mission4-2 神隠しの子どもたちを探せ!
「……!バイロン……」
「!」
一体どこから現れたのか、先ほどまで気づかなかった気配に心の中で舌打ちしながら、アリアは背中に冷たい汗が流れ落ちていくのを感じる。
「……なぜ、その名前を……?」
(しまった……!)
思わず口から滑り落ちてしまった失言に後悔するも、すでに遅い。
「……貴女は、本当に興味深い人ですね……」
バイロンの双眸がすぅ……、と細められ、口許へと愉しそうな笑みが浮かぶ。
「アリア!」
不穏な空気を察し、慌てて駆け戻ったセオドアとルークの瞳が、男の腕に囚われたアリアの姿に鋭い光を放つ。
援軍に、バイロンの意識が一瞬だけそちらへ向いたその瞬間。
「大丈夫っ!」
「……っぅ……!」
闇の者が苦手とする光属性の目眩ましを放って、アリアは男の元から抜け出していた。
「イーサンとユーリは子供たちを安全な場所へ!」
すぐに指示を飛ばすアリアに、イーサンはセオドアから子供を受け取ると、大きく頷いてから両肩に子供二人を担いですぐに駆け出していく。
「アリア……!」
全てを納得したわけではないのだろう。けれど、アリアへと意味深な瞳を向けてから、ユーリもまた赤ん坊を胸に抱いてその場から背を向ける。
残されたのは、セオドア、ルーク、アリアの三人。
二人はこの男の正体を知らないが、攻撃特化のセオドアを中心に公爵家三人の魔力をもってしても、力を取り戻したこの男には敵わない。
(問題は、どのくらい力が戻っているか……)
目覚めてから、それほど時間はたっていない。現時点のイベントの進み具合から考えても完全には力を取り戻してはいないだろうというのがアリアの見解だが、それもどこまでかわからない。
「……」
これ以上ない緊張感がその場を満たし、弾かれた己の手を確認するかのようにまじまじと見遣ったバイロンは、ほぅ……、と面白そうに吐息をついていた。
「まさかの、光魔法、ですか……」
光魔法はかなり稀有だ。
ユーリの例もあり、必ずしも遺伝と関係するものではないものの、基本的には王家に近い者ほどその力は強い。
五大公爵家は大体なにかしらの形で王家の血を汲んではいるが、この中で最も光魔法に優れているのはアリアだろう。
予想外の反撃に面白そうに口元を歪めた男の姿に、アリアは結界魔法を展開する。
「ここで、貴方を止めてみせる……!」
先手必勝、とばかりに光の矢を放ち、アリアは自分自身へ言い聞かせるように宣言する。
ここでバイロンを消滅させることができたなら、これから先起こり得るかもしれない悲劇に早々と終止符が打てる。
アリアたちに勝算があるとすれば、まだ力半ばのバイロンを叩く方がいい。
「アリア!あんまり無茶するなよっ?」
「オレ、補助魔法系は苦手なんスけど……!」
すぐにアリアの隣へと回り込み、臨戦態勢に入ったセオドアとルークが、それぞれ攻撃魔法を展開する。
セオドアはまだしも、ルークはまだ学園にも入学していない。つまりは本格的な魔法演習にはまだ入っていないはず……、ということで、焦った様子で苦手分野を主張するルークに、アリアはそれは仕方のないことだと腹を括る。
光を放つ細い鎖のようなものを作り上げ、アリアはバイロンを拘束しようとその足元から光魔法を構成させる。
それに気づいたセオドアが、追い討ちをかけるように火炎放射器を思わせる勢いで渦巻く炎を発射させ。
パリン……ッ、と音なき音を立てて光の鎖が砕け、セオドアの放った業火は、バイロンへと届く直前で霧散した。
(……強い……!)
アリアの背中を、嫌な汗が流れ落ちる。
(……ここまでなんて……!)
