ボクはボクで動くから、と、決意を滲ませたリオと同じく、アリアもまた心を決めるという決断を下さなければならない時間が迫っていた。