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残酷な真実 1

 王宮に着いたアリアがシオンと共に向かった場所は、謁見の間やリオの執務室などではなく、普段は来賓を迎え入れるような広々とした客室だった。

 そこにはすでに、リオとルイス、ギルバートの傍にはシャノンとアラスター、そして……。

「! アリア……ッ!」

「ユーリ」

 アリアの姿を目に留めるや否や走り寄ってきたユーリの勢いに、アリアは少しばかり驚いたように瞳を瞬かせつつ、次にその後方に視線を向けて申し訳なさそうな表情(かお)になる。

「シャノンとアラスター、ギルも」

 アリア救出までの経緯は、簡単にシオンから聞いてはいる。

「……今回のことは本当にごめんなさい」

 今、アリアがここにいることができるのは、全てみんなのおかげだ。誰一人欠けていても、この未来は訪れなかったに違いない。

 けれど、その中でも特に。

「ホントにな」

「シャノン……」

 シャノンが呆れたように嘆息する姿に、返す言葉が見つからない。

 アリアを探し出すために、シャノンが限界を超えるほど特殊能力を行使したことはわかっている。精神感応能力は、真実を暴く力がある一方で、心身共にシャノンを傷つける諸刃の剣だ。

 リヒトのあの禍々しい精神に触れることが、シャノンにどれだけの苦痛をもたらしたのか、アリアには計り知れない。

「……アンタを失うことに比べたら、これくらいの苦痛なんてどうってことない。ただ、俺に申し訳ないと思うなら、二度と突っ走るなよ?」

 だが、やれやれと肩を落としたシャノンに無表情で淡々と告げられて、アリアは沈黙する。シャノンはあまり感情が豊かな方ではないものの、その瞳は真っ直ぐアリアを見つめて離さなかった。

