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光への胎動 3

 テーブルを挟んでアリアとは反対側のソファに、ユーリはシャノンと並んで座っていた。

 以前はアリアが自ら準備をし、お手製のお茶菓子などが並んでいたテーブルには、今は使用人が運んできたティーセットが置かれている。その光景に一瞬なんとも言えない気持ちが湧いてしまったことに、罪悪感のような言葉にならないもやもやとしたものが胸に広がった。

「そしたらアラスターのやつ――……」

 シャノンは決して多弁ではない。だが、ユーリにつられるように幼馴染とのやり取りを語って眉を顰めたシャノンへ、ユーリの口からは楽しそうな笑い声が響く。

「へー。そんなことあるんだな」

「あ。でも、それを言うなら、この前ギルバートが――……」

 今度はギルバートへ移った話題に、ユーリの口元が自然に綻んでしまうのはなぜだろうか。

 精神感応能力という特殊な力を持つがゆえ、シャノンは人との距離を置いてきた。それが、いつの間にか壁が取り払われている姿を目にすると、誰の影響だろうとあたたかな気持ちにさせられる。

「お前ら、ほんと仲いいよな」

 幼馴染であるアラスターは別格として、知り合ってそれほど長いわけではないギルバートと、三人は本当に旧知の仲であるかのような関係を築いていて、思わず感嘆の吐息を零したユーリへ、シャノンは少しだけ驚いたような様子を見せてからくすりと苦笑する。

「その言葉、そっくりそのまま返すけどな」

 こちらは、ユーリとシオンのことだろう。

 たしかに、シオンとはかなり気の置けない仲である自信はある。だが。

「シャノンとアラスターほどじゃない」

「そうか? 似たようなもんだろ」

 さすがに十年来の幼馴染同士には敵わないと笑ったユーリに、シャノンの真面目な問いかけが返ってくる。

「少なくとも、俺とギルバートよりはお前たちの方が長いだろ?」

 ユーリとシオン。シャノンとアラスター。そして、シャノンとギルバート。それぞれの関係性を簡単に比べられるはずはなく、ユーリは笑顔で肩を竦めてみせる。

「まぁ、時間じゃないよな」

 どちらが先に出逢っただとか、どれだけ長い時間を一緒に過ごしただとか、そんなことは些細な問題だ。

 重要なのは、どれだけ相手に寄り添い、そして自分の心を開けるのか。

「二人とも、ありがとう」

 そこで、今までずっと静かに二人の会話へ耳を傾けていたアリアがティーカップをテーブルに戻しながら微笑みかけてきて、ユーリとシャノンはアリアのほうへ不思議そうな顔を向ける。

 自分たちは、アリアからなにかお礼を言われるようなことをしただろうか。

「私を心配して気遣ってくれているんでしょう?」

 ここ最近、アリアの元には入れ代わり立ち代わり誰かしらが遊びに来ている状態だ。それはできる限りアリアに不安な思いをさせたくないという気持ちから来ているのだが、しっかりと見抜かれているらしい。

