奇跡への道4
ユーリは元々感覚で動く人間で、その感覚を言語化することはものすごく苦手だ。
どうか伝われと思いながら向けた問いかけは、考え込むかのように首を捻ったシャノンに、なんとか理解してもらえたらしい。
「……まぁ、捉えようによってはそうとも取れるけどな……? あくまで過去の思念が消えずに存在しているだけで、アリアの存在そのものが留まっているわけじゃない」
いわば、アリアの亡霊がいるようなものだろうか。
「それはもちろんわかってる」
アリアがこの世界から消えてしまったことはきちんと理解している。だが、完全に無に帰したわけではない。シャノンだけが視ることのできる残留思念はもちろんのこと、アリアの器はまだここにあるのだから。
「あー! もう、どう言っていいのかわからないんだけど!」
他の人たちのように思考整理が得意ではない自分を腹立たしく思いながら、ユーリは苦悩の叫び声を上げる。
「ずっと考えてて答えが出ないんだけど!」
自分でもわかっている。ユーリは、考えても無駄なタイプだ。だから、うだうだと考えていて結果が出るはずがない。とにかく野生の勘と感覚だけで動いて、それが結果的に正解に繋がることが多い。
「あの時、リヒトは消えたけどアリアは消えなかった。それってつまり、リヒトは別世界の人間だったけど、アリアはそうじゃない……、この世界の人間、ってことだろ?」
「あぁ」
こういう時のユーリの扱いを心得ているシオンは、眉を顰めながらもユーリの主張に同意してくれる。
「だよな!?」
それを改めて確認し、ユーリは悩まし気に眉間に皺を寄せる。
「シャノンは前のアリアと今のアリアは"別人"だって言うけど……。本当に、"全く違う人間"、なのか?」
顔を上げ、じっとシャノンの顔を窺えば、シャノンもまた悩むように視線を落とす。
「それは……」
「たしかに、人格は違うかもしれない。だけど、アリアはあくまでアリアなんじゃないか、って」
ここしばらく今のアリアを見ていて思ったことだ。
今のアリアは以前までのアリアとは性格も考え方もまるで違うが、それだけで"別人"だと判断するのは時期尚早のような気がした。
オーラが違うと言ったシャノンの判断はもちろん"正解"ではあるのだろうが、"真実"はまた異なるような気がするのだ。
ユーリには、この感覚を上手く説明できないけれど。
「ただ単純に記憶を失って性格が変わったわけじゃないんだろうとは思う。それはきっと間違いない。魂が存在するなら、魂だけが元の世界に還った状態なんじゃないか、とかも考えたけど、それもなんか違う気がする。状況から考えると、やっぱりキーは"記憶"なんだ」
環境は、人を変える。それは間違いない。
シャノンはアリアの"オーラ"が違うと言っていたけれど、それが"魂の色"のようなものを示しているとするならば、シャノンには申し訳ないけれど、その判断はシャノンの勘違いではないかと思ったのだ。
シャノンが"視て"いるのはあくまで人の思念であり魂ではない。だが、あの異常事態でそう思ってしまうのは仕方がないことだろう。
アリアが"別人"と化してしまったのは間違いようのない現実だ。
「もし、魂が還ってしまったのだとしたら、魂を呼び戻すことはできないんじゃないかと思う。だけど、アリアの"心"なら」
この世界がアリアのいたもう一つの世界とどこかで繋がっているのなら。物理ではなく精神論で、アリアの意識だけを呼び寄せることはできないのだろうか。
「アリアがあくまでアリアなら、アリアの"心"を取り戻せば、アリアになるんじゃないか、って」
シオンとシャノンの気難しそうな反応を見るに、ユーリの言いたいことは半分も伝わっていないようだった。
それはそうだろう。ユーリ自身、この感覚をどう説明したらいいのかもどかしくて仕方がない。
「……ごめん。自分でもなにを言ってるのかよくわかんないや」
「悪い、ユーリ」
言語化の難しさに思わず唇を噛み締めるユーリへ、シャノンは申し訳なさそうに眉を下げる。
「感覚的すぎてよくわからないから、ちょっと視ませてもらった」
「そんなのはいいよ。全然。好きに視んでくれれば」
慎重に、余計なものは視まないようにきちんと取捨選択したつもりだと告げたシャノンに、ユーリがあっけらかんとした反応を返せば、シャノンからはおかしそうな苦笑いが洩れる。
「そういうわけにはいかないんだけどな」
言語化に苦悩するユーリに言わせれば、口にしなくとも理解してもらえるシャノンの能力はありがたいばかりなのだが、潔癖なシャノンにとってはあくまで最後の手段なのだろう。
アリアを、取り戻すために。そのためにはなんでもするという強い思いが、能力を使うことを躊躇するシャノンの固い意志を動かしたに違いない。
「つまり、どういうことだ?」
こちらは意味が理解できず、シャノンへ説明を求めるシオンに、シャノンはくすりとおかしそうに苦笑する。
「ユーリは理屈じゃなく感覚で動くヤツだからな。正直そのあたりのロジックは俺にも全然わからないけど」
「やっぱり、シャノンの能力は最強だな!」
