mission4-1 神隠しの子どもたちを探せ!
王都から離れたとある都市の町外れ。
どちらかと言えば貧民層に当たる花街で、妖しげなクスリが出回ると共に行方不明者が出ているということで、リオは皇太子として調査に乗り出す。
この国では色を売ることは法律で禁じられている。貧民層の花街とはいえ、表向きは"キャバクラ"のようなものだと思えばいいだろうか。
調査を依頼されたシオン、セオドア、ルークと共に、ユーリも協力を名乗り出る。内部までは侵入できないシオンたちとは違い、完璧な"女装"という手段を使って。
そこでユーリは、仮面パーティーの際に目を付けられたバイロンに、巧みに罠へと誘き寄せられてしまう。
主復活の為に幼い子供たちを生け贄にしようとしていたバイロンは、その後の栄養補給の為に、ユーリを連れ去ろうと考える。
また、自らの力回復のために、ユーリの体を貪り尽く……そうとして、お約束の展開で寸でのところでシオンが現れる。
シオン、セオドア、ルークと、後からリオの命で現れたルーカス。
四人でバイロンへと対峙するが、結果的には逃げられてしまう。
そして、この時点である程度好感度が高まっていれば。
この時点ですでに過去にユーリへと手を出しているシオンは。
『忘れさせてやる……』
こちらもお約束の展開が待っている。
のだが。
(……今回、これに近い出来事は起こらないわよね……)
すでにこの展開は無理としても、今までの経験上、似たようなことは起こるかもしれないと考えていたアリアは、今回に限っては全くの未知なる未来だと肩を落とす。
なぜなら今回、シオンが早々に戦線離脱しているのだから。
(とにかく、子供たちを助けないと……!)
生け贄にと連れ浚われた子供たち。
今ならばまだ間に合うはずと、アリアは確信していた。
*****
「そういえばユーリ。封印魔法はそのままなの?」
目立たないよう、町娘風の服を買って着替えたアリアは、町中を散策しながらユーリの方へと振り返る。
質素な白いワンピースのはずが、アリアが着るとどこからどう見ても、よくて"いいところのお嬢さん"に留まっている。
「うん。でも、どうせ魔法も使えないし、今までだってずっとそうだったわけだから、なにも不自由はないよ」
学校の実技などでどうしても必要な時だけ封印を解いてもらっていると言って、ユーリは苦笑いする。
忙しいのに申し訳ないと思いつつ、週に数度はリオの元へと通う日々。
(まぁ、それで二人の仲が深まっていくわけだけれど)
"ゲーム"の中でも中盤以降はそんな感じだったことをアリアは思い出す。
定期的にユーリと顔を合わせることで、リオはユーリの魅力に惹かれていくのだ。
「制御できない魔力なんて、どんなに強くたって意味がない」
時々、リオと共にルーカスのところへも足を運んで指導を受けているが、一向に思うようにいかないとユーリは少しだけ悔しさを滲ませる。
さすがのルーカスもリオの前では不埒なことはできないであろうから、ユーリもその辺りを考えてのことなのかもしれない。
アリアの知らないところできちんとリオとルーカスとも交流を深めていたのかと思えば、さすが"ゲーム"の強制力というところだろうか。
「まぁ、焦っても仕方ない」
「魔法の上達は個人差がありますから!」
ユーリから連絡を貰ったと、後からすぐに合流してくれたセオドアとルークが、励ますような言葉を送る。
「そうだといいんだけどな……」
元々は自分が魔力持ちだなどということは知らなかったのだから、使えなくとも不便はない。けれど、最近の出来事で、魔法が使えたらと強く思う。
「せめて、みんなの10分の1でも」
小さく呟き、唇を噛み締めるユーリの横顔に気づいて、アリアは少しだけ心が痛む。
ユーリの力は王家を凌ぐほど絶大だが、コントロールは全く効かないと言える類いのものであることをアリアは知っている。こればかりはどうしてやることもできなくて、本当に本人の血の滲むような努力次第なのかもしれなかった。
「しっかし、普通の町っスねぇ……」
「一見した限りでは、なんの違和感も感じられないな」
もちろん、王都のように発展してはいない。けれど都市の外れの町としてはごくごく普通の町並みで、ルークとセオドアは肩透かしを食らったように周りの風景を眺めている。
ものすごく治安が悪いようにも思えない。
少し歩いて見えてきた花街も、極々一般的な範囲を越えることなく、なんらかのいかがわしさを感じることもなさそうだった。
本来であれば、ここで聞き込みをして情報収集をするようなイベントも発生するのだが、アリアは記憶を元にどこかで見覚えのある風景はないものかときょろきょろと辺りを見回した。
(確か、ユーリが誘き寄せられたのは……)
潜入先から、外へと出てきたように記憶する。
少し歩いた、町外れ。そこには、古い祠のようなものがあって……。
(……あそこかも!?)
花街を奥まで歩いて、それらしき雰囲気の場所をみつけたアリアは、逸る気持ちを抑えながら、不自然にならない程度に雑木林まで足を運ぶ。
「祠……?」
人が滅多に訪れない、寂れた"神社"のような一角。
現れた古い祠に、セオドアが不審そうにメガネを押し上げる。
旧き時代の遺跡物。この世界にこういったものが存在することはそう珍しいことではない。
なにを祀っているのか、もしくは封印しているのか、昔話として子供に言い聞かせる伝承程度のものが残っているだけで、今や忘れられた過去の遺産だ。
(確か、地下に大きな空洞があったはず……!)
