表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

399/399

光、見えて 2

 一室に大勢が集まっているというにも関わらず、室内は水を打ったように静まり返っていた。

 誰もがなにかを思い、言葉を発することができなかった。

 だが、それでも。

「シャノン……、大丈夫か?」

 すぐ傍から見守っていたアラスターがひっそりとシャノンに声をかけ、シャノンが静かに頷き返す。

「問題ない」

 その顔は、無理をしているようでもなく、アラスターがそっと胸を撫で下ろす気配が伝わってきた。

「本当にアイツは勝手だな」

 それをきっかけにギルバートがぐっと奥歯を噛み締めると、ノアもまた腹立たしそうに同意する。

「本当にな」

 きっと、誰もがわかっていて思っている。

 この世界を守るためにはこれしかなかった。アリアが黙っていたのは自分たちのことを思ってくれていたから。

 だからといって納得できるものではない。アリアの犠牲の上で成り立つ世界など。

「アリアが戻ってきたら説教してやる……!」

 そうして、大声で宣言したユーリに、少なからず全員が心の中で賛同した時。

「……本当に素敵な方だったんですね」

「……アリア様……」

 静かに響いた、アリアであってアリアではない仄かな微笑みを称えた声に、ジゼルがそっとアリアに歩み寄る。

「少し顔色が悪いようですが大丈夫ですか……?」

「大丈夫よ。みんなと同じように、アリア様の日記から伝わった言葉が衝撃的だったから」

 過去の自分を"アリア様"と呼ぶ。その発言から伝わってくる立ち位置はまるで他人事のようで、ユーリだけでなく、すぐ傍にいるリオからも、心配そうな悲しそうな切なそうな瞳が送られる。

「アリア……」

「すみません……。どうぞ私のことはおかまいなく。お話を続けてくださいませ」

 自分の意見を主張することなく、ただ静かにそこに佇むアリアはいったいなにを考えているのだろうか。

「アリア。聞いて」

 シオンと並んでリオの傍にいるアリアに向かい、ユーリは真剣な眼差しを送る。

「アリアは、アリアだから」

 今のアリアは、自分が周りから必要とされていない人間だと思っている。

 そんな悲しい思いを抱かせてしまったのは、ユーリたちここにいる全員に責任がある。

 今となっては本当に申し訳なく思うけれど、どんな言い訳を並べたとしても今さらだろう。

「だから……」

「大丈夫。わかっているから」

 無理をしているように思える微笑みからは、アリアの本当の気持ちは読み取れない。

 そうは言いながらも、ユーリの言いたいことを本当にわかってくれているのだろうか。

「アリア……」

 しばらく今のアリアと一緒にいて感じたこと。

 やはり、アリア(・・・)とアリアの本質は同じなのではないかということだ。

 鍵は、記憶(・・)

