mission4-4 神隠しの子どもたちを探せ!
子供たちが囚われていた祠の奥の探索が行われているのか、雑木林の古びた遺物の前にリオはいた。
「アリア!」
アリアの姿を目に留めると、開口一番アリアの元まで歩み寄り、「大丈夫かい?」と酷く心配そうな表情をしたリオのその反応に、アリアは罪悪感に襲われる。
「……大丈夫、です……」
怪我そのものはすでにシオンの回復魔法で傷一つなく治されているものの、恐らくリオが言いたいのはそんなことではないだろう。それをわかりつつも、アリアは小さくそう返すことしかできなかった。
「大怪我だった、って聞いたけど……」
「……それは……」
上半身を隠すように肩からかけられた蒼い布。けれど、どこから見てもアリアの姿がボロボロなのはわかることで、アリアはリオの顔を見ることもできずに俯くことしかできない。
「……大事に至らなかったならいいんだ」
「……ご心配おかけして申し訳ありません……」
できる限り冷静にいようとするリオの空気が伝わって、アリアはただただ恐縮する他ない。
「……だけどね、アリア」
一度目を閉じ、自分の中に沸き上がる感情を抑えようとするかのようにぐっと息を飲んでから、リオはアリアの顔を見つめる。
「どうして君はそう無茶ばかりするんだ」
リオにしては珍しく、強い憤りの籠った瞳。
「君のしたことは、とても誉められた行為じゃないよ?」
ボクの言いたいことはわかるよね?と強い言葉で尋ねられ、返す言葉が見つからない。
もしアリアがすぐに動かなければ拐われた子供たちがどうなっていたか、なんて、この場で言い訳として出すのは卑怯な気がする。
きっと、そんなこと、リオも分かっているのだろうから。
それでも大切な従妹に傷を負わせてしまった事実に、優しいリオが心痛まないはずがない。
「このままじゃボクは、君のお父上に全部話さなくちゃならなくなる」
「……それは……!」
厳しい口調で見下ろされ、アリアはハッと縋るような瞳をリオへと向ける。
アリアを溺愛している父のことだ。今回のことを耳にすれば、それこそ外出禁止令を出されても不思議はない。学校すら行くことが危ぶまれるかもしれない。
「……ボクもね。さすがにそこまではしたくないよ?」
「リオ様……」
哀しげな表情で微笑まれ、ズキリと胸の奥が痛む。
もう二度とこんなことはしないから、と、嘘でも言えないことが酷く申し訳なく思う。
まだ、なにも解決していない。これから先に起きる未来を知ってしまっている以上、それをただ大人しく甘受していることなどできないのだから。
「アリア」
向けられる、普段穏やかなリオらしからぬ強い瞳。
「……はい」
「もう、こんな無茶な真似はしないでくれ」
恐らく、言っても無駄なことだとはリオもわかっているのだろう。けれど言わずにはいられない制止の声に、アリアの顔が泣きそうに歪む。
そんなアリアに静かに溜め息を吐き出して、リオはアリアを支えるようにして立っているシオンへと向き直っていた。
「それからシオン」
待たせたね、と呼び出しておきながらここまでアリアばかりに気を取られていたことを謝罪して、リオは柔らかな微笑みを取り戻す。
「今回もいろいろとありがとう」
シオンの報告のおかげで迅速に動くことができたと話すリオに、シオンの顔が複雑そうに潜められる。
「いや、オレは……」
今回は動くつもりはなく、全てユーリに言われただけだと言外で言い含むシオンの態度に、リオは小さな苦笑を漏らす。
「……そうだね」
なんとなく言いたいことがわかったのだろう。
近すぎず遠すぎない場所からチラチラと心配そうに視線だけを投げてくるユーリへと顔を向け、リオもまたユーリの影響力に同意する。
そして、その視線に気づいたユーリを近くまで手招くと、
「ユーリも、封印魔法を強制解除するなんて普通じゃないよ?」
と、困ったような微笑を浮かべていた。
絶大な魔法能力を持つはずのリオが施した呪符を解除する魔法力。
しかも、リオの封印魔法だけでなく、相反する闇の封印術すら砕いてみせた。
「君の魔力は未知数だね」
「……え……?」
普通ではない魔法を発揮するその潜在能力を指摘するリオの言葉に、ユーリ自身はいまいちわかっていない様子で小首を捻る。
それから、
「とりあえず今日は疲れただろうから、もう休んで貰っていい」
詳しくはまた後日、と口にするリオ自身はまだまだ事後処理があるのだろう。
ルイスを伴い、祠の方へと歩いていく後ろ姿を見送って、アリアは大きく身体の力を抜いていた。
*****
いつの間にか何台か用意されていた馬車の前。
「アリア。来い」
帰るぞ、と、なにかを躊躇するかのようにその場に留まるアリアへと、至極当然のようにシオンの手が伸ばされる。
「……えと……、あの……、シオン……?」
おずおずと視線を返しながら、足はその場に縫い留められたかのように動かない。
無表情でアリアを待つシオンの強い視線は、これ以上アリアが動かずにいると問答無用で抱き上げられて連れていかれる予感がした。
