mission5-1 迷宮を攻略せよ!
古代迷宮攻略イベント。
その名の通り、古代に作られたという神聖な迷宮の奥深くに眠る「神剣」を手に入れるイベントだ。
王家に伝わる逸話の一つで、「選ばれし者」のみが手にすることができるとされる伝説の宝刀。ようするに、アリアの記憶にある「アーサー王伝説」をモチーフにした、高位魔族対抗の武器の一つだ。
実際に、この神剣を手にしたリオは、"ゲーム"終盤でこれを使ってラスボスと闘うことになる。
そして、この迷宮攻略に関して言えば、特段の危険はない。どちらかといえば頭を使って古代文字という名の暗号を解いて先に進んでいくという、苦手な人はとても苦しむ頭脳戦だった。
アリアの記憶によれば、ロジックゲームや出されたヒントを頼りに駒を動かして扉を開ける、などといった頭を使った"ゲーム"内容に、少しの時間も惜しかった為、あっさりと"攻略サイト"に手を伸ばしていたように思う。
そしてここに来た以上、アリアには今後の展開上、もう一つしておきたいことがあった。
この"イベント"攻略後、実はもう一度ここへ来なければならない事態が発生する。できるならば時間短縮の為にもついでに攻略してしまうことが望ましかった。
*****
「……学園の地下にこんなものが……」
一面金色に輝いて見える光景に、ルークが驚きの声を上げる。
アリアたちが通う魔法学校は、王家直属の由緒正しい学園だ。その歴史は古く、学園設立に関しての記録は王家の秘蔵庫にしか残されていないというが、詳細な内部構造が秘匿されている理由はこれだろう。
学校の地下には、古代の巨大遺跡物が眠っていた。
「……すごい……」
金色に光る水が涌き出る泉。触れてもなんの感覚もしないことから、それは幻であることがわかる。
まさに光を操る王家そのものを彷彿させる幻影に、ユーリが感嘆の吐息を洩らしていた。
「まずはここからだな」
ここが地下迷宮の入り口だということはわかっているが、見渡す限りそれらしきものはない。覚悟を滲ませたルイスが万が一もあってはならないという思いからか、リオの半歩前に立って光溢れる泉の水源へ睨むような視線を向けていた。
「結局お祖父様はなにも教えてくれなかったからね」
かつてこの地下迷宮に挑んだ現国王は、道中ばで引き返すことになったというから、この場のどこかに隠された入り口を見つけることはできたということになる。
けれど、スタート時点から躓くようであればそもそも攻略などできないと、なにも教えてはくれなかったらしい。
幻の水源から一定の距離で消えていく黄金の泉。その足元には、今や誰も解読することのできない"古代文字"が刻まれていた。
(……日本語なの!?)
どうしたら地下への扉が現れるのかとヒントを求めて彷徨う面々の中で、アリアは一人心の中で驚愕する。
(古代文字の設定が安直すぎる……!)
この世界の文字は"英語"に近いもの。けれどまさか古代文字が"日本語"とは驚きで、アリアは"ゲームスタッフ"の裏設定に愕然とする。
"ゲーム"では、古代文字なので読むことができない、という設定で話が進んでいたが、まさかこんなオチが隠されているとは驚きだ。
――光汲みし者、祈りを捧げよ
その刻印を見る限り、どちらにしろ王族に近い者しか扉を開けることは叶わないように思われる。
祈りに込める光魔法がどれほど必要なのかはわからないが、そもそも迷宮に隠された神剣そのものが「選ばれし者」にしか手にすることができない時点で、それは当然のことなのかもしれなかった。
この地下迷宮の攻略において、"攻略サイト"を駆使して謎解きをしてしまった"アリア"は、ゲーム内でなにをしたのかほとんどいっていいほど記憶がない。けれどそんな霞がかかった記憶でも、ないよりはましだろうと思っていたのだが、まさか"古代文字を読解できる"という結果が待っていようとは思っていなかった。
("祈りを捧げる"……)
ふと、思い出す。金色の泉の周りを模索した後に現れた、"ゲーム"での選択肢。
『踊るor祈るor唄を歌う』
確か、そんな感じだったように思う。
この状況で"祈る"という行為を取ることは不自然ではないと思う。
神聖な雰囲気溢れるこの場所は、思わず祈りを捧げてしまいたくなるくらいには清廉だ。
アリアは泉の前で両膝をつき、手を組んで目を閉じる。
「……どうか私たちをお導きください……」
どんな祈りを捧げたらいいのかはわからない。
ただ、アリアが心から願う祈りを。
この迷宮の攻略だけではなく、翳ることのない明るい結末を。
(私の中に流れる、光の血――!)
