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恋の矢の行方 2

「シ、シオン……ッ?」

 どこに向かっているのか、強い力で引きずられるようにシオンの後に続きながら、アリアはその後ろ姿へと声をかける。

 シオンに会うのは、実に例の事件(・・・・)以来になる。

 任せて、と笑ったユーリの言葉を信じていないわけではないのだが、この状況はなんだかとてもアリアには不利のような気がしてならない。

 無言の背中が、それだけで負の感情を滲み出している気がして、アリアは口の中が乾いていくのを感じていた。

「あの……、どこに……っ」

「オレの部屋だ」

 バタンッ、と乱暴に開け放たれた扉の向こう。

 バーカウンターのような小さなキッチンが備え付けられた細い通路の奥に、壁一面本の詰まった書棚が広がっていた。

 まるで書斎を思わせる重厚な机と、形だけ備えられた応接セット。

 "ゲーム"の中では見たことがあるような気もするが、実際にアリアが自分の目で見るのはこれが初めてだ。

 まるで、最上級の"スウィートルーム"をそのまま自室にしたような室内。

 続きの間には、もちろん大きなベッドの置かれた寝室があって、そこへと足を踏み入れた途端、普段から知るシオンの香りが色濃くアリアの胸を満たした。

 とすんっ、とベッドの上へと投げ出され、その勢いでさらに強くなったシオンの匂いに全身が包まれる錯覚に落とされる。

 普段、確かにシオンがここで(・・・)生活しているのだということを、強く実感させられる。

「……アイツ(・・・)と、なにをしていた」

 先程のラルフと同じように両手首をそれぞれシオンの手で耳の横辺りで縫い止められ、アリアは乾いた口を開く。

「……は、話を……」

「こんな体勢で?」

 あくまで婚約は偽装のはずなのに、まるで浮気現場へ踏み込まれたような感覚に陥って、アリアは真っ直ぐ見下ろしてくるシオンに返す言葉がみつからない。

アイツ(・・・)になにをされた」

「な、なにも……」

 やましいことはなにもされていないはずだ。

「どこに触られた?」

 けれど、耳元を擽るように問い詰めてくる低い声に思わず肩が震えて、その強い声色に逆らえる気がしない。

「……ちょっと、髪を触られたくらいで……」

 シオンがそこまで気にすることではないと言いたかったが、直後、他の男(・・・)の痕跡を消すかのようにベッドの上へと流れたアリアの髪へと口付けを落としていくシオンに、カァァァ、と顔に熱が籠る。

「他には?」

「他に、って……」

「アリア」

 柔らかな髪を(ついば)むようにしながら有無を言わさない声色で名を呼ばれ、その強制力を前に成す術がみつからない。

「ひ、額、とか……っ」

「それから?」

 アリアの言葉のままに唇が額へと落とされて、アリアはぎゅっと目を閉じる。

(なんの罰ゲーム……っ!)

 あまりの羞恥に肩が震えて、これはなんの嫌がらせかとさえ思ってしまう。

「耳元、とか…っ?」

 そんなの、しっかり覚えていない。

 けれどシオンはその記憶と感覚を上書きするかのように、耳の後ろ辺りをちゅ……っと跡をつけるかのように吸ってくる。

 触れられた場所(ところ)を全て、上塗りしていく。

 そして、偶然を装うように脇腹を撫で上げられて、びくりと身体が震えた。

「あ……っ」

 思わず漏れた、噛み殺せない甘い声。

 その声にまたシオンもゾクリと背筋を震わせ、アリアの頬へと手を伸ばすと端整な顔が目の前まで迫ってくる。

「アリア……」

「シオン……っ!」

 なにをしようとしているのか気づいたアリアは、ハッと我に返ると慌ててシオンの肩を押し返す。

 これ以上はマズい気がする。

 先日の二の舞になりかねない。

 と。

 遠いどこかからバタバタと忙しなく走ってくる音が耳に届き、

「シオン……ッ!お前、さっさと行く……」

 なよ!?と続けられるはずだった言葉は、目の前の光景を目にして見事に口の中へと留まっていた。

「なん……っ」

 大きく見開かれた丸い瞳。赤い口もまたぽかんと開き、アリアとシオンの二人を凝視する。

「……ユーリ……」

 なぜ、こんなところにさも当然のようにユーリが現れるのだろう。

 けれど、そんな疑問は真っ赤になって肩を震わせ始めたユーリを前に、とても投げられるものではない。

「……お前……っ、なにして……っ?」

 ユーリの前に広がるのは、ベッドへと押し倒されたアリアの姿。

 もちろん、アリアの華奢な身体に手を掛けているのは、ユーリが親友(・・)と認定している人物だ。

「ノックくらいしろ」

(それ、さっきの私のセリフ……!)

 呆れたように口にしながら身を起こすシオンの台詞に、アリアはなんともこの場に似合わない突っ込みを胸に抱く。

「オレとアリアは婚約者同士だ。なにもおかしいことはないだろう」

 淡々とそう事実を口にするシオンの正論(・・)に、それはそうかもしれないけれどと思いながら、けれど今にも泣き出しそうなアリアの表情(かお)に気づいて、ユーリは拳を握り締める。

