小話 ~途(みち)、中(なか)ば~
時同じくして、こちらはシオンとユーリの乗る馬車の中。
「……お前、なにイライラしてるんだよ?」
深々と椅子に腰掛け、無言のまま目を閉じているシオンを前にして、ユーリは恐れ多くもその不機嫌さを気にすることなくその可愛らしい顔を潜めていた。
「ごめん、違うか」
ふぅ、と一度小さく息を吐き、ユーリは再度シオンの顔を見上げる。
「お前が苛立つ気持ちはわかるんだ」
シオンとはベクトルが違う方向に向かってはいるが、総称すれば全員気持ちは同じだろうと思う。
「でも、それなら始めから側を離れなきゃよかっただろ?」
ようするに、一言で言うならば「心配」なだけ。
感情の分かりにくいシオンの内面を正確に理解して、ユーリは拗ねるように唇を尖らせる。
自分から突き放したくせに、結局はこうして苛立ちを募らせている。
だったらなぜあんな真似をしたんだと、ユーリこそ問い詰めたい方の立場だ。
「……始めから関わらなければ済んだことだ」
問題はそこではないのだと。なぜ自分たちが動く必要があるのだと、一貫して始めから変わらない意見を貫くシオンに、ユーリは明るく笑い飛ばしてみせる。
「それはアリアには無理だろ」
オレだって無理だし、とあっけらかんと口にするユーリに、シオンの肩が大きく落ちる。
「……お前たちは本当に……」
どうしてそうなんだ、という問いかけは平行線を辿るだけ。
自分の手に負いきれないものを背負おうとする人間ほど迷惑なことはない。
そんなことを言ったとしても、ユーリには苦笑いされるだけだろう。
「……オレは、自分にとって大切なもの以外、どうなろうと構わない」
「お前はそーゆーヤツだよな」
わかってる、と、シオンの発した他人を見捨てるともとれる冷たい台詞に、ユーリは別段気分を害することなくあっさりと笑ってみせる。
「お前たちは、なぜそこまで赤の他人に対して一生懸命になれるんだ」
「……それはなかなか難しい問題だな」
向けられる視線に本気でうーん、と眉根を寄せて考え込み、ユーリは難しい顔をする。
シオンの考え方の方が、よっぽどシンプルでわかりやすい。
「勝手に身体が動いちゃうんだから仕方ない」
苦しむ人全てを救いたいだなんて、さすがにそこまでは偽善だろうとユーリも思う。
ただ、目に見える範囲内で。手の届く人だけでも助けたいと思ってしまうのは何故なのだろう。
「でも、本当はお前だってわかってるだろ?」
苦笑いを浮かべつつ、瞳の色だけは真剣にユーリは言う。
「なんでかはよくわからないけど、アリアのアレは最善なんだ。ただ、そこに自分の安全だけを置いてきぼりにしてる」
今までのアリアの行動を振り返ってみればわかる。
もし、アリアがすぐに行動せずに、悪戯に時間ばかりが過ぎていたら?
きっと、助けられない人がたくさんいた。
自分がアリアの立場でも同じことをしていると思えば、ユーリがアリアにかけられる制止の言葉はない。
ただ、「女の子なんだから」と、それくらいのことだろうか。
「面白いよな。他人なんてどうでもいいと思ってるお前が選んだ人間が、誰よりも他人を見捨てられないんだから」
うまくできてる。とからかうように笑うユーリは、その中になぜか自分が含まれていることも自覚している。
だからユーリは、一見冷たそうに見える目の前の親友が好きなのだ。
それは結果的に、どう足掻こうがシオン自身もまた他人を見捨てられないということなのだから。
「……オレの身体は一つしかないんだ」
面倒なのが二人に増えたらたまったものではないと肩を落とすシオンへと、ユーリは不貞腐れたように口を尖らせる。
「別にオレは守って貰わなくていいし」
「魔法能力で言えば、お前はアイツに遥か劣っているだろう」
それなのになにを言っていると呆れた様子で息をつき、シオンは目の前のユーリへと複雑な感情を垣間見せる。
「本当に、お前には毒気を抜かれる…」
なぜか、ユーリには逆らえる気がしない。
本当はその理由がわかっているような気もするが、それは見えないように蓋をして。
それがまた嫌だと感じないことが不快だと思って、シオンは大きな溜め息を吐き出していた。
ブックマーク100超え、ありがとうございます。
記念に滅多に書かない活動報告を書いてみました。
ネタバレ・暗めの話が苦手な方はスルーして頂ければと思います。
引き続きお付き合い頂けますと光栄です。