どうか、と。強く願う。
すると、その直後。
今まで沸き上がり続けていた幻の水流が退いていき、泉が消えたその後には、地下へと続く古代迷宮の扉が現れていた。
「……お前、一体なにしたんだ……?」
「なにも……」
ごくりと息を呑むセオドアへ、アリアは「ただ祈っただけ」だと、困ったように偶然を装った説明をする。
「"祈り"、か……」
案外それがキーワードかもしれないと、リオは目の前に現れた、大きく重厚な扉を見上げる。
「時間が惜しい。……いいね?」
珍しくも強い意思を見せたリオの瞳。
それに静かな頷きを返して、全員、その扉の奥へと足を踏み込んでいた。
碧い輝きの点った硬質な階段を降りていくと、そこには三方へと道の続く分岐点があった。
「……さて、どうするか」
全員同じ道を選ぶか、それとも三方に別れるか。なにが起こるかわからない先の道へと目を凝らして、ルイスが考える素振りを見せる。
どの道が「神剣」へと辿り着いているのか。
"攻略サイト"でさくさくと先へ進めてしまった"アリア"は、もちろんその答えなど覚えていない。ただ、最終的に言えることは、この内の2つは、迷った末に"行き止まり"となることだった。
けれどアリアは。
(どこかにヒントは……)
なにか隠されていないかと、アリアは四方へと思考を巡らせる。
どの道が正しい道なのか、"ゲーム"でもこの時点ではわからなかった。踏み入れた先で閉じ込められて出口を探すための謎解きをしたり、隠し扉を開けるために試行錯誤したりと、そんな展開が待ち受けていたような気がするが、"自力"で「神剣」へと辿り着こうとするならば、運良く最初に選んだ道が正しかったか、逆に全部の行く先を確かめてから辿り着くかの、本当に「勘」頼りのミッションだったと記憶する。
だが。
(……なにか刻まれてる……?)
この迷宮を作った"誰か"が、まるでメモのように刻印したかのような小さな文字。
三方に別れた壁の足元辺りに、小さな「日本語」が残されていた。
(……「剣」……と……?)
「剣」とは、明らかに「神剣」のことだろう。
そして、なにも刻まれていない中央の道と、
(……「石」……!)
左手の道が続く先のヒントに、アリアはどくんと鼓動が大きく跳ね上がったのを自覚する。
「剣」の道は今回の目的地に違いはないが、アリアは「石」の先にあるものにも用がある。
「三方に別れて捜索しますか……?」
セオドアが、ルイスへと窺うように顔を向ける。
"ゲーム"では全員行動を共にしていたが、効率を考えるならば別れた方が得策だろう。
「そうだな……」
そうして頷いたルイスは、もちろんリオと別行動を取るはずもない。必然的にシオンとアリア、セオドアとルークとユーリの三組となり、各々どの道を選ぶかという話になる。
もちろんアリアが進みたいのは、右手の「剣」の道……、ではなく、左の道だ。
(どうしたら……っ!)
どうしたら自然と望む道へ進むことができるだろうか。
なんとしても左の道を選びたくて考えを巡らせるが、もちろん良い言い訳など思い付くはずもない。
けれど、そこでふと目に入ったのは、リオの命に従ってアリアの傍に立つシオンの「利き手」。
「……シオンて、左利きよね……?」
ふいにその事実を思い出し、アリアは確認するかのようにシオンの左手へと目を落とす。
アリアの周りでは他にも一番上の兄が左利きで、ルーカスも左だったように思うから、特段珍しいわけでもない。
それでも。
「……あぁ」
それがなんだとでも言いたげに潜められた表情に、アリアはできる限り自然を装って静かな微笑みと共に提案する。
「そうしたら、験担ぎに左の道を選んでもいいかしら?」
浮かべた笑顔は不自然ではなかっただろうか。
アリアの瞳の中の"なにか"を探るかのように見つめてくるシオンの双眸に、アリアは一筋の冷たい汗が背中を流れ落ちていくのを感じていた。