これが全ての力を取り戻した結果なのか、それともこれでさえ力半分なのか、アリアにもわからない。
"ゲーム"と違って総HPが見えるわけではないのだから。
ただ一つ、ここまでの力を得るために、アリアの知らないところで見えない誰かが犠牲になっていないことだけは願う。
「……なかなかやりますね」
そう言いながら、バイロンの口調はかなり涼しげだ。
「お返しさせて頂きますよ」
余裕の微笑みで宣言し、ぐっ、と突き出した掌から冥い炎が放たれる。
「光の盾よ……っ!」
「アリア……!?」
セオドアとルークの二人の前へ出て、アリアは得意とする防御魔法で闇魔法を迎え撃つ。
「……っく……!」
単純な力勝負では押し負ける。
「アリア……!」
少しでも力を抜けば体ごと持っていかれそうになる勢いに足元へと力を込めながら、アリアは歯を食いしばる。
「……ぃあ……!」
アリアの細い体が後方へと傾き、けれどそれと同時に闇の力もその場で弾け飛んでいた。
「アリア……!」
「大丈夫……っ」
白いワンピースの所々が浅く破れ、そこからピンク色の裂傷が覗く。あちこちに浅い傷を作ったアリアへと焦燥の声がかけられて、アリアは肩で大きく息をつきながら心配しないでと声を返していた。
実戦は始めてだが、この程度の戦闘は、何度かシオンに付き合って貰った架空世界で経験済みだ。本当に今まで訓練してきて良かったと思う。
と。
「……っ!?」
ふいにバイロンの姿が闇に溶けるかのように掻き消え、その姿を追って三人の間に緊張が走る。
「……んぅ……っ!」
「アリア……ッ!!」
刹那、背後に現れたバイロンに腕で首を締め上げられ、アリアは顔に苦痛の表情を浮かばせていた。
(……息、が……っ)
喉をキツく塞がれて、呼吸が上手く叶わない。
なんとか魔法を組み上げようと試みるが、酸欠の苦しみで上手く魔力を操れない。
「アリアを離せ……っ!」
アリアを巻き沿いにすることを恐れてか、攻撃の手が止んだセオドアが叫ぶが、もちろんそれが受け入れられるはずもない。
「我が主から拝領されし、魔封じの縄」
「……っ!」
言葉と共に、細い縄のようなものが、するすると蛇のようにアリアの全身へと絡み付く。
「手順がなかなか難しくてね。この世に二つとない貴重品だよ」
だから光栄なことだと甘受しろとでも言うのか。
(……って、こんなところまでいちいち18禁設定を守ってくれようとしなくていいのよ……っ!)
元々魔力を操れないユーリ相手に、"ゲーム"の中でこんな小道具が出てきた覚えはない。
だが、アリアを拘束する黒い縄は、その肢体を嫌に主張する締め上げ方で、アリアは嫌でも思い起こさせる"ゲーム"設定に舌を打つ。
妖艶さはないけれど、それなりには育っているアリアの女性としての身体を嫌に浮き彫りにして主張させるソレ。
リオがユーリに施した封印魔法を思えば、バイロンの主が似たような術を使えることはおかしくないが、呼吸が戻った代わりに縛り上げられた拘束のキツさに、アリアは酸素を求めて口を開く。
「……は……っ」
バイロンの言う通り、意識を集中させても魔法発動の気配はない。
「我が主への手土産にちょうどいい」
嬉しそうに笑ったバイロンは、アリアの腰を抱くと肩口から滲み出ていた細い血の跡を見つけ、御馳走を前にしたかのように目を細めると、そこへと赤い舌を這わせていた。
「……ぃや……っ」
「アリア……っ!」
ゾクリという悪寒が背筋を走り、思わず悲鳴を上げかけたアリアへ、セオドアの瞳へ明らかな殺意の色が灯る。
「……ほぅ……?」
味見を終えた男から意外だとばかりに漏れた感嘆の声。
光魔法を使える時点で少しは予想していただろうが、想像を上回る質の高さに、極上の餌を見つけた捕食者のような歓喜の色をその瞳に浮かばせて、男の口元が残忍に歪んだ。
「……アリア(嬢)……っ!!」
瞬間。
「んぁ……っ!」
ザシュ……ッ!と、鋭利になった男の爪先がアリアの胸元を切り裂いて、その勢いで細い身体が仰け反った。
「……は……っ」
鮮血が流れ出し、アリアは細い息を吐く。
致命傷にはほど遠いものの、ズキズキとした痛みに頭が熱くなって顔が歪む。
「……んぅ……っ!」
バイロンの顔がアリアの胸元へと埋まり、ズルズルという音がアリアの脳内へと響く。
流れ出る血液と共に吸い上げられていく魔力。
血と魔力とが体内から急速に失われていく感覚に、意識に靄がかかってくる。
まさに"喰われる"とはこういうことではないかということを体現する。
「これはいい……」
光悦とした声色がバイロンの口から漏れる。
まだ覚醒し切っていない力を回復するための一端を自分が担ってしまっているかと思うと、悔しさに泣きたくさえなってしまう。
この場でどんなにアリアを痛めつけようと、この男はアリアを殺すまでのことはしないだろう。
ユーリほどではないにしろ、アリアの魔力も極上だ。それを知った以上、バイロンがアリアをそう簡単に解放するとは思えない。
このまま人質のような形で敵の手に堕ちたら最後、自分の身にどんな残酷な仕打ちが待ち構えているかなど、想像に難くない。
そんなことは、耐えられない。
ならばいっそ。
「セオドア……」
優しい幼馴染みへと弱々しい瞳を向け、懇願するかのように口を開く。
「私ごとで、構わないから……」
――攻撃して。
「……んな……っ!?」
弱々しく紡いだ言葉はセオドアまできちんと届くか心配だったが、ちゃんとわかってくれたらしい。
懇願された思いもよらない言葉に、セオドアの瞳が驚愕に見開かれる。
「……構わない、から……」
このままこの男の完全復活の糧となり、主さえ甦らせる手伝いをしてしまうのならば、今までアリアがしてきたことへの存在意義そのものがなくなってしまう。
待ち受ける、拷問のような仕打ちを思えば、いっそ今ここで、と心中覚悟でバイロンに挑む方が遥かにましだ。
攻撃力の高いセオドアの魔法なら、本気でかかればなんとかなるかもしれない。
「……セオドア……」
――お願い。
震える懇願に、空間が凍りつく。
そして、その空間が、渦巻くように歪みをみせた、その瞬間。
今までなにもなかった虚空から、三つの影が現れた。
(転移魔法……!)