「……アリアもお前とそう(・・)なることを望んでるっていうなら、オレはなにも見なかったことにしてこのまま帰る」

 真っ直ぐシオンの顔をみつめ、ユーリは怯むことはない。

「だけど、少しでも迷いがあるっていうなら」

 強い瞳と強い声。

「女の子には紳士的に!がオレのモットーだ!」

 どうだ!?と睨まれて、シオンは大きく息をつく。

 それからしばしの沈黙が下りて、次にシオンが顔を上げた時には、意味深な笑みを口元に刻んでいた。

「……羨ましいのか?」

 混ざるか?と、明らかに純真なユーリをからかう目的で口にされたそのセリフに、シオンの意図通り、朱色の引き始めていたユーリの顔がゆでダコのように火を再熱させる。

「……おま……っ、バカ……ッ……!?」

 なぜかシオンはユーリに近づき、気づけば壁際まで追い詰められたユーリがいた。

「すでに何度も夜を共にした仲だろう?」

「シオン……ッ!!」

 耳元でからかうように囁くシオンに、誤解を招く言い方すンなっ!と真っ赤になって反論するユーリの姿に、アリアもまた顔を赤く染めると驚きに目を見張る。

(えぇぇぇ!?どういうこと!?どういうこと!?)

 アリアが気づいていなかっただけで、すでに二人は恋仲に進展していたとでもいうのだろうか。

 目の前で繰り広げられている光景に、思わず心の中で歓喜の悲鳴を上げながら、あまりにもお似合いの2人の姿に、気を引き締めなければ口元が緩んでしまう。

 真っ赤になったユーリを、壁際へと追い詰めるシオンの姿。

 待ち望んだ展開に、口元を隠しながら目だけはしっかりと2人の様子を観察してしまう。

「アリアッ!違う!違うから!!」

 なにやら「親友」認定したシオンの家へとユーリは入り浸っているらしい。寮ではなくシオンの家へ「帰る」ことも多いらしく、"お泊まり"した回数もかなりらしい。

(いつの間に……!)

 誤解だからと慌てて首を振るユーリの否定に、別段誤解でなくてもいいのにと本気で悔しく思ってしまう。

 そしてそんな風に真っ赤になって慌てるユーリに、少しは溜飲が下がったらしいシオンは、無表情の中に仄かな満足気な色を浮かべていた。

(これって、同棲!?押し掛け女房!?)

 押し掛けられて迷惑だ、と肩を落とすシオンへと、この"現実世界"ではどちらかというとユーリの方がシオンへ懐いているのだろうかと思う。

 シオンがユーリを嫌うはずはないから、これはアリアにとっては嬉しい展開だ。

 しかし。

「……お前はなにを言ってる」

(……え。声に出てた?)

 呆れたように眉を潜められ、アリアはきょとんと首を傾げてシオンを見遣る。

 ついつい狂喜乱舞しすぎてアリアの秘密の"萌え"が外へと出てしまっていたのだろうか。

「またなにかおかしなことを考えてるだろう……」

 不審気にアリアを見下ろすシオンは、完全に呆れている様子だが、元々種を撒いたのはそちらの方だと訴えたい。

 そうして気づけば室内は明るい空気に満たされていて、ユーリの存在感の大きさを改めて思い知らされる。

「ユーリは本当にすごいわね」

 カッコよくて、可愛くて。

 いつの間にやらシオンの元から逃げ出していたユーリへと、思わず抱きついてしまう。

「アッ、アリア……!」

「なぁに?」

 顔を真っ赤にするユーリが本当に可愛くて、アリアは姉のような気分で首を傾ける。

「オレ、前々から一つ気になってたことがあるんだけどっ」

「?」

 アリアをぐい、と引き離し、懸命になにかを訴えようとするユーリへと、アリアはまじまじとした目を向ける。

「アリア、オレが男だってこと忘れてるだろ……っ!」

「……え……?」

 言われた言葉は予想外で、アリアはきょとん、と目を丸くすると自分の中に置ける正確なユーリ像を並べ立てる。

「ユーリは優しくてカッコよくて男前の、最高に素敵な男の子よ?」

 さらり、と。なんの恥ずかしげもなく口にされた褒め言葉に、赤い顔をさらに赤く染めながら、けれどなぜか納得はいかない様子で、ユーリは先の言葉を見失う。

 最上級に誉められているはずなのになにかが違う。

 そう感じてしまうのはユーリだけではないだろう。

「人畜無が……」

「お前もだ!シオン!」

 同じことを思っているのか、わざわざ簡単な言葉で言い直してくれそうなシオンへと、ユーリは涙さえ浮かびそうな瞳で訴える。

 ユーリが好きなこの2人は、2人ともユーリのことをなにか違う目で見ている気がする。

 異性とか友人とか、そういった「人間(ひと)」ですらなく、なにか愛でたい愛玩小動物のような。

「……馬鹿っプル……っ!」

 その言葉は、人目を憚らずイチャイチャするような恋人同士を示すのではなく、まさに言葉通り2人とも「馬鹿」だと言いたいのだろう。

「本当よ?」

 なぜか微妙に落ち込むユーリに、アリアが更なる追い討ちをかけていく。

「うっかり好きになっちゃいそうだもの」

「"うっかり"ってなんだよっ」

「だ、そうだ」

「オレはお前のそーゆー余裕綽々な態度が気に入らないんだよっ!」

 今にも泣き出さんばかりのユーリの必死の声が、明るくなった室内へと響いていく。


「言っとくけど、オレは気づいてるからな!?」

 涙目のユーリが、びしっ!とシオンを指し示す。

「気づいてるけど、絶対に教えてやらないからな!?」

 これくらいの意地悪、絶対に許される。

 そもそもこれは、他人が口出すことでもないのだから。

「お前、その無自覚どうにかしろっ!!」


 訝しげに眉を潜めたシオンと、きょとん、と無防備に小首を傾げたアリアの2人に、ユーリは今度こそ本気で泣きたくなっていた。

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