 単純な記憶喪失とは違う。けれど、アリア(・・・)を形作っているものは記憶(・・)なのだ。

 だから、自分が誰にも求められていないなどと思ってほしくなかった。

 そんなふうに心を痛めているという事実こそが、アリアがアリアである証なのだと言いたかった。

「私も、早く記憶を取り戻したい(・・・・・・・・・)と思っていますから」

 切なげに微笑んだアリアの言葉に、少しは伝わったのだろうかと感じた。

「元の私に戻るために、できることならばなんでもしたいと思っています。ですからみな様も、やるべきことをやってください」

「アリア……」

 主にリオに向かって背筋を伸ばしたアリアの姿を見て、やはりアリアはアリアなのだと確信する。

 今のアリアも、ただ、みんなのために。

 みなが求めるアリアを取り戻すために、自分が消えてしまっても(・・・・・・・・)いいと思っている。

 同じ、なのだ。

「わかった」

 アリアの覚悟を受け止めたシャノンが、真っ直ぐアリアの瞳を射貫いた。

「アリア」

「はい」

 視線を逸らすことなく静かに頷いたアリアに、シャノンは真剣な表情で口を開く。

「俺たちを信じて任せてくれるか?」

「はい」

 従順なアリアの返答を耳にして、切なさに胸が痛むような気がするのはなぜなのだろう。

「それじゃあ……、ユーリ」

「あぁ。オレはいつでも大丈夫だ」

 シャノンから視線を送られて、目と目が合うと頷き合う。

 いろいろと思うところはあるものの、今さら引き返すことなどできないし、ここまできて引き返すつもりもなかった。

 覚悟であれば、もうとうの昔に決まっている。

「みんな」

 室内の面々を見回して、ユーリは真摯な声を響かせる。

「自分の中のアリアを思い出してくれ。アリアとどんなふうに出会って、どんな言葉を交わして。アリアがなにをして、なにを与えてくれたのか。アリアのすべてを」

 この世界のアリア(・・・)の記憶を全部。

「ここにいる全員の中に在るアリア(・・・)を抽出し、それを中心にこの世界からアリア(・・・)の思念をすべて拾い集めて……、それをアリアに抽入する」

 もはや自分でもなにを言っているのかよくわからない。

 理屈ではない。説明などできなかった。

「誰一人欠けてもダメだ。全員で協力を」

「もちろんだ」

 一欠片でも取りこぼすことはできないと語るユーリに、精霊王・レイモンドが代表で声を上げ、続いて全員が真剣な面持ちでそれに同意した。

 室内に、緊張感が広がっていく。

「みんな、準備と覚悟はいいかな?」

 珍しくも笑顔を消したリオが一歩前に進み出て、シャノンとユーリに顔を向ける。

「では、始めてくれ」

 宣言が、静かに響いた。

「全員で、祈りを」

 アリアを思う心が奇跡を起こす――……。


 ――どうか、どうか。

 ――思いが、届きますように。





 *****





 なにもない、ただただ真っ白な世界だった。

 おそらくは光の速度でどこかに向かっていると思うのだが、肉体のない、意識だけのアリアの存在は負荷などなにも感じなかった。

(このままどこに……、還るのかしら……?)

 いったいどこに向かっているのだろうと思ったが、答えなど決まっている。

 記憶(・・)は、元の持ち主に――もう一つの世界の彼女(・・)の元に戻るのだ。

(リヒト、は……)

 ふいに、ともに消えたはずのリヒトの存在を思った。

 だが。

(……いない)

 感覚的に辺りを見回してみるものの、リヒトの存在は感じられなかった。

(消え、た……?)

 元々"リヒト"は現実には肉体の存在しない人間だ。

 "リヒト"だけは、本当に"ゲーム"の中の人間。

 そして、本来リヒトの中身が戻るべき肉体は、"死"という形で世界から滅びている。

(なにか……)

 その時、光の先になにかが見えた気がして、アリアは遥か遠くへ意識を凝らす。

(病院……?)

 電波の悪い大昔の白黒テレビを思わせるかのような映像は、家族らしき四人が囲うベッドの上で眠り続ける一人の女性の姿だった。

 おそらく、その女性こそ。

(そうね。元の身体に還さなくちゃ)

 きっと、アリアが借り受けていた記憶の持ち主なのだろうと、切なげな微笑みが浮かんだ。

 借りていたものは、返さなくてはならない。

(これで、すべてが元の形に戻るだけ……)

 魔王が、言っていた。

 魔王はただ、アリアという異分子(イレギュラー)を消そうとしているだけだと。

 今までが正常ではなかっただけ。

 神の気まぐれによる悪戯で、世界が少しだけおかしくなっていただけだ。

(元の世界に……)

 遠くに見える光の出口にぐんぐんと引き込まれ、なんの疑問も抱かず吸い込まれるようにして速度を上げた時だった。

『……ァ……リァ……!』

(……?)

 ほんの少しだけ、後方へ引っ張られるような感覚がした。

(今、なにか……)

 気持ち、後ろへ振り返る。

 だが。

『お母さん……!』

 ベッドで眠る女性が少しだけ反応を示したことで、娘と思われる少女から母親を呼ぶ悲痛の声が飛んだ。

(……あ……)

 そこに在るものは、平穏な日常を望む家族の姿。

(行かない、と……)

 後ろ髪引かれる気持ちはあるものの、再度光の先へ向きかけて。

『……アリア……ッ!』

『!?』

 ぐいっ、と腕を取られたような感覚に、意識はその場に留まった。

『捕まえた』

 にこ、と。光を背負った誰かが笑う感覚がした。

 その、光よりも光を放つ人物は。

『ユーリ。……シャノンも』

 そこに現れた人物に、なぜここに、と単純な驚きを覚えて動揺する。

 彼らが、こんなところに来られるはずがない。

 けれど。

『アリア』

 少しだけ怒ったようなシャノンの声が聞こえた。

 続いて、ユーリが曇りなき笑顔を向けてくる。

『戻ってきて』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