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奇跡への道 1

 いつもみなが集まる王宮の一室には、シオンとユーリにセオドア、そしてシャノンとアラスターとギルバートの姿があった。

「シオン?」

 リオとルイスを待つ間、ユーリは訝し気に眉を顰めてシオンの顔を見上げる。

「お前、ちゃんと寝てる?」

 一見しただけではいつもとなんら変わらないように見えるシオンだが、ユーリの第六感はシオンの異変を敏感に感じ取っていた。

 他の人間を騙し通せたとしても、ユーリの直感は誤魔化せない。

 シオンからは、疲弊の色が窺えた。

「大丈夫だ」

 だが、己の不調を決して認めないシオンの答えに、ユーリの顔には謝罪の微笑が浮かぶ。

「……悪い。意味のない質問した」

 寝不足を指摘するなど愚問でしかない。

 最愛の妻が消え、安眠できる人間がどこにいるというのだろう。

「大丈夫なわけないよな」

「大丈夫だ」

 それでも頑なな態度を崩さないシオンに、さすがのユーリも「いい加減にしろ」とばかりの非難の目を向ける。

「大丈夫なわけないだろ」

 シオンの性格をよく知る身としては、シオンの弱った姿などとても想像できなかった。

 泣き言を言えなどと言うつもりはない。

 ただ、こんな時くらいは頼ってほしいと思うのだ。

「あとで時間よこせ」

 そこでルイスを伴ったリオが顔を出し、ユーリは命令口調でこそっとシオンを睨み付ける。

 さすがに今日は少しばかり説教してやろう。そう決意するユーリの視界には、リオの隣に座ったルイスが集まった面々を確認する姿が映り込む。

「それで? なにか進捗はあったのか?」

「いえ……、特には」

 多忙のリオを思ってか、単刀直入に話を進めるルイスの質問に、シャノンが悔しげに首を横に振る。

「そう……」

 なにか少しでも明るい報告が聞けたらと願うのは誰も同じに違いない。

 シャノンの答えにわずかに表情を曇らせたリオもまた、残念そうな呟きを洩らす。

「こちらでも過去の文献をいろいろと調べてみたけど、ね……」

 当たり前の結果だが、今回の件に関して資料があるはずもない。

 世界の成り立ちはもちろんのこと、神の存在が明らかにされるなど、長い歴史上の中でもこれが初めてのことだろう。

 わかっていても、それでもなにかに縋らずにいられなかったリオの思いは痛いほどによくわかる。

 なにもできないと思った瞬間に待つものは絶望だ。

「記憶喪失自体、医者にもどうにもならないのに、今回は事情が違うしな」

 ルークと共に医療関係を当たっていたというセオドアは、医学でどうにかなるものではないと唇を噛み締める。

「あの一回限りで、天の声もだんまりだって話だ」

 こちらは精霊王たちと情報交換をしているギルバートからの報告だ。

 少なくとも"世界"の情報を一番持っているのは天の声の主であることには間違いないが、前回の宣言通り、天の声はもうなにも応える様子は見られないらしかった。

「まぁ、元々あれ以上の情報はなさそうだったけどな」

 しょせんは生命の神でさえ創造主の掌の上で踊らされているだけだと語っていたことを指摘したのはアラスターだ。

「現状、打つ手なし、か……」

 リオの口からぽつりと洩れた今日までの成果に、室内には重い空気が漂った。

「……申し訳ありません……」

「シャノンが謝ることじゃないよ」

 なにか打開策が見つかることを期待してしばらくの同居生活を名乗り出たにも関わらず、なに一つ進展しないことに恐縮するシャノンへ、リオは穏やかな目を向ける。

「でも……っ」

「気持ちはわかるけど、焦っても物事はいい方向に進まないよ。タイムリミットがある問題でもない。それよりも、みんなが身体を壊さないかが心配だ」

 身体を壊してしまっては元も子もないというのはリオの本音だろうが、その言葉はリオが自分自身に強く言い聞かせているようにも聞こえた。

「……アイツは……、アリアは、なにもかもわかった上で覚悟していた」

 それらのやりとりを聞いていたのかいないのか、ぐっと拳を握り締めたシオンが珍しくも苦渋の声を洩らす。

「気づいていたのに……っ」

 誰よりもアリアに近い場所で、誰よりもアリアを見ていたはずのシオンの後悔はどれほどのものだろう。

 気づいていてなにもしなかった。

 それは、アリアを信じて(・・・)しまっていたから(・・・・・・・・)