それほどの高度魔法を操れる人物など、一人しか思いつかない。
始めはぼんやりとした人影だったそれがすぐにはっきりとした輪郭を形取り、その中の一人が、一瞬にしてアリアの姿を見つけ出した。
血にまみれ、ぐったりと力をなくした肢体。
身体には黒く細い縄が絡み付き、胸元が弱々しく上下する。
「アリアに……っ、なに、してんだよ……っ!!」
可愛らしい顔を完全に怒りに染めて、ユーリが叫ぶ。
の瞬間。
パシン……ッ、と、アリアを拘束していた黒い縄が光を放って弾け飛んだ。
「……ユーリ……?」
はぁ、と大きく息を吐き出したユーリの身体は仄かに輝き、その様子をセオドアが呆然とみつめる。
それと同時に、バイロンが怯んだ隙を見逃すことなく、シオンがアリアの身体を掬い上げていた。
「危機一髪、ってところかな?」
その場に似つかわない穏やかな微笑みを浮かべて、最後の一人が全面に立ってバイロンへと向き直る。
「ルーカス様……」
なぜここに、と上がったルークの掠れた声。
一度に起こったそれらの出来事をぼんやりと眺めながら、アリアは自分を抱き上げている人物へと顔を上げていた。
「シ、オン……?」
どうしてここに……、と、いるはずのないその姿にこれは幻だろうかと思う。
もう助けないと。勝手にしろと言われたはずだった。
けれど、幻にしては確かに感じる体温に、アリアは程よく筋肉のついたシオンの腕を弱々しく掴んでいた。
「……ユーリのヤツに、な」
苦々しく呟く言葉の先は、口にされないでも、ユーリがシオンを説得したことを示している。
「……ユーリ、に?」
なんとなくその時の様子が想像できてしまう気がして、アリアは弱々しい微笑を溢す。
「……さすがユーリね」
ユーリに説得されれば、さすがのシオンも折れるしかないだろう。
やはり"主人公"は偉大だなと思って、謀らずも光魔法を放って呆然としているユーリの後ろ姿へと目を向ける。
「……止血するぞ」
その向こうでは、ルーカスの容赦ない攻撃魔法がバイロンへと降り注いでいる。
この二人の闘いであれば現時点では互角くらいだろうかと思いながら、アリアはシオンの言葉に抵抗することなく、回復魔法を紡ぎ出すシオンの掌を受け入れていた。
「誰か援護できるなら援護を」
別段圧されているようにも見えないが、振り返って声をかけてきたルーカスに、セオドアとルークが後に続く。
「……ユーリ、コイツを頼む」
止血は済んだ、とまだ茫然としているユーリへとアリアを預けると、シオンもまた攻撃の輪の中へと参戦する。
「アリアッ!大丈夫!?」
「……ありがとう。全部、ユーリのおかげね」
あちこち傷だらけのアリアの姿にハッと我に返り、慌てた様子で窺ってくるユーリへと、アリアは静かに微笑み返す。
リオの封印魔法を強引に解いた上で放たれた光魔法。
シオンのことはもちろん、他人のために発揮される強大な魔法を目にして、さすが主人公だと嬉しく思ってしまう。
そして、繰り広げられる壮絶な攻防戦を前にしていながら、ユーリとアリアは、隙をついて撤退を決めたバイロンの姿が消えるまで、その闘いの行方から完全に切り離されていた。