「心臓止まるかと思ったけど!」

「……ユーリ……」

 その一方で、こちらはころころと表情の変わるユーリに不貞腐れた様子で責められ、アリアは眉根を下げる。

 アリアの顔を覗き込むようにして頬を膨らませたユーリは、ぷりぷりと「怒ってます」の意思を示してくる。

「……まぁ、正直、いろいろと言ってやりたいこともあるけどな」

 そう言って深い溜め息を吐き出したのはギルバートだ。

 そこには、自分も隠れてアリアと会っていた過去があるゆえの、今回の事態を責め切れない複雑な思いが垣間見えていた。

「……うん……。ごめんなさい……」

「……それはまぁ、アイツに任せるとして」

 珍しくもしゅんとなって謝るアリアに、ギルバートは数歩離れた位置にいるシオンにちらりと視線を投げて苦笑する。

 説教ならば、シオンから散々されている。

 みんな同じ気持ちでアリアを思い、心配してくれたことは、充分身に沁みている。

「……アンタが無事で良かった」

 だから、心の底からそう思っていることがわかる安堵の吐息を洩らされて、思わず涙が滲みそうになってしまう。

 全くの無事(・・)かと言われれば、少し怖い思いもしたけれど、それでも心身共にほとんど傷は残っていない。

 それはみんなのおかげであり、リヒトの恐怖を薄れさせてくれたシオンのおかげだ。

「……うん……」

「ほんと、シャノンは凄いよな!」

 こくりと小さく頷いたアリアに、邪気のないユーリの声が飛ぶ。

「…………うん」

 シャノンの特殊能力も人間性も凄いことはわかっている。

 自分の能力を忌み嫌いつつ、正義感の強いシャノンが、なにかあれば惜しむことなくその力を使おうとすることも。

 だから、シャノンのことを苦しめたくはなかったのに。

「そんな表情(かお)すんなよ。俺なら大丈夫だ」

 何度も言わせんな、とでも言いたげに溜め息をつかれ、アリアは揺らめく瞳で小さな笑みを作る。

「……ありがとう……」

 本当に自分は、なんて恵まれているのだろうと思う。

 シオンがいて、ユーリがいて、シャノンがいて。たくさんの優しい人たちに囲まれている。

「それよりも」

 と、そこでルイスが割って入り、リオへこの集会の開始の許可を得るように視線を送った後、アリアの方へ顔を向けてくる。

「結局ヤツは取り逃がした」

「…………はい」

 アリア救出劇の詳細までは聞いていないが、得体の知れないリヒト相手に深追いすることはできず、結果逃げられてしまったことはシオンから聞いている。

「アリア」

 暗い面持ちで頷いたアリアを、リオの真剣な瞳が見つめてくる。

「彼とはどういう関係なの?」

「……そ、れは……」

 その質問が来ることは想像済みで、きちんと覚悟を決めていたつもりにも関わらず、いざとなると尻込みしてしまう。

 アリアとリヒトの共通点。それは。

「アリア」

 さすがに今回は目を瞑れないと吐息混じりの声をかけてくるシオンに、アリアは慌てて首を振る。

「ち、違うの……っ、リヒトのことは、私も名前くらいで、本当によく知らなくて……っ」

「そんなわけがないだろう」

 あれほどアリアに執着を見せていた男との関係が、その程度で済むはずがないと顰められるシオンの眉に、アリアは言葉を詰まらせる。

 話すべき内容はわかっている。

 話さなければ、とも思っている。

 ただ、いざこの時を迎えると、言うべき言葉がすぐに出てこなくなる。

「……“リヒト”、というのは、彼の名前?」

「……はい……」

 こんな時でも優しいリオから柔らかな声色で尋ねられ、アリアはこくりと肯定する。

「今まで会っていたのか?」

 横から響く、冷静なシオンの声。

「……そ、れは……」

 シオンに隠れてリヒトに会うことに罪悪感のようなものがなかったわけではない。

 それでも“ゲーム”の知識が必要だったから。

 その記憶だけは、リヒトとしか共有できないものだったから。

「……私、前世の記憶があるんです」

「っ!?」

「…………ぜ、んせ……?」

 意を決して告げたアリアの告白に、なぜかシオンとユーリが大きく反応した。けれど、よくよくギルバートたちの様子を窺えば、やはりどことなく戸惑いの色を浮かばせている。

 それは、アリアの突拍子もない発言に呆気にとられているというよりも、信じがたくも微妙に心当たりがあるかのような反応でもあって。

「……それで……、その……。“前世”と言っても、この世界の過去ではなくて……、こことはまた違う世界の人間で、そこからこの世界の未来を覗き見していたと言うか……」

 “マルチエンディングゲーム”をしていたなどと説明しても、“ゲーム”のないこの世界でそれを理解してもらうことは難しいだろう。そう考えた末に一番それに近い形で、アリアは自分の身に起きていたことを説明する。

「だから、この世界の数ある未来の可能性? みたいものを知っていて……」

 話しながら背筋へぶわりと嫌な汗が浮かぶけれど、それは過去何度か感じたことのある恐怖とは少し違うものだった。

 ――『この世界の"イレギュラー"。僕は正そうとしているだけだ』

 魔王もアリアを異質なものとして排除しようとしていた。

 ――『オレに与えられた使命を教えてやろーか』

 リヒトも、世界を在るべき姿に戻すのだと言っていた。

 もうずっと前から、抱えた秘密(・・)を告白することが怖かった。

 本能のようなものが、口にしてはいけないことだと告げていた。

 ――自分は、異質(イレギュラー)な存在。

 それが露見してしまったら、この世界から弾かれそうな予感がして。

 そんなアリアの不安と恐怖は、最終的にこうして現実のものとなった。

(……間違っていなかった……)