 信じたことを悔やむなど、これ以上の悲劇はない。

「自分がこの世界から消えることをわかっていたから、アイツは……っ」

「諦めるのか?」

 絶望の淵に立ちかけているシオンの叫びを、ユーリの鋭い視線が制した。

「シオン」

 真っ直ぐシオンを射貫いたユーリは、深い憤りを露わにする。

「お前が諦めるのかよ」

 明らかに相手を責めるユーリの言動に、さすがのシオンも限界を超えたようだった。

「お前たちになにがわかる……っ!」

「わかるかよ……!」

 室内に響いたシオンの怒号に、それ以上大きなユーリの叱責が飛ぶ。

「わかってたまるか!」

 希望を見失いかけているシオンの空気を察したユーリは、鋭い視線でシオンを睨み付ける。

「オレは、許さないからな?」

 シオンから決して視線を離すことなく、一度ぐっ、と唇を噛み締めてから、ユーリは強い言の葉を響かせる。

「絶望していいのは、手を尽くして尽くして尽くしまくって、これ以上足掻くことがなにもなくなった人間だけだ……! こんな簡単に諦めるのも、絶望するのも許さない……!!」

 アリアのためならば神にも運命にも逆らうことを誓った人間がその態度かと、ユーリの怒りは頂点に昇る。

「オレたちはなにをしたっていうんだよ!」

 アリアが隠していた真実を知って、まだ足掻き始めたばかりだ。

「まだなにもしてないだろ……!」

「ユーリ。落ち着け」

 今にもシオンへ掴みかかりそうなユーリの激昂に、セオドアがその肩へそっと手を置いて距離を離す。

「……でも、考えてみれば、俺たちはもう神の支配から解放されたんだよな?」

 そこで、考え込む仕草をしていたアラスターがふと顔を上げ、ゆっくりとその場の面々を見回した。

「だったらもう、なにをしても神に邪魔されることはない、ってことにもなる」

 今までは、どんなに足掻いても"神の意志"に逆らうことだけはできなかった。

 だが、神の意志が介在しなくなった今、絶対に変えることのできない"運命"の結末というものは存在しない。

「だからなにができるんだ、って言われても困るけどな」

 とはいえ、人間の手で起こせる奇跡には限界があるわけで、アラスターは自分でもなにを言いたいのかわからないと苦笑した。

「……なにか……」

「シャノン?」

 そんなアラスターの見解に引っかかるものを覚えたらしいシャノンが眉間に皺を寄せ、独り言のような声を洩らす。

「なにか、ピースが足りない感覚がするんだ」

 四方八方に飛び散ったパズルを掻き集め、やっと組み立てはじめたばかりだというのに、最初から埋まらない欠片があることを知っているかのような違和感があるのだとシャノンは口にする。

「それがなにかはわからない」

 ただ、拾い忘れているのか。

 まだ見つかっていないだけなのか。

 それとも、巧妙に隠されてしまっているのか。

「でも、なにかきっかけがあればわかるような気がするんだ」

 淀みない瞳を上げ、シャノンはきっぱりと断言する。

「たぶん、これは、俺にしかできないことだから」

 精神感応能力という、魔法の概念から外れた特殊能力を持つ自分だけが見出だせる"なにか"があるはずだと告げたシャノンに、その場は一瞬静けさが広がった。

 それは、期待か、緊張か。

「もう少し時間をもらってもいいですか?」

 その視線を受け、リオは重く頷き返す。

「そんなことは聞かれるまでもないよ」

 先ほどリオが諭したように、タイムリミットが切られているわけではない。

 焦った結果取り返しのつかない別問題を引き起こすよりは、慎重になりすぎるに越したことはないと、リオは穏やかな眼差しを向ける。

「シオン」

「……あぁ」

 シャノンの堂々とした態度に溜飲を下げたユーリがシオンを窺えば、シオンも冷静さを取り戻したように深い吐息を洩らす。

「お前、疲れてるんだよ」

 自分も人のことは言えないけれどと苦笑して、ユーリはシオンの顔を見上げる。

「寝不足は人の思考を妨げるからな」

 まずはそこからだと仕切り直し、ユーリはここ最近なんとなくもやもやと考えていたことを口にする。

「この件は少しオレたちに任せて、お前はアリアに向き合え」

「……アリアに?」

 アリアではないアリアと向き合うことは、シオンへさらなる精神的苦痛を強いる行為だということはユーリもわかっている。

 それでも。

「今の状態のアリアじゃ、視えるものも視えない」

 今のアリアがアリアではなかったとしても、今のアリアがかつてアリアだったことには間違いなく、そして、器に関していえば、紛れもなく唯一無二なのだからとユーリは深く肯定してからチラリとシャノンの意見を窺った。

「だろ? シャノン」

「あぁ」

 ここ数日、アリアとシャノンと共に過ごしているユーリには、シャノンと同じく、言語化するまでに至らない、なにか不思議な違和感のようなものがあった。

「なにか打開策が見えたとしても、アリアが弱っていたらどうにもならない」

 もっともな正論を口にして、ユーリはシオンを真っ直ぐ見つめる。

「今までみたいに接しろとは言わない。ただ、アリアから逃げるな」

 辛い現実を突きつけられることから逃げたい気持ちはユーリにもよくわかる。

 けれど。

「らしくない」

 そんなのはシオンではないだろうとユーリは叱咤する。

 アリアのためならば、神にも運命にも喧嘩を売るのがシオンではなかったのか。

「待っていても奇跡は起こらない」

 いつも、アリアがそうしてきたように。

「奇跡は自らの手で引き寄せて起こすものだ」

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