辺りを警戒ながら、アリアは隠し扉を探して祠の内部を探っていく。
ユーリはここまで誘導され、バイロンの手に堕ちたのだ。
滅多なことがない限り鉢合わせる確率は低いと思いつつ、ゼロである可能性がない以上、本来ならばここで引き返すべきなのかもしれない。
けれど、消えた子供たちがここにいる可能性を、なんの根拠もないこの状態でどう説得できるだろう。
(それに、待っていたら子供たちを助けられないかもしれない……!)
"ゲーム"では、ユーリがここを訪れた時点ですでに子供たちは餌食となっていた。
その描写があったわけではなく、バイロンがそれを匂わせていただけだったが、完全に姿を消していた子供たちは、そのまま喰われていたはずだ。
(あった……!)
指先がなにかのスイッチに触れ、ゴゴゴゴゴ……ッという低い音と共に不気味な地下道が姿を見せる。
「なん……っ!?」
「こんなものが…」
「なんっスか、これ……!」
一様に驚きを見せる面々を静かにみつめながら、アリアは瞳に決意を滲ませる。
「……行って、みる……?」
一瞬にしてその場に緊張感が走った。
来る者を呑み込もうとするかのようにぽっかりと口を開けた空洞の奥は、アリアたちを誘うかのように仄かな灯火が漏れてくる。
「ここに、子供たちが……?」
「……それはわからないけれど」
ごくりと唾を呑んだイーサンの問いかけに、可能性は高いと思いながらも、アリアは慎重に言葉を選ぶ。
なぜわかったのかと言われても困ってしまう。できる限り「偶然」を装いたい。
「でも、怪しさ満点っスけど……」
ここにいなければ他のどこにいるのだと思わせるほどの不気味さ。
「……ちょっと覗いてすぐ帰るからな?」
意を決したように告げるセオドアに、一同が頷いて答えて見せる。
大人が二人ほど横に並べるくらいの、落とし穴にも近い自然の階段。深さにすれば2、3メートルほどの坂を下ると、ぽっかりと開けた空洞が広がった。
「……なんだよ、ここ……」
光ゴケのようなものにでも壁一面が覆われているのか、光が差すことがなくとも困らない程度の明るさがあり、現れたその光景に呆然としたユーリの声が響く。
「なんの目的があって……」
国内各地に残されている過去の遺物。その一つ一つにこんな秘密が隠されているのだろうかと、そんな結論へとセオドアが導かれてしまったとしても、それは当然かもしれない。
一同が沈黙し、ぽっかりと広がった空間に唖然と視線を彷徨わせる中。
空洞の奥深く。暗闇に隠れるように横たわっている小さな影を二つ見つけて、アリアは慌ててその方向へと駆け寄っていた。
「アリア……!?」
急にどうしたと背後からかかる声に答える余裕もなく、アリアはその影の元まで行くと膝を折る。
そこには、深い眠りに落ちているかのように見える小さな男の子と女の子の姿。
「なん……っ!?」
すぐにアリアの後を追ったセオドアが息を呑み、5、6歳ほどの小さな子供二人の姿に息を呑む。
「……ま、さか……」
「……大丈夫。息はあるわ」
ぴくりとも動かない子供の様子にもしやと戦慄を走らせたセオドアに、アリアは二人の無事を確認すると辺りを見渡した。
(他に囚われた子供はいないわよね……?)
もし他に拐われた子供がいたとしたら、ここに残しておくわけにはいかない。
素早く空洞内に視線を走らせると、アリアは他に影がないことを確認する。
「その子たちが……?」
「嘘だろ……」
「マジでか……」
混々と眠る子供たちを見下ろして、三者三様の愕然とした呟きが洩らされる。
「この子たちを連れてすぐに戻りましょう」
こんな危険な場所に、一秒でも長くいる利点はない。
子供たちの救出という目的が果たせたならば一刻も早くこの場を立ち去るのが賢明で、アリアはセオドアに男の子を預け、自分は女の子を抱き上げて入り口へと踵を返す。
と……。
(……泣き声……?)
ふいに、どこからか赤ん坊の泣き声が微かに響いたような気がして、アリアは空耳かと振り返る。
(気のせいじゃない……!)
「イーサンッ、この子をお願い!」
「アリア!?」
足早に外へと向かっていたメンバーから離脱して、アリアは腕の中の子供をイーサンへと預けると、確かに聞こえた声の方へと走り出す。
先ほどの子供たちが転がされていた場所とは別方向。
奥まった、完全に死角となっていた声の響きにくい細い空洞に、ほとんど生まれたばかりと思われる赤ん坊が転がされていた。
「アリア……!」
「すぐ行くわ……!」
急いで抱き上げ、早くと急かしてこちらへと手を伸ばしてくるユーリへと自分からも手を伸ばす。
ユーリに支えられながら足元の悪い自然の階段を登り切り、祠の中から脱出すると、陽の光が広がった。
(よかった……!)
何事もなく子供たちを救出できたことに安堵の吐息を洩らし、アリアは頭上から降り注ぐ太陽の眩しさに目を細める。
(あとは、リオ様に報告して……)
この状況証拠を説明すれば正式に国も動き出すだろうとほっと肩を落としたその瞬間。
「ユーリッッ!」
ただならぬ冥い気配を感じて、アリアは2、3歩先を駆け出していたユーリへと、腕の中の赤ん坊を投げ出していた。
生まれたての赤ん坊ならばとても軽い。
とっさに風魔法を操って、赤ん坊をユーリの腕の中まで届けると。
「その子を……!」
お願い、と言い終わるより前に。
「おやおや、また貴女ですか……」
わざとらしい溜め息を吐き出した闇の手に、アリアは捕まっていた。