「……そ、その……っ」
――『続きはまた後だな』
あの言葉は、どこまで本気だろうか。
このままシオンに促されるままに馬車へと同乗してしまったら取り返しのつかないことになってしまう気がして、アリアは不安に揺れる瞳を辺りへと彷徨わせる。
周辺には同じく帰り支度をするセオドアやルーク、ユーリもいたが、イーサンの姿はそこになかった。とはいえ、今のアリアにそれを気にする余裕はなく、目に入った優しい幼馴染みへと救いの手を伸ばしていた。
「セッ、セオドア……!一緒に帰ってもいいかしら!?」
その瞬間、明らかにシオンの眉根が不快そうにぴくりと動いたのを感じ、アリアは声にならない悲鳴を飲み込んだ。
助けて、と、言葉にならない懇願を、驚いたようにこちらへと顔を向けたセオドアへと送る。
すると、必死の様子のアリアになにかを悟ったのか、優しい幼馴染みはやれやれと一つ大きく息を吐き出すと、天敵であるはずのシオンへと向き直っていた。
「……シオン。リオ様からもしっかりと絞られたことだし、今日のところは許してやってくれないか?」
シオンとアリアの間に割って入り、セオドアは困ったような微笑を口元へ刻む。
(セオドア……)
二人の問題だからと突き放すこともできるだろうが、困っている人間を見捨てられないセオドアの優しさに、アリアは内心ほっと安堵の吐息を洩らす。
仮にも婚約者を他の男へ任せるなど、通常ではあり得ない。
けれど、静かな睨み合いを何秒か続けた後、シオンはなにを言うでもなく、馬車の中へと消えていった。
「アリアッ」
「ユーリ?」
リスかなにかの小動物を思わせる動きで駆け寄ってきたユーリの明るい声に、アリアはどうかしたのかと小首を捻る。
「シオンには、オレがついていくから」
任せて、と笑顔を浮かべるユーリの癒しの効果は絶大だ。
「……ユーリ……」
まるでそこだけキラキラと輝いているかのような幻を見た気がして、アリアは改めてユーリの偉大さを思い知らされる。
「ありがとう」
「じゃ、また明日」
ユーリだってなにか言いたいことはたくさんあるだろうに、なにも言うことなくシオンの乗った馬車へと走っていくその後ろ姿に、アリアは全て救われるような心地がする。
シオンの元にユーリが行ったならば大丈夫だろう。
極自然にそう思えてしまって、肩の力を抜いたアリアは、セオドアの馬車へと足をかけていた。
「……アリア。そういう目で見るのはやめろ」
ガタガタと帰路に着いた馬車の中。
前に座る幼馴染みへとぼんやりとした視線を送っていたアリアは、セオドアのその言葉に「え?」と瞳を瞬かせる。
「……シオンでなくとも理性が危なくなる」
苦笑いと共に軽く視線を逸らされて、その言葉の意味を理解するまで約5秒。
「……っ!」
なにか察しているのだろうかと思えば言葉も失い、アリアは顔を朱色に染め上げていた。
「セッ、セオドア……ッ」
紳士なセオドアの口から放たれた言葉だとは到底思えずに、アリアは羞恥に身をすくませる。
「……本当に最近のお前は目が離せない」
深い溜め息と共に呆れたような声が漏らされて、アリアは益々華奢な身体を萎縮させていた。
「言っておくけど、俺だってリオ様やシオンに同意見なんだぞ?」
「……ごめんなさい……」
まったく……、と、リオとシオンの怒りを前に、なんとか自分だけは平常を保とうと努力しているのだと、少しだけ怒りを滲ませるセオドアに、アリアは謝罪の言葉を口にする。
「……あんな、自分ごと、なんて……」
あの時のことを思い出すだけであまりの恐怖に背筋が凍る。
呟くように語られるそれは、アリアに向けられているようでそうではない。
「……おかげで、気づきたくないことに気づかされた」
「……え?」
ぽつり、と、遥か遠くへと向けられた呟き。
「あの瞬間、オレがどんな思いをしたかわかるか?」
自分ごと攻撃しろ、だなんて。
男と一緒に自分を殺せと言っていることと同義だったとわからないセオドアではない。
「なんで、あんな残酷なこと……」
できるわけがないというのに、男の消滅と引き換えにあっさりと自分の命すら投げ出してみせたアリアには戦慄する。
失うかもしれない恐怖と、ただ見ているだけしかできないことへの強烈な絶望感。
誰かを殺してやりたいなどという明確な殺意を、生まれて始めて味わった。
物心ついた時から仲の良かった幼馴染み。
「……冗談でも言うな」
己の手で大切な幼馴染みへと傷を負わせるなんてことができるはずもない。
思い出し、僅かに指先を震えさせたセオドアへと、アリアは自分の軽率さを思い知る。
「……ごめんなさい……」
この優しい幼馴染みへと、もう少しで一生心に残る傷を負わせるところだった。
己の身勝手さに泣きたくなって、アリアは震える唇で謝罪する。
「……この件に関してだけ言えば、俺はどちらかと言えばヤツの味方だ」
どうしたらわからせることができるのかと怒りさえ湧いてしまう。
ピク、と反応を見せたアリアへと苦笑にも似た柔らかな微笑を浮かべてセオドアは静かに口を開く。
「お前が、大切なんだよ」