 ずっと恐れていた未来は間違っていなかったのだと、アリアはきゅ、と唇を引き締める。

 今まで語ることがずっと怖かったのに。

 今になってその恐怖に打ち勝てるなど、“神”が来るべき時が来たと嘲笑っているような気がした。

 結局は神の意志にアリアたちは逆らえない。

 神からすれば、アリアたちなど暇つぶしのちっぽけな存在。

 その手の中で遊ばれているだけ。

 けれど、唯一神の支配下から逃れられる方法を天の声は啓示した。

 ――『この世界にとっては、これが消滅を回避するための最初で最後の機会になる』

 二つの世界が消滅する危機を超えれば。

 アリアとリヒトがこの世界から消えれば、二つの世界は神の手の中から解放される。

 気まぐれで残酷な神は、見事消滅を回避したその暁には、この世界をそのまま放置することに決めたのだと言っていた。

「……リヒトは……、ある日突然私の前に現れて……。私と同じ記憶を持っていたんです。……それで……」

 学園祭のあの日。初めてリヒトに会った時のことを思い出す。

 アリアのその説明に嘘や誤魔化しは一切ない。

 あの日。突然アリアの前に現れて、リヒトはずっとアリアのことを探していたと言っていた。

 今思えばあの言葉の意味は、自分と同じ記憶を持つ少女を探していたのではなく、“ゲームのアリア・フルール”を探し求めていたということなのだろう。

 そして……。アリアがリヒトについて知っていることは、“同じ記憶を持っている”という、本当にそれだけのことなのだ。

「……前世での知り合い、というほどのものでもないんですけど……、でも、リヒトもこの世界のことを知っていて……」

 ただあちらの世界の記憶があるだけではなく、リヒトは“ゲーム”のことも知っていた。共通点はそれだけだ。

 けれど、それは二人の距離が近づくために、充分大きな理由となっていた。方向性は違うにせよ、同じ“オタク”として身内意識が芽生えていたことは間違いのない事実。

 それだけで互いのことをわかっている気がしてしまった。信用……、してしまっていた。

 だから。

「……つい、気を許してしまって」

 リヒトが“ゲーム”の“ヒーロー”だということも、アリアの気持ちを緩ませるための大きな要因だった。

 “ヒーロー”は絶対的な“正義”の存在だ。例え心を許したとしても、非道なことは絶対にしない。

 けれどそれは、あくまで“ヒーロー”が“ヒーロー”のままであれば、の話。アリアのように、中身が変わればそれはもう別人に等しいことまで全く気づいていなかった。

「……考えてみれば、私は彼の……、リヒトのことをなにも知らないんです。どこでなにをしているのか、何者なのか」

 “リヒト・ワーグーナー”という名前さえ、もはや本名なのかわからない。リヒトが自分でそう名乗っただけで、証拠はなにもないのだ。

 これまで信じて疑っていなかったことが、ガラガラと音を立てて崩れ去った一瞬。

「それに気づいて……、怖くなって……」

 “ゲーム”の中のリヒトと、この世界のリヒトと、唯一の相違点。

 ――赤い瞳。

 シャノンが視たという赤い瞳と、“ゲーム”のリヒトの“カラーコンタクト”。

 そこから導き出された真実。

「……まさか、あんな人だったなんて……」

 思い出し、ふるりと身体が震えた。

「っリヒトは……っ」

 ――『アンタに良く似た偽物(ミガワリ)でもなく、本物のアリア……』

 その言葉が意味する答えと並べられた状況。

 ――リヒトは、アリアを手に入れるための画策をするだけではなく……。

「……そうだね。ボクたちが出した結論もアリアと同じだと思う」

 すでシオンから聞かされていた真実とはいえ、神妙な表情で口を開いたリオに、改めて全身が凍りつく。

 わかっていても、その答えを聞きたくない。

 けれど。


「彼が、例の連続婦女暴行殺人事件の犯人だ」


「――っ」

 真実を見抜く能力(ちから)を持つシャノンに視えたもの。

 はっきりと断的したリオの言葉をどこか遠くで聞きながら、アリアは愕然と身を震わせていた。

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