時は廻りて
なぜだかすっかり居候が板についたユーリは、わざわざユーリの為に買い換えたと言っても過言ではないソファベッドの上でゴロゴロしながら、魔法書を眺めていた。
シオンはよく読書をする。家具などに拘りなどなさそうなシオンだが、恐らく唯一拘ったのではないかと思わせる座り心地の良い大きな椅子へと腰かけて、綺麗な指先がパラリとページを捲っていく。
この時間の沈黙は嫌いじゃない。
ユーリがどんなにゴロゴロとだらけようとも、シオンがそれを気にすることはない。
正直に言えば、ユーリを空気のように扱うシオンの態度は好きかもしれない。
いてもいなくても気にしないと言われればどうでもいいような存在にも思えるが、割りと神経質そうなシオンが"誰か"を傍に置いて気にせずにいられるというのは、それだけ心が許されているからだと思う。
シオンとの付き合いは長くもないし深くもない。
それなのになぜ、と、さすがに図太いユーリでも、このシオンの性格を考えれば疑問に思わなくもない。
右へ左へゴロゴロゴロゴロ。
すでに魔法書の文字など眺めているだけで頭になど入っていない。
いろいろあって本気で魔法の取得に乗り出してはいるが、元々ユーリは勉強があまり好きではない。
やればできる程度の頭は持ち合わせているものの、"勉強をする"という行為そのものが得意じゃない。
そして気になることがあれば基本的に口にせずにはいられない。
ユーリはどちらかと言えば短気な性格だ。
「……なぁ、シオン」
ゴロゴロゴロゴロ。だらけた態度は変えることなく、声をかけた相手へと目を向けることすらせずにユーリはゆっくりと口を開く。
「なんだ」
こちらもまた、本から視線を離すことなく返される返事。
「……オレ、昔、お前に会ってない?」
今日の夕飯はなんだろうな?くらいの軽さで問われたその内容に、シオンの指先がぴたりと止まる。
聞き違いかと、本の文字から視線を浮かせて十数秒。
パタン……、と本を閉じたシオンは、ソファベッドに転がるユーリへと視線を移していた。
「……どうしてそれを」
その反応に、やっぱりな、と、なにもかもが附に落ちた感覚がした。
初対面、じゃなかったから。
シオンが初めからユーリに気を許していたのはこれが原因かと納得する。
「別に忘れてたわけじゃない」
最後にゴロリと転がると、ユーリはソファの上で胡座をかく。
それから真面目な顔でシオンへと向き直ると、はっきりとした声で告げていた。
「ただ、あの時の男の子とお前が同一人物だなんて、気づける方が難しいだろ?」
過去の記憶に確かに存在する一部分。だが、その記憶にある子供がシオンだったのではないかと気づかされたのは最近だ。
幼い日の出来事そのものを忘れていたわけじゃない。
「……お前にとっては誰かを助けることなんて日常茶飯事で、当たり前のことすぎて覚えていないのも仕方のないことかもしれないと思っていた」
ふと心に過るのは、少し前にユーリと話した人魚姫の物語。
誰にでも手を差し伸べるユーリにとってはいつもとなんら変わらない生活の中の一部分にしか過ぎなくて。流れ行く時間と共にただ忘れられていくだけの存在。
「そんな薄情じゃないぞ!?」
その程度と見くびられては堪らないと声を上げながら、それでも確かに"あの時"は母親の趣味で女装させられていたから、できれば忘れたい思い出ではあるとユーリは苦笑する。
「……オレは、ずっと忘れられなかった」
ユーリと再会し、接してみて、やはりあの時の"少女"はユーリだったのだと確信だけが深くなった。
けれど。
「……そっか」
なんか、ありがとな、と照れたように笑い、ユーリはキラキラとした大きな瞳をシオンへ向ける。
「じゃあやっぱり、この再会は運命だな!」
なんの衒いもなく口にされるそれは、どれだけの深い意味を持っているのだろう。
満面の笑みを浮かべるユーリの無邪気さにザラリとした感触を覚えるのはなぜだかわからない。
"あの時の少女"が自分を覚えてくれていたことは、単純に喜ばしいことのはずなのに。
「……そうかもしれないな」
恥ずかしげもなく口にされたユーリの言葉に、珍しくもそう言葉を返しながら、シオンは答えの出ない思考回路の中へと取り残されていた。
呟き。
自覚するまではまだかかりそうです。というお話。
寄り道でした。
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