集合
蒼と白と金色を基調とした、まさに中世フランス王室を思わせる内装。
もちろん訪れるのは初めてのことではないが、相変わらず圧倒される贅の尽くされた来客用の室内は、少しの緊張感をアリアへともたらす。
悠然と座っているシオンとは対照的に、ユーリもまた落ち着かない様子で視線をあちこちへと彷徨わせていたが、どうやらここへ来ること自体は初めてではないようだった。
「今日はわざわざありがとう」
豪華絢爛な装飾に全く負けることなく――、むしろ完全に馴染むどころかそれすら圧倒しそうなきらびやかな雰囲気を纏わせて、この城の住人であるリオが「ごめんね」とすまなそうに微笑んだ。もちろん、その傍には側近であるルイスの姿もある。
「いえっ、とんでもないです……!」
リオを前に緊張を隠せないルークが、謝罪の言葉を受けてぶんぶんと手を横に振る。
「それで、今日はなにがあったんですか?」
一方、その隣に座ったセオドアは落ち着いた様子でリオへと顔を向けていた。
この面子をわざわざ王宮まで呼び出してする話など、只事ではないだろうということくらい全員が理解している。それでもこの場の空気が穏やかなのは、目の前で微笑みを浮かべているリオがどこまでも柔らかだからだろう。
「先日、シオンとユーリには少し話したと思うけど」
チラリとシオンとユーリへ視線を向けて、リオはそう前置きした。
先日、2人が揃ってどこかに行っていたのは王宮からの呼び出しだったのだと、アリアはここで合点がいった。2人を呼び出し、なにを話していたのかは気になるところだが、恐らくはユーリの魔法能力についてのことだろうと思われた。
「……例の、魔族のことで」
そして、言葉を選ぶように静かに告げられたリオの声に、その場へぴん、とした緊張の糸が走る。
「直接対峙した君たちならわかると思うけど、その男は確実に高位魔族だ」
リオは、直接バイロンを見てはいない。けれどまだ未熟とはいえ五大公爵家の血を継ぐ人間とルーカスをして取り逃がすなど、ただの上級魔族であるなどあり得ないことだった。だからこそ。
「それも、恐らく」
神妙な顔つきになり、リオはゆっくりと口を開く。
「……ルーカスの見立てでは、魔王直属の家臣クラス」
誰かが、ごくりと息を呑んだ音が聞こえた気がした。
「高位魔族は容姿の変化が可能らしいし、王室の歴史書にも名前などの詳細は残されていないから、断定はできないけれど」
落ちる沈黙。
推測される男の正体を前に誰もが言葉を失い、ただ時間だけが過ぎていく。
けれどそんな中、ユーリだけは、きっと、ずっと聞きたくて聞けずにいたことを勇気を出して口にしていた。
「……アリアは……、なにか知ってたりするの?」
この場で聞いていいものかと悩む様子でおずおずと揺らめく瞳を向けてくるユーリへと、アリアはむしろ今までなにも言及されなかったことの方が不思議に思う。
先日のアリアとバイロンの遣り取りを一番近くで聞いていたのはユーリだ。その時アリアは、迂闊にも男の名前すら口にしてしまっている。
「……アリア?」
もしなにか知っているならば教えて欲しいという優しい眼差しをリオから受けて、アリアは僅かに動揺する。
「……いえ、私は……」
言った方がいいのだろうか。
相手の情報と危険性は、できる限り知っていた方がいい。
それでも"ゲーム"知識をペラペラと口にするわけにもいかず、アリアは差し支えない情報から"解答"を導く方法を選んでいた。
「……ただ、あの時の言動から推測できることはあります」
アリアだけが知る、今この世界で起きている脅威を、現実で提示された少ない情報へと線で繋いでいく。
「"主"の話をしていました。恐らく、その"主"の復活のために動いているんだと思います」
さすがに"主"が魔王である可能性は低い。となれば、自と答えは導き出されてくるだろう。
「……魔王配下四天王の復活……?」
歴史書に記された、伝説級クラスの最高位魔族。