理屈も理論もわからないのに、第三者にもわかるような的確な答えだけを導いてくれるシャノンの能力を、ユーリは笑顔で絶賛する。
シャノンのその能力のおかげで、ユーリ本人でさえよくわからない感覚が伝わるというのなら、これ以上楽で嬉しいことはない。
そんなユーリの評価にシャノンはびっくりしたような顔をして、シオンは二人のそれらのやりとりにやれやれと呆れた様子で肩を落とす。
「それは対お前専用だろう」
普通は考えもせずに感覚だけで突っ走るような真似はしない。シオンの言いたいことはわかるのだが、ユーリはシオンの嫌味を軽く流すことにする。
今はそんな話に時間を使っている場合ではない。
「つまり……」
シャノンは頭の中を整理するように少しだけ考え込み、それからユーリの顔を真っ直ぐ見つめた。
「ありとあらゆるアリアの残留思念を集めて今のアリアに埋め込めば、かつてのアリアを取り戻せるかもしれない、ってことか?」
「すげー強引なことを言っちゃえばそう」
とにかく途中の思考も理屈もすべて飛ばして結論だけを確認してきたシャノンに、ユーリは満足そうに頷き返す。
計算式を組み立てることができなくても、極論、答えだけがわかればいいのだ。
途中の式などさして重要とは思えない。
「……お前は相変わらず突飛な発想をするな」
にこにこと笑うユーリにシオンは理解し難いとばかりに顔を顰め、冷静に問題点を指摘する。
「だいたいにして、アリアの残留思念自体はシャノンが手繰り寄せることができるとして、そこまでだろう」
シャノンにできることは、ただ他人の残留思念を"視る"ことだけ。
「"集め"て、アリアに"注ぎ込む"? なんてこと、どうやったらできるんだ」
その先はどうするのだと疑問を投げかけてくるシオンへ、ユーリは真剣な表情で向き直った。
「できるよ」
「ユーリ?」
きっぱりと断言しみせたユーリに、隣のシャノンが驚いたように目を見張る気配が伝わってきた。
「できる」
再度はっきりと宣言し、ユーリは強い意志のこもった瞳を光らせる。
「オレなら、できる」
根拠のない自信だと責められようが、今のユーリにはなぜか自信しかなかった。
自惚れるわけではない。むしろ、光魔法しか使うことのできないユーリができることは、これくらいしかないと感じたのだ。
「いったい、お前はなにを……」
「わからないけど、そんな気がするんだ」
こくりと小さく息を呑んで動揺の色を見せるシオンに、ユーリはあくまで感覚的な話をすることしかできなかった。
自分でも、この自信がどこから来ているのかはわからない。
ただ、身体の中心から不思議な力が湧き上がってきているような気がして、その力がこのために働いているような気がしてならないのだ。
「シャノンとなら」
本当に、なぜなのかはわからない。
一人では不可能だという確信があるのに、シャノンとならばできるという自信しかなかった。
きっと、自分たちはこのために存在しているのだと。
「シャノンが見つけたアリアのすべての残留思念を、オレが集めて、アリアに抽入する」
不可能を可能にする。
ずっと、アリアがそうしてきたように。
「身体の奥から力が湧いてくる気がするんだ」
少しだけ開いた己の手を見つめ、ユーリは目に見えない湧き上がる力を見つめるように口を開く。
「オレの持つ"奇跡の光魔法"」
他の魔法を使えない代償なのか、"奇跡"とも称されるほど強大なユーリの光魔法。こんな時にその力を使えなくてどうするのか。
魔法はなんでもできるものではないが、今のユーリであればどんなことでもできそうな気がした。
「たぶん、シャノンにはかなりの負担がかかっちゃうと思うけど」
問題は、この世界からアリアの残留思念を拾い集めなければならないシャノンにかかる負荷だ。
だが、ユーリの心配に対するシャノンの答えなどわかりきっている。
「そんなのはどうでもいい」
案の定、くすりと笑ったシャノンが瞳に強い光を灯し、ユーリはこくりと深く頷いた。
「シャノンならそう言うと思った」
そして、それはシャノンだけではなく。
「オレも。アリアのためならなんでもする」
シャノンとユーリだけではなく、夫であるシオンを筆頭に、みなが同じ思いを抱いている。
「試してみる価値はあると思う」
これだけの思いがあるのなら。
きっと、奇跡を起こすことができる。
「今の時点で有益な方法がないのなら。思いついたことを片っ端から試してみないと!」
可能性があるのなら、どんなことでもしてみせる。
もし、光が見えたなら。絶対にそれを掴んで離したりしない。
「わかった」
ユーリとシャノンを真っ直ぐ見つめ、シオンもまた静かに頷いた。
「皇太子にその旨を伝えて、早急に全員が集まれる日取りを設定しよう」
奇跡を掴み取るためには、みんなの協力が不可欠だ。
「あぁ」
「ぅし!」
シャノンが同意し、ユーリは拳を握って気合いを入れる。
「絶対にアリアを取り戻してみせる」
迷いのない、曇りもまったくない強い光を大きな双眸から放ち、ユーリは不敵に笑う。
「だって、アリアは今もココにいるんだから」