「ありがとう」

 アリアは静かに微笑んだ。だが、その表情が明らかに無理矢理作られたものだと気づいてしまえば、穏やかではいられない。

「……アリア?」

「どうかしたのか?」

 ユーリとシャノンがじっとアリアを見つめる中、アリアは悲し気な微笑みを浮かべる。

「……なにも、覚えてなくて。思い出せなくてごめんなさい」

 当たり前だが、ユーリたちが想像している以上の不安をアリアは抱え、罪悪感を抱いている。

 俯きがちに謝罪の言葉を口にするアリアの姿に、ズキリと胸が痛んだ。

「それは……、アリアのせいじゃないし」

 今のアリアはなにも悪くない。そして、ならばどこに罪があるのかと問われれば、それもまた難しい問題だ。

 一つだけたしかなことは、アリア(・・・)の犠牲の上に今の世界が在り続けているということだ。

「そうだよな。一番辛いのはアリアだよな」

 ユーリに続き、シャノンは小さく肩を落として吐息をつく。

 みながみな苦しみ、傷ついている。だが、アリアが誰よりも苦しんでいるということを忘れてはいけない。

「……私は大丈夫よ?」

「そんなわけあるかよ」

 気丈に振る舞うアリアの姿に、思わずといった様子でシャノンの否定が飛んだ。

 想像するに、記憶がない状態というのは、自分の存在そのものが不安定で自信が持てないのではないだろうか。

「そういうところはやっぱりアリアなんだな」

 ぽつり、と呟くシャノンは、今のアリアをどう()ているのだろう。

 アリアであってアリアでない存在。

 だが、周りの人々を心配させまいとする今のアリアの優しさと強さは、やはり以前のアリアと通じるものがあるように感じた。

「……二人が……、みんなが知る"私"はどんな人間だったの?」

 膝の上できゅっと拳を作ったアリアが真っ直ぐユーリとシャノンを見つめてきて、二人の瞳はほぼ同時に瞬いた。

「え?」

「アリア?」

 質問の意味そのものはわかるものの、アリアがなにを思ってその質問をしてきたのかはわからない。

 もちろん、自分の記憶の中にできてしまった空白部分を知りたいと望む気持ちは理解できる。だが、今のアリアからは、それだけではない強い意志を感じた。

「教えてほしいの。"私"が今までなにをしていたのか」

 不安定に揺らぐ大きな瞳の中に、ユーリとシャノンの姿がはっきりと映り込む。

「お願い。教えてくれる?」

 果たして"知る"ことが、吉と出るのか凶と出るのか。

 乞われれば拒否をすることは難しく、ユーリとシャノンは迷いの視線を交わし合ったのだった。





 *****





 ウェントゥス家への滞在を許されたユーリとシャノンは、夜、ユーリに与えられた客室で落ち合い、しみじみと空を仰いでいた。

「なんだかなぁ……」

 ベッドに腰かけ、ぶらぶらと足を彷徨わせるユーリの前で、椅子に座ったシャノンもまた小さな溜め息を吐き出した。

「こんな状況で精神が疲弊しない人間がいるはずはないからな」

 シャノンの言うことはもっともだ。誰もが初めからそんなことはわかっている。それでも、今さらそんな吐息をついてしまうのは。

「……なんか、病人みたいだな」

 悪いところはどこにもないというにもかかわらず、家から一歩も出ることなく物思いに耽っている様子のアリアは、病人を思わせてしまう雰囲気を纏っている。

 存在感が希薄で、ふとアリアの姿が目に入った時などには、まるで幽霊のようだとすら思ってしまうほどだ。

「それで……、どんな感じ?」

 どうしたら今の状況を打破できるのか。

 暗闇には未だわずかな光すら射すことなく、奇跡という名の希望を求めてユーリはシャノンの顔を窺った。

「どんな、って?」

「アリアはアリアなのか」

 今のアリアが数日前までのアリアと"同じ"でないことだけは明白だ。

 器は同じでも、中身は違う。

 ただの記憶喪失でもない。

 アリアの記憶はアリアのものではなく、別世界の人間の記憶を移植され、今回、それが元に戻された――、つまりは、本来のアリアに戻った、ということなのだから。

「……まだなんとも」

 精神感応能力を使い、慎重にアリアの深層心理を探っているらしいシャノンは、難しい顔で静かに首を横に振る。

「ただ」

 こんな時だからこそ冷静さを失ってはいけないと自身を律しているのだろう。シャノンは淡々と話を続ける。

「記憶や経験が人格形成に大きな影響を与えることだけはたしかだからな」

 曇りないシャノンの瞳に、ユーリも真剣な顔を返す。

「絶対に、希望は捨てない」

 それが、どんなに果てしない道であったとしても。

「あぁ。それは他でもないアリアが教えてくれたことだからな」

 今度は自分たちが運命を切り開く番だと、ユーリとシャノンは頷き合うのだった。

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