すぐに答えへと辿り着いたリオの呟きに、アリアは目だけで肯定する。
「……そうか……」
大事になった、とでも言いたげに落とされた細く深い吐息。けれど、恐らくは、すでにこの時点でリオはこの最悪の事態すら想定していたのだろうと思う。
だからこそ。
「そこで、みんなに協力を頼みたいんだけど」
今日、この面子を集めた本題を切り出した。
「古代迷宮の奥に眠っているという宝刀を手に入れたいと思ってる」
(……来たわね。迷宮攻略イベント)
男の正体がなんであれ、最初からリオはこれをアリアたちへ打診するつもりだった。
国の愁いを少しでも軽くする伝家の宝刀だ。
「お祖父様の許可は取ったし、むしろお祖父様もできることなら手元に置いておきたいと言っている」
ただ、問題は。
「かつてお祖父様も挑戦して、叶わなかったらしい」
「……それは……」
それがどれほど前のことかはわからないが、少なくとも現時点での国内最高位が挑んで手に入れることのできなかったものを、自分たちがなんとかできるものなのかと、セオドアが言葉にならない疑問を洩らす。
世界各地に点在する、古代の遺跡物。それがなんの為に作られ、どう使用するのか、現在では言い伝えや伝承程度にしかわかっていない。
遺された古代文字を読める者はもはやいない。
ただ、"どこかに魔王が封印されている"という伝説が残っていることからも、古代の遺跡は触れてはならないパンドラの箱だった。
それでも、王家に代々伝わる幾つかの過去の遺産は、かつて偉大な魔道師たちが残した魔物殲滅の為の希望の光だった。
「本当はね、アリア。今回は君に伝えることなく話を進めたかったんだ」
それもあり、アリアに気づかれない形でシオンとユーリを王宮へと呼び出していたのだろう。けれど、なんとなく困った様子でアリアを見つめてくるリオの瞳は優しいもので、アリアはそうはならなかったことを不思議に思う。
今までアリアが起こしたことを思えば、リオが内密に話を進めたとしてもなんらおかしなことではないのだから。
「……だけど、まぁ、今回は危険なことはないだろうと判断したことと」
チラリ、と向けられた視線の先にはシオンとユーリ。
「……2人が、アリアの同行を望んだから、ね……」
仕方なくアリアもここへ呼ぶことにしたと告げるリオは、一体なにを3人で話したというのだろう。
ユーリだけならばまだしも、シオンまでアリアの同行を許可したというのだから驚きだ。
(……まぁ、呼ばれなくても勝手に付いていったと思うけれど……)
つまりは、アリアをよく知る2人はそれを懸念したということで、自分達の知らないところでアリアが動くよりは手元に置いておいた方が気が休まるという結論に至っただけなのだが、アリアがその思惑に気づくことはないだろう。
(この"イベント"、後々のことを考えるとしておきたいことがあるのよね……)
リオの言う通り、今回のこの"イベント"には今までのようになんらかの危険性は絡んでこない。
けれど"ゲーム"内で一度この古代迷宮を攻略しているアリアの知識は、あった方が確実に時間短縮にはなるだろう。
一人、やるべきことを頭の中で整理していたアリアは、次に発せられたリオの言葉に、思考を停止させられることになる。
「その代わり、条件は呑んで貰うよ?」
その声色は、優しいながら有無を言わせない強さを持っている。
「シオン。今回の任務にあたって、アリアを手の届く範囲内から絶対に出さないように」
「……え……」
(えぇぇぇぇ!?)
と心の中で絶叫し、アリアは呆然とリオの顔を見つめる。
かつての"記憶"を使ってこそこそさくさく迷宮を攻略するために、一番警戒しなければならないのがシオンの洞察力だというのに。
これでは"答え"を知るアリアの行動が確実に不審がられてしまう。
けれど。
「わかったね?」
承諾できなければ置いていく、と、いっそ恐いくらいにっこりと微笑まれ、アリアは同意するという選択肢しか残